君と、小さな一歩

ある日、僕は1人の少女と出会った。
その出会いは偶然、病室の窓から外を眺める無邪気な表情の少女を目にしたあの日から始まった。

少女はほぼ毎日、外を眺めていた。学校へ向かう途中にある病院だから毎日通る。毎日通る道だからこそ、最初はあんまり気にしなかった少女の存在。だけどある日、いつものように窓から外を眺める少女と偶然目があった。目が合った時は思わずびっくりした。まさか目が合うなんて思ってなかったから。


「ねぇー!そこの人ぉー」
「はぇ?!」


ぼ、僕?!目が合っただけでなく僕に手を振って、僕に向かって口を開いている。いやいやもしかして僕の後ろにいる人……、と思ったが誰もいない。
よく目にしていたのは事実だけど、まさか初めて目が合った相手なのに呼び掛けられるなんて誰も予想しないだろう。


「何キョロキョロしてるのー?あなたのことだよー」
「な、なななななに?!」
「いつもこの道だね」


ニッと笑う少女になんだか恥ずかしくなって顔中の熱が上がる。あまりの恥ずかしさに穴があれば埋まりたいとさえ思った。彼女も僕のことを認識していた事実に、とてつもない歯痒さを覚える。


「どこの学生さんですかー?」
「ゆ、…ゆゆゆゆ雄英でしゅ!」


あまりに動揺し過ぎて噛んでしまった。そんな僕の失態等気にしていないかのように少女は眼を輝かせる。どうやら本当に噛んだことは気にしていない様子。


「雄英ってヒーローの?!すごい!」


ヒーローに興味でもあるのか、少女の食い付き様がそれを物語っていた。「アハハ……」と肯定も否定もしない僕の反応など聞こえてないかのように彼女は続ける。


「やっぱりヒーローになるために入ったの?!」


病室の窓から話す少女と僕は距離があるのに、彼女はそんなの関係ないくらいに元気な声で僕に話し掛けてくる。
病院にいるのだから何かしら悪いところがあるだろうに、無邪気に笑う彼女を見る限りそんな風にはまったく見えなかった。


「う、うん。ヒーロー志望だよ」
「すごいすごい!」


本当にすごいと思っているのか彼女の眼はとても輝いていた。無邪気で子供っぽい子だな…、そんなことを思っていたが、ふと考えてみたらこんな場所にいると遅刻してしまう。遅刻なんてしたらイレイザー先生に何と言われるか知れたものじゃない。


「ご、ごめん!遅刻するから行くね!」
「あ、ごめんね引き止めて!」
「ううん!」
「ねぇ!!!」
「?」


「また話してくれないかな?」なんて期待の混じった瞳が僕を見据える彼女の瞳は、汚れがなくて眩しい。とても綺麗な眼だな……、僕は無意識にそんなことを心中で呟いた。


「もちろん!また話そう!」


だから、僕は惹き付けられたんだ。
これが彼女との出会いだった……。

その日の帰り道。今日も1日、ヒーローになるために全力で励んだ。雄英の授業をすべて終えてボロボロな姿になったが、僕は自分が負った傷がすべて誇らしげに見えた。痛い体を何とか引きずりながら僕は暗い夜道を歩いて自宅に向かっていた。
その道で、目に入ったのはあの病院。
…あの子、もう寝ちゃったかな。
外暗いし、さすがに寝てるよね。


「!」


一部屋、窓が開いていた。
中の光が暗い夜をほのかに照らしている。

あの部屋っていつも女の子が覗いてた場所だよな…、と思いつつ足を進める。すると窓際に女の子が現れた。


「あ、」
「?…あ!今朝の!」


あちらも僕に気付いたようだ。ちゃんと今朝の出来事を覚えていて、話し掛けてくれたのは正直嬉しく思う。


「怪我してるの?!」
「え?…あ、うん。授業でね」
「ヒーローになるための…」


彼女は自分のことのように痛そうに顔を歪め、僕を見た。


「…こんな遅くまでお疲れさまです」
「!」
「家に帰ってゆっくり休んでね」


優しく微笑み、彼女は「疲れてるのに引き止めてごめんなさい。おやすみなさい!」と云って手を振ってくれた。なんだかそれがとても嬉しく思えた。

友達でもない、ただの通りすがりにそんな態度をする彼女が優しく思えた。
だって、彼女は名前も知らない赤の他人。
今朝初めて話し掛けられた以外は何ら関係のない、本当にお互いに他人同士としか認識されてないはずなのに。
彼女はそんな僕のためにこんな優しい表情を向けられるのだから。


「ありがとう。君こそ、ゆっくり休んで」
「私はずっと休んでるよ」


「ベッドの上は退屈」なんて苦笑いする彼女に、かける言葉を間違えたと後悔した。

彼女は病院にいる。それが彼女にとってどれだけ嫌なことなのか…、何かしら理由があって病院にいるのに。それが重いか軽いか定かではないが、病院にいる間の彼女の時間は止まったままだというのに。

なんと言えばいいのかわからず、困っていると彼女は先程までの微妙な表情はどこかへ行ったかのように無邪気に笑う。


「また明日!頑張ってね、ヒーロー!」


ああ…僕は何をやってるんだろう。
そうだ、僕はヒーローになりたいんじゃないか。なのに、彼女に気を遣わせるなんて…ヒーロー失格だ。


「うん!」


これ以上恥を晒すわけにはいかない。
僕だって…


「あの!」
「?」


僕だって、やればできるんだ…!


「僕は緑谷出久!君は?」
「……私は、firstname」
「firstさん!僕、君の友達になりたい!」
「!」


小さな一歩を踏み出した。

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