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アモンの剣は熱ですべてを斬り裂く。
すなわち防御不能の剣。

反乱軍の持つ魔法武器はアモンの剣によって刀身を斬り落とされた。瞬く間に無力化され、体制を崩したカシムの首元にアリババの剣がかかる。同時に、王宮内の敵制圧が完了したことを左将軍から伝えられた。兵士やハルが正門で奮戦しているお陰か、敵が新たに侵入してくる様子はない。

カシムを退かせることしか、この暴動を止める手立てはなかった。アリババの要求をカシムははねのける。退くぐらいなら死んだ方がマシ。そう口にしたカシムにアリババは愕然とする。それほどの覚悟でカシムは王政を打破するために民衆を扇動したのだ。それを止めるために戦ったアリババにも、それなりの覚悟があったはず。

―――殺れ、とカシムが呟く。

アモンの剣に自ら近付き、刀身の高熱によってカシムの喉が焼ける。

「殺れっつってんだろアリババ!!」

捕らえたところで兵を退かせる様子はない。反乱軍の頭領を仕留めれば部下の士気は折れる。アリババの背後で兵士がそう話すのが聞こえた。
これ以上の犠牲を防ぐために、友人の首めがけて剣を振り上げる。一瞬のうちに蘇るのは幼い頃のスラムでの日々。母、マリアムとの穏やかな記憶。二人で駆け回り、支えあって生きていたかつての時間。

アモンの剣が自身の首に落ちてくる。覚悟を決めてそれを待っていたカシムは、アリババが横を通り過ぎても意識が残っている自分に驚いた。

黒い大剣は本来の短剣へと戻っていた。アリババが感情をぶつけるように短剣を地面へと何度も突き立てる。―――殺せる筈がなかった。心からの叫びを、振り絞るようにアリババは言う。その瞳からは涙が落ちている。

「できるか、ばかやろう!!!」

泣いて蹲り、カシムを見上げてアリババは懇願する。兵を退かせ、暴動が止まれば争いは終わる。反乱軍の処遇がどうなるかはまだ分からない。

必死の形相で言ったアリババに、カシムは笑った。戦場であることを忘れる程、穏やかな笑みだった。気が抜けるような軽い笑声ののち「本当に甘ぇな・・・・・・お前はよ」と優しい声を落とす。

カシムはそんなアリババの懇願を振り切って、国軍の前へと歩き出す。

誰にだって譲れないものがある。
その意地を通すことで、命を落とすことになったとして。

カシムの首元を囲うように兵士の槍が向けられる。同じように、王宮内へ侵入した幹部らも拘束されていた。―――もう、後はない。

絶体絶命の危機にも関わらず、カシムが口角をあげて笑う。
カシムは無表情を保ったまま、おもむろに黒縛霧刀を天へ掲げる。

―――そして、剣先で、自身の左胸を差し貫いた。

誰もが予期しなかった行動。
アリババは、目の前の光景を受け入れられずに放心していた。

黒縛霧刀が抜かれた傷口から血が溢れ出す。
これがこの武器に宿る、本来の力だった。

「見ていろ・・・・・・スラムの野郎ども・・・・・・そして国軍、貴族、王族ども・・・・・・」

白い服を赤一色に染め、カシムは再び笑った。それは諦めの笑みではない。

「どんな奴にでも・・・・・・力が宿り得ることを、証明してやるぜ!!」

カシムの血に塗れた黒縛霧刀を顔の前に持ち上げ、叫ぶ。

「集え! すべて俺の元に!!」

その言葉に呼応するように、反乱軍が持っている魔法武器が彼らの手から離れていく。アリババが叩き切った刀身の欠片も同様に浮上すると、一箇所へ向かっていく。勢いよく向かっていく先にいるのは、カシム。アリババが名を叫ぶも、深く俯いたその体に魔法武器が深く突き刺さる。血を噴き出し、魔法武器はカシムの肉体の中へと沈み込んでいった。

体の中から盛り上がるようにしてその姿を変えていく。肥大化する肉体、ものの数秒でカシムの原型は形を無くし、その全身を黒い鎧のような肌が包んだ。怪物のようなその見た目に、取り囲んでいた兵士が戦慄する。

羽の生えた黒い魔人。
額に開かれた第三の目、蝙蝠のような翼を持ち、空を飛んでいた。
金属器の「魔装」のようにも見えるが、あれはジン「本体そのもの」。

魔人の口からあがる激しい叫び声が鋭く耳を破る。
震え上がる程の威圧に周囲の人間の体が震えた。

魔人は自身の周辺に黒霧の固まりをいくつも作り上げていく。先ほどカシムがアリババへ放った攻撃とよく似た形状。それと比べ物にならないほどの大きさになった球体が、一直線に国軍兵士達に落とされる。瞬きの間に多くの兵士が押しつぶされ、命を奪われた。

休むことなく続けられる攻撃に、モルジアナが両手に兵士を抱え逃げ惑う。
友人の変貌に言葉を失い、立ち尽くしているアリババへ、モルジアナが叫ぶ。
このままでは皆が潰されてしまう。対抗できるのはアモンの剣を持つアリババのみ。

周囲の兵士を片付けた魔人は、王宮の最上階へと顔を向けた。
顔を歪め、魔人を見ているのはアブマド前王、サブマド前副王。

魔人は勢いをつけ、二人へと飛んでいく。それを阻むためにモルジアナは地を蹴った。
地面に叩き落とされた魔人に、アリババが叫ぶ。

「カシムなのか!?」

魔人は答えない。

自身に放たれた攻撃を避け、アリババはアモンの剣で魔人の左腕と翼を根元から斬り裂いた。立ち上がれない魔人へ追撃するためにアリババが剣を振るう。そこへ、城壁の向こうから黒いなにかが飛んできた。小さな虫の群れのようなそれは、魔人の欠けた腕へと収束し、形を成していく。アモンの剣による傷はたちまち治り、魔人は黒い光を吸収して先ほどよりも大きく成長していった。