彼女の迷いのない瞳に吸い込まれそうで、なのに逸らせない視線が切なくて。
なんで君は、いつだってそんなにも強いんだろう。
彼女を止める言葉が浮かばなくて、希望に満ちた瞳が僕を貫く。もしかしたら、もう本当に彼女と会えなくなるかもしれない。
その確率の方が高いというのに、彼女から恐怖は感じなくて…、弱さを見せてくれない彼女は、残酷だった。
「nameちゃんは……ずるいや」
僕だけがこんなにも不安なの?
もう、会えなくなるかもしれないんだよ?
それでも平気で、君は前を真っ直ぐ歩けるの?なんで真っ直ぐ歩こうとするの?
フラついてもいいじゃないか、寄り道してもいいじゃないか。
そしたら僕が支えてあげられるのに、どーして君はッ……、
「出久くんのおかげで、今私はここにいる」
そんなこと言わないで。
引き止めたいのに、そんなこと言われたら僕が間違ってるみたいじゃないか。
「出久くんのおかげで、頑張ろうって思える」
いつの日か、麗日さんも同じことを言ってた。「頑張ろうって感じのデク」。
この言葉のおかげで、僕は過酷な訓練も乗り気ってこれた。
彼女も今、あの時の僕と同じ気持ちなら……、
「nameちゃん」
「!」
涙で歪む視界のせいで、よく見えなかった。
彼女の指先が、若干震えていることに。
握った掌から震えが伝わり、僕は強く握った。
「生きてほしい」
君には、たくさん生きてほしい。
たくさん笑って、普通の女の子のように過ごしてほしい。そう思うのは本当だよ。
でもね、だからって君が一人で背負い込む必要はないんだよ。
つらいなら、泣いてもいい。
苦しいなら、逃げたっていい。
強がる必要なんて、ないんだよ。
nameちゃんに、そう言ったじゃん。
「だからね、nameちゃん」
彼女の体をソッと抱き寄せ、額をくっ付ける。
「泣いていいんだ。」
「ッ…」
「弱くたっていいじゃないか」
僕の前でだけでいいから、強がらないで、君の荷物を僕にも背負わせて。
「怖くないわけないよ、苦しくないわけないよ。生きたいからこそ涙が出るんだ」
「いず、く…くん…っ」
頑張らないで、頑張り過ぎるのが、君の悪いところだ。
涙を流して唇を噛むnameちゃんの濡れた頬を拭いながら微笑んだ。
そーいえば学校に行かなきゃいけない時間だったっけ。
だけど無理だよ、nameちゃんから離れたくない。僕に弱さを見せてくれる彼女から、離れられるわけない。離れたくないんだ。
そう思う僕が、一番弱いのかもしれない。
「…ッ出久くん、もう…大丈夫」
たくさんの涙を流して、眼を真っ赤にしたnameちゃんが涙で濡れたままぎこちないながらも笑顔を見せる。
「出久くん、学校だよ。早く行かなきゃ」
「いるよね」
「ぇ」
不安なんだ。今ここで、君の掌を離すことが。帰った頃には、彼女がいなくなってる気がして。
「…いるよね、nameちゃん」
悲願するようにnameちゃんを見る。
お願いだから頷いて、黙っていなくならないで。彼女の小さな掌をギュッ…と握って彼女が頷いてくれることを待つ。
しかし、彼女はゆっくりと、首を横に振った。
「……ごめんね、出久くん」
いやだ、いやだいやだ。聞きたくない。
こんなのって、あんまりだよ。
幸せを味わったことの代償がこれなら、幸せなんていらない、彼女が隣にいてくれたらそれでいい。何も望まないから。
だからッ……
「そんな…今日、すぐなんて……」
まだ気持ちの整理も出来ていない。
時間がほしいのに、それすら許してくれないなんて、頭がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
──まだ君に、好きって言えてないのに。
「出久くん…」
「nameちゃんはひどいよ」
自分ですべて決めて、前を歩く。
僕はそんな君の背中を追いかけてばかりで、こっちの身にもなってよ…。
「ごめんね…」
謝らないで。謝罪なんて、求めてないよ。
たくさん話したいことがあった。たくさん笑い合いたかった。
なのに、その時間すらないなんて。君を、見届けることすらできないなんて。
「出久くん、学校に……」
「nameちゃんは、いいの」
言っちゃいけないとわかってても止まらなくなる。一度溢れると、吐き出される感情。
「僕はッちゃんと君と…」
「お別れなんてしたくないから!」
「!」
彼女が声を張り上げる。
「また会いたいもん!遊びたいもん!だからッ、お別れなんて絶対にしない!」
「ッ…」
僕もだよ、nameちゃん。
このままお別れなんて僕だって許さない。
「生きて…」
だからね、
「生きて、会おう!次は、こんな病室なんかじゃない」
光が一杯の外の世界で。
彼女は云った。僕と別れたらそのまま病院を離れるのだと。
あまりに早い別れだと思った。
お互いに不安を抱えたままの状態。
でも、彼女は言ってくれた。僕の言葉に頷いてくれた。
「必ず、戻ってくる…!」
不安はたくさんある。涙だって止まらない。
だけど、信じるよnameちゃん。
一度は君から背を向けて逃げ出した、こんな僕を許してくれた君のためにも。
「ずっと…ずっとまってるッ…」
何があろうと待ち続ける。
君の帰りを、この場所で、何ヵ月、何年、何十年でも。
ずっと、ずっと待ってるよ。
だからnameちゃん、生きて。
その頃には、きっと…今より強くなるから。
強くなって、君に云うから。
僕の気持ちを、真っ直ぐにぶつけるから。
それまでは、友達のままでいよう、君の望む関係でいよう。
でも、今度は待たないからね…?
君の望む関係を越えて、君の隣を貰うから。
「ありがとう。…ありがとう、出久くん」
君との出会いを振り返る。
あの時君は、いきなり僕に話し掛けてきた。
『ねぇー!そこの人ぉー!』
あの時、びっくりしたんだ。
回りには僕以外誰もいなくて、まさか僕のこと呼んでるなんて思いもしなかった。
無邪気に、あどけなさを残した笑顔で僕に話し掛けてきた君に緊張して、言葉を噛んだっけ。
あれ、すごく恥ずかしかった。
今思うと、あの頃から僕はカッコ悪いところを君に見せていたよね。
まさかずっと見られていたなんて思わなかった。
「また話そう」と言ってくれた君が嬉しくて、僕は彼女に「友達になって!」と告げた。
…あの時が、始まりだった。
君と友達になって、毎日楽しかった。
苦しい思いや、辛い思いもした。
それ以上に、楽しかったんだ。
いつしか、君を想い始めた。
苦しむ君を隣で見ていることが苦しかった。
闘病する君の力になれなくて何度も嘆いた。
悲しくて悲しくて…、それでも負けない君を見ていると涙が溢れた。
君はいつだって強くて。
何をやっても空回る僕とは違う。
そんな君はいつしか、ヒーローの様に見えた。
諦めない真っ直ぐで純粋な瞳が、物語の主人公の様に見えた。僕自身が焦っちゃうくらいかっこよかったよ。
ねえ、nameちゃん…
君はッ……
nameちゃんは………
「頑張れ、nameちゃん」
───僕の、ヒーローだ。
君ならきっと、大丈夫だって、信じてる。
だから、必ず……戻ってきてっ……。
別れることが名残惜しくて離れられない僕だけど、そろそろ学校へ行かなきゃ先生達に怒られてしまう。
掌を握ったまま、僕は彼女からゆっくりと離れた。
「…もう、行くね」
「うん…」
本当はまだここにいたい。
けど、もう駄目だ。思わず複雑な表情になる僕の掌を、弱い力で握るnameちゃん。
「また会えるよ、絶対」
「うん」
「だから大丈夫!」
出会った頃のように無邪気に笑う彼女。
別れを惜しむと、やはり駄目だな。
離れられなくなる。
「サヨナラなんて、言わないからね」
「うん」
「……またね、nameちゃんッ!」
「うん!!」
力強く頷いてくれた。
それを見届け、僕は歩き出す。
限界まで触れられていた掌が、スルリと離れた、その感覚に思わず振り返りたくなる。
涙がポロポロと頬を流れて、前が見えない。
だけど僕は振り返らなかった。
振り返ったら駄目な気がした。
だから、振り返らずに僕は走り出した。
一生のお別れじゃないんだよね、nameちゃん。
ほんのちょっとのお別れ。
そう、ほんのわずかのお別れ。
また必ず会える。君はそう言ってくれた。
だから、会えるよね……、
頑張れ、nameちゃん。
ずっと、ずっとッ…待ってる。
何年経ってもここで待ってるからね。
そしたら、また会える。
また、いつかッ………
「……ッnameちゃん…!」
走っていた足を止めてその場で振り返る。
もう、病院すら見えない場所だった。
「ッ好きだよ…」
君のことが、大好きだ。
だから生きて、精一杯生きて。
誰よりも、たくさん生きて。
そして、会おう。たくさん遊ぼう。
たくさん笑って、たくさん友達作って。
たくさん、たくさん……
「…ッ……」
nameちゃん…。
nameちゃんッ……、
会いたいよッ………!
もう、会いたくて会いたくて、たまらない。
こんなんじゃ、笑われちゃうね…、
もう一度、前を向く。
もう、振り返らないから。
強くなるから。
今よりもっと、強くなるよ。
もう泣かない、君のようにかっこいいヒーローになるから。もう泣かないよッ…。
涙を拭って、学校への道を歩き出す。
君と出会うまでに、もっと強くなるから。
君も、頑張って…nameちゃん。
僕も、頑張るから。
もっともっと、頑張って強くなるからね………、
「またね」