星巡りのペガスス

隊商と別れを告げ、ハル、アラジン、モルジアナの三人はバルバッドへ向かっていた。アラジンはモルジアナを「モルさん」と呼び、彼女がバルバッドを目指す理由を確認する。モルジアナはファナリスの故郷であるカタルゴへ向かいたいと話し、それからアラジンと、バルバッドに居るアリババにお礼が言いたかったのだと続けた。アラジンは心当たりが無いようで首を傾げて言葉の続きを待つ。

モルジアナは、迷宮攻略後にアリババが財宝を使って奴隷身分から解放してくれたことを話した。

「私に、自由な未来を与えてくださって・・・・・・本当に感謝しています・・・・・・。ありがとう、アラジン」

数日前ハルにそうしたように跪いたモルジアナに、アラジンが狼狽する。顔を上げたモルジアナが見たものは、花が咲いたような笑みを浮かべ、モルジアナの自由をまるで自分の幸福のように喜んでいるアラジンの姿だった。

ハルが微笑ましいものを見るように二人を身守る。アリババの話しをしたことで、これまで抑えていた感情が溢れたようにアラジンは「早くアリババくんに会いたいなあ」と声に出した。モルジアナは道の先を指差して言う。

「会えますよ。この道をたどれば」

アラジンは大きく頷き足を踏み出す。この先にアリババが居る。アリババが育った故郷がある。高揚を抑えきれずに早歩きになっているアラジンの背を見て、ハルとモルジアナはそっと目を合わせ小さく微笑んだ。それからアラジンの隣に並び、バルバッドを目指す。

ハルの頭にあるのは、迷宮アモンでのアリババとの会話だった。ハルが抱える事情を知りたいとアリババは言った。そして、無理して話す必要はない、とも。ハルが話せるようになるのを待つと、アリババは言った。

ーーー何を聞かされたって、俺たちは友達だ!

半年前に見たアリババの笑顔を思い浮かべ、ハルは兜の下で人知れず目を伏せる。

剣を探す理由。素性を隠して旅をしている理由。半年共に旅をしているアラジンにさえ、全てを明かしたわけではない。

国を出たときは自分の正体は誰にも明かさないと決めていた。最後まで隠し通し、役目を終えて国に帰るのだと決めていた。だというのに・・・・・・

ハルは、アリババの言葉に揺らいでいる自分が居ることに気付いた。ーーーこのまま、ずっと隠し続けるのか。一緒に剣を探すと言ってくれたアラジンやアリババを欺いて・・・・・・それは騎士にあるまじき行為ではないのか。

(・・・・・・アリババは砂漠で命を救ってくれた恩人だ。その恩人相手にも、不義理を通すというのか)

「・・・・・・」

(そういえば、アリババは、私達に何を話そうとしたのだろう。迷宮を出たら話すと言っていたけれど)

ハルがぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、目を疑うものが視界に飛び込んできた。

「やあ、君たち!」

ハル達の行く手を遮るように立っていたのは男。

「今日はいい天気だね」

局部を隠すように一枚の葉っぱがくっついているだけの、ほぼ全裸の男だった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

アラジンとモルジアナが言葉を失い固まる。一番最初に動いたのはハルだった。音もなく剣を抜き、目の前の男と対峙する。葉っぱの男がびくりと体を強ばらせたのが見て分かる。その額にすーっと冷や汗が流れる。

「二人共下がってください。そしてしばらく目を閉じて。大丈夫、すぐに片付けます」
「ちょちょ、待ってくれ!」

二人を守るように前に出たハルに、男は慌てふためき手を振る。敵意は無いと伝えるために両手を顔の横に上げ、続けて叫ぶように言った。ハルは今にも目の前の変態を消そうと踏み出さんばかりである。ハルの背と外套のお陰で視界から男が消えたことで、アラジンとモルジアナは少しだけ落ち着いたようだった。

「話を聞いてくれ! これには訳があるんだ!」
「・・・・・・」

武器を持たない、なにより降参している人間(たとえ変態であったとしても)を一方的に切り伏せるわけにもいかず、ハルは男の言葉を待った。男は胸を撫で下ろし、事情を説明しようと口を開く。

と、同時に強い風が吹き、局部を覆い隠していた葉っぱがひらりと地に落ちた。

「・・・・・・」
「おっと、失礼」

少女であるモルジアナがハルの後ろに居てそれを目撃しなかったことから、男は局部を晒したことに大きく慌てることはなかった。目の前に居るのは鋼鉄の鎧を着た人間。男はそれを雇われた傭兵かなにかだろうと思っていたし、中身も自身と同じ男だろうと認識していた。

「・・・・・・」

動揺したように半歩引いたハルに気付かず、男は再び葉っぱを局部に装着すると今度こそ事情を説明し始める。少し前のアラジン、モルジアナのように石化しているハルに気付かず、男は自身の身に降りかかった悲劇を語る。酒に酔って眠りこけ、目を覚ますと荷物を全て盗まれてしまったことを。