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廃灯台のアジトに音色が響き渡る。これまでの喧騒が嘘のように静かで穏やかなその音に、自然と全員が耳を傾けた。治療を続けている者、寝台の上で悪夢に魘されている者。その音を聞いている者は全身の力が抜けるように、緊張から解放されていく。

通路を通り抜けて音が届き、シンドバッドとジャーファルは顔を上げた。

心をそっと撫でるような音色に、目を瞬く。
不安で休めない者のために、霧の団の誰かが演奏しているのだろうか。

シンドバッドには聞き馴染みのないその曲に身を委ねていると、通路の先の部屋からひょっこりとモルジアナが顔を出した。
アラジンが休んでいる部屋だ。部屋を覗くと、寝台の上でアラジンは変わらず眠っていた。その手の中に何かが握らされていることに、シンドバッドが気付く。

「これは?」
「先ほどハルさんが来て・・・・・・。枯渇した魔力を回復させる道具だと言っていました」

シンドバッドが覗き込むようにアラジンの手の内を見る。ハルの瞳と同じ色の宝石が、アラジンの手の中にあった。確かに、倒れたときと比べてアラジンの顔色が良くなっている。

(魔法道具の一種か・・・・・・)

考え込んでいるシンドバッドの横で、モルジアナがキョロキョロと通路を見渡している。アラジンの様子が回復して、モルジアナも少しは安心できたのだろう。ジャーファルが安心しているとモルジアナはそっと呟いた。

「―――この音」
「ああ、いい曲だな」
「・・・・・・はい。ハルさんの演奏です」

予想していないその名にシンドバッドが目を丸める。聞き返すと、モルジアナは無表情のまま頷いた。以前聞いたことがあると続けたモルジアナに、シンドバッドとジャーファルは顔を見合わせる。

アラジンの看病をジャーファルが代わり、モルジアナはシンドバッドと共にハルを探し始めた。空気の篭った不思議な音のせいか、シンドバッドはどこから聞こえてくるのか分からなかったのだが、モルジアナには聞き分けが出来るようだ。

確かに、音が少しずつ大きくなっていく。モルジアナの案内で辿りついた部屋の前をそっと覗くと、二人の視界に真っ先に映ったのは、地面に座り込んだアリババの背中だった。その奥で木箱に腰掛けたハルの口元には楽器が添えられている。

「陶笛か、見事だな」
「とうてき?」
「ああ。西方の国で以前見たことがあるんだ」

シンドバッドの言葉にモルジアナが心の中で繰り返す。とうてき。陶笛。
今、ハルが演奏しているのは、以前隊商の宴で披露していたものとは異なる、静かで胸に染み入るような曲だった。

室内ではアリババの他にも多くの人が演奏に耳を傾けている。寝台の上に横になっている団員の表情は安らかで、その傍らに座る人々の表情も安心したように落ち着いていた。

部屋の入口に立つシンドバッドに気付いたのか、音色がふいに途切れる。じっと入口を見るハルに、ようやくアリババも部屋へやってきた二人の存在に気付いた。

「邪魔してすまない。続けてくれ」
「・・・・・・いいえ、もう十分でしょう」
「?」

首を傾げるモルジアナをよそに、アリババがそっと立ち上がる。

「ああ、ありがとな。ハル」
「・・・・・・そもそも私が原因ですから」

外していた布を頭に巻きつけると、ハルが木箱から腰を上げた。音が止んでから一分も経たないうちに、廊下の奥から慌ただしい叫び声が聞こえ始める。

アリババの名を呼ぶ声、駆けつけた部下の口から信じられない言葉が飛び出す。
―――国軍が攻めてきた。
そう騒ぐ団員たちの言葉に、四人の間に緊張が走る。