君と、夢を見る

私は、病室から外に出られない。
理由としては、正体不明の謎の病に犯されているからだ。

私自身、小さい頃から体が弱くて普通の子にできることができなかった。
保育園にも学校にも通わず、病院と自宅を行き来する毎日。自宅はここからかなり離れた田舎にある。
都会の医療技術でしか、原因不明の病について調べられないからという理由で実家を離れた都会へ出てくる日々。初めは長距離を車で行き来して通院する毎日だった。
そんな日々の中で楽しみなんてものはなく、友達なんているはずもない。母も働きの身故、通院生活もすぐ限界が訪れ、私はとうとう入院した。

いつも窓の外から、友達と仲良く遊んで話す子達を羨ましく思っていた。そんな私にとっての退屈しのぎはテレビと本。
毎日何度も読んだ本を読んで、つまらない内容のテレビを観る。
退屈で退屈で仕方ない日々…、だけどその中で一番惹かれたのは、ヒーローについてだった。
弱った人を助ける大きな存在に、私は人生の中で初めて憧れた。純粋にすごい、と思った。
ヒーローのおかげで救われる人々と、人々を笑顔で救うヒーローの姿に、私は惹き付けられるようにテレビ画面に張り付いた。


「ヒーローか…なりたいなぁ」
「元気になればnameちゃんもなれるよ」


独り言を拾ったのは看護婦さん。しかし、私にはその一言が重くのし掛かる。

…私、治るのかな。
元気に、走り回れるようになるのかな?
普通の子みたいに、なれるのかな……?
なんだか、一気に現実を突き付けられた気分になった。
「お前は一生そのままだ」。そう、誰かに言われた気がして、途端に怖くなった。
そんな感情を振り払うように笑ってみせる。


「私、元気になるぞぉ!!!」
「その意気!nameちゃんなら大丈夫ね!」
「そのためにたくさん食べるぞぉ!!」
「ニンジンも食べなさいよ」
「ぐ、」
「コラ、好き嫌いはダメ」


元気に……振る舞うんだ。そーすれば少しでも普通に近づける気がしたから。そーすれば、みんなが笑い返してくれるから。そーすれば…自我を保てるから。
そうして私の1日は終わっていく。自分がいつか壊れてしまわないように、私は毎日自分を維持しようと笑っていた。

そんな私に数日後、産まれて初めての『友達』ができる。
──緑谷出久くん。私の憧れるヒーロー志望の雄英生。私は、嬉しさのあまりその日1日ニヤニヤしていた。
「君の友達になりたい」と緑谷くんは言ってくれた。こんな私の友達になりたいって…、それが嬉しくて嬉しくてたまらない。私は産まれて初めて、友達というものができた。とてもくすぐったくて何だかニヤニヤが止まらない。


「nameちゃんいいことあったの?ずっと笑ってる」
「フフフ、友達ができたの!」
「本当?!よかったじゃない!」


検査の時間、いつもなら憂鬱なはずなのに、ずっとにやけてる。そんな私に看護婦さんがとても嬉しそうに「よかったわねnameちゃん」と言ってくれて満面の笑みで頷いた。
緑谷くんが帰る時間までまだまだ時間がある。待ち遠しくてもどかしい、落ち着きがなくソワソワしてる私を見てみんな笑っていた。緑谷くんが帰る時間近くになると私は窓を開けて外を見る。

まだかな、まだかな?
今日はどんな授業をしたのかな?
学校にはどんな個性の人達がいるのかな?
外の世界を知らない私は訊きたいことがたくさんあってワクワクしっぱなしだった。
でも、心配もある。いつもボロボロな緑谷くんの姿。それほどまでに厳しいと目の当たりにする。私の想像を絶する程の厳しい授業なんだろう。ヒーローとは過酷なものだと痛感させられる。


「…あ!」


少し遠目に歩いて帰る緑谷くんの姿を見つける。「おーーい!」と腹から声を出して緑谷くんに呼び掛けると、彼もこちらに気づいて走ってきてくれた。


「びっくりした。待っててくれたの?」
「待ち遠しくて…」


苦笑いしながら言うと、彼は「こんなに窓開けてたら風邪引いちゃうよ」と困ったように呟く。


「あまり無茶しちゃ駄目だからね。悪化したら…」
「大丈夫!」
「駄目だよ!とにかくこんな時間はいくら暑い時期でも冷えてくるから」
「…緑谷くんと話したいって…思っちゃ、迷惑かな?」


心配してくれるのは嬉しく思うけど、それ以上に彼と早く会って話したいって気持ちが勝ってしまっての行動だった。しかし緑谷くんの言っていることは正しいし、うまく言い返せなくて気落ちする。すると彼は「そんなことないよ!」と即座に弁解した。


「ただ、僕のせいで風邪引いたら悪いし」
「緑谷くんのせいじゃないよ!」
「じゃ、じゃあこーしよ!僕がここを通る時は必ず窓を叩くよ!僕から会いに行く!」


「それならいいでしょ?」と微笑む緑谷くんに、私は頬の熱を感じながら力強く頷いた。何度も何度も頷いた。彼から会いに来てくれるって、その言葉だけで私は馬鹿みたいに舞い上がる。


「なら、これからそーしよ」


優しく微笑む彼に、私は歯を見せて笑う。


「待ってるね!緑谷くん」


緑谷くんは、私にいろんなことを教えてくれた。私の知らない外の世界のことを、とても楽しそうにいつも笑いながら話してくれた。私はそれを隣で聞くのが、嬉しかった。
自分の知らないことを、たくさん知ってる緑谷くん。そして、私に無いものを持っているのも彼だった。
小説やテレビでしか見たことのない海を、緑谷くんは見たことがあると言った。可愛い猫ちゃんが集まる場所がこの近所にあるとも教えてくれた。
雄英付近にペットショップがあって、そこに売られてるわんちゃんが芸達者だとも教えてくれた。緑谷くんは、いろんなことを教えてくれる。
そんな近くに、たくさんあるんだ。
この病院を一歩でも出れば、緑谷くんが教えてくれた場所が近くにある。

でも…叶わない、出られない。
私には…叶わないことなんだ。悲しいことだけど、現実はうまくいかない。思い通りにはなかなかいかない。
緑谷くんのいる空間はとても楽しくて、色鮮やかに見えるのに、彼が帰った空間で一人ポツンと取り残された狭い病室の中では、静かすぎて無駄にネガティブになってしまう。

私は一人が嫌いだった。一人になるのがいつもいつも怖くて仕方なかった。それでも訪れる孤独は、私の心を弱くする。緑谷くんがいない空間で、私は一人ポツンと真っ白な空間で静かな時間を過ごす。この時間はいつまで経っても慣れやしない。


「やあnameちゃん!!元気かい!?」


バンッ!と病室のドアを勢いよく開けて入って来たのはすごいガリガリで本当にご飯食べてるのか心配になる俊典おじさん。正直私以上の病人だと思う、すぐ血を吐くし。


「おじさん!来てくれたんだね」
「当たり前じゃないか!君は私の娘のような存在だ」


娘のような、か…、とても嬉しい言葉だな。


「どーだい?今日は顔色がいいじゃないか」
「うん!」
「でも…何やら表情が暗いな。何かあったのかい?」
「…」


俊典おじさんは私の寝転ぶベッドへ近付くと、近くの椅子に座って私を見据えた。こちらの様子を伺う態度に、私は苦笑いする。


「…最近、友達ができたの」
「なんだって?!それは喜ばしいことじゃないか!」
「でも…」
「?」


俯きながら、おじさんに素直な気持ちを吐き出す。


「その友達はいつも、私のために外の世界を教えてくれるの。いろんなことを教えてくれた……でもね」


徐々に、それだけじゃ満足出来なくなってきた。自分の目で見たくなった。
緑谷くんの隣で一緒にいろんなものをこの目で見たい、触れたい、感じたい。友達と一緒に遊んで、笑い合いたい。
普通の女の子に…、なりたい。


「わがままだってわかってる。」


緑谷くんが話してくれれば、くれる程に、私の中には希望と絶望が膨れ上がる。いくら願っても叶わない願いなんだと、思い知らされるのが現実というものだった。
嬉しい筈なのに、自分には叶わないって思うだけで苦しくなった。緑谷くんは、私のためにやってくれているというのに……、だから自分から悩みを言い出せなくて、


「友達を傷付けたくない」
「そっか…」


布団をギュッと握り締める私の手に、ガリガリな骨のような手が乗せられる。


「羨ましくなったか」
「…うん」
「君は、優しい子だ」


優しく微笑むおじさんに目を見開いた。俊典おじさんの言葉の意味がわからなかった。
私が優しい?そんなわけない。だって私は、緑谷くんの行為を無下に捉えて…わがままに自分勝手なことを考えている。そんな私が優しいわけない。


「優しくなんて…ないよ」
「他人のために悩むことは優しさなのさ」


「nameちゃんは優しい。傷付けたくない、と思ってる君が優しくないわけないじゃないか」とおじさんに頭を撫でられて一筋の滴が目から流れた。


「羨ましく思ったんだ。しかし、その事のどこが悪いことなんだ?自分に無いもの、できないこと…それらを羨んで何が悪い」
「っ…」
「いいんだよ。羨ましく思って当然じゃないか」


頭を撫でる掌の温もりに涙が止まらない。その優しさに、我慢していたものが溢れる。


「わ、私っ…外に行きたいよ!」
「ああ」
「病気なんてっ…かかりたくなかった!」
「ああ」
「友達と学校に行って遊んでッ…笑ったり泣いたり……皆が当たり前に過ごす毎日を、私も過ごしたいだけなのッ…!!」


皆にとっての当たり前が、私にとっては特別なの。だからこそ欲しくて欲しくてたまらない。どうして私は病気なの?どうして私は弱いの?どうして私は…普通になれないのッ……?


「負けるな、name」


おじさんの呼び掛けに、俯いていた顔を上げる。


「君はまだまだこれからじゃないか!こんなところで立ち止まっちゃいけない。君には未来がある」


未来…私にとって恐怖しかない未知の世界。これから先…私は生きていられるのかな?
来年も生きているのかな?


「未来…なんて……」
「あるさ!」
「……」


おじさんは黙ってしまった。私が俯いてしまったからだ。
でも、仕方ないじゃないか。今までいろんな人に言われてきた。先生や看護婦さん、お母さんにも。
「きっと治る」と…、しかし現実は違う。何年経っても治らない、何年経っても同じ場所にいる。そして繰り返される「きっと治る」という言葉。もう、聞き飽きた。いっそのこと、「君はもう駄目だ」と言われた方が楽になれる気がする。もう…私には…生きる意味なんて……ないよ。


「firstさん…?」


聞き覚えのある声が聞こえた。窓の外を見ると、目を見開いた私の友達の姿。


「…緑谷くん」


泣いてたことも忘れて彼を見つめた。

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