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 ◇◇◇
 
 寝た、か…やれやれ。突然抱き着かれた時は、どうしたものかと思った。引き剥がそうかとも思ったが、遠回しに離れろって言えば、離れるもんだろうとタカをくくっていた。
 ところが。女史は離れようとするどころか、オレに抱き締め返せば良いなんて言いやがった。まぁ、そんな遠回しに言ったところで、通じるような人間では無いんだ。そんなの、少し考えればわかったはずなのに。今度からは、思い切り引き剥がしてやるか…。
 
 このまま抱き締めながら寝るなんて、落ち着くわけも無い。もう寝たから、今なら簡単に引き剥がせるだろう…と思ったのだが、全然剥がれやしない。この人、寝ながら力強く抱き着いてるらしい。
  
 はぁ…困った人だな…。
 
 安眠を諦め、ぼーっと虚空を見つめる事にする。窓から、月明かりが差し込んでいる。今ぐらいの明るさが、オレの目にはちょうど良い。
 
 人間でいることを、怖がらないで…か。そう言われても、このこびり付いた恐怖心や、諦めのような感情を、拭い去る方が難しい。
 これは、オレにとっての自衛だ。感情の機微を鈍くすれば、無意味に傷つかずに済む。だから、それで良い。それで良い筈なんだ。
 
 …でも、久しぶりに"楽しい"や"嬉しい"を感じて、心地良くなってしまったのは事実だ。
 女史が、オレの手品を「魔法みたい」って言った時。胸の奥を擽られたような、今まで感じた事の無い感覚を覚えた。あんなに単純で、手品師からしたら基本のような手品にですら、彼女は子供のようにはしゃぎながら喜んで、オレを褒め称えてくれた。
 「魔法みたい…まるで、魔法使いだ」
 オレが言えなかった言葉を、何の躊躇いも無く口にしながら。
 
 ここに来て、たった数日。
 今からこの調子だと、これからどうなっていくのだろうか。
 オレが、オレで無くなっていくのだろうか。そもそも、"オレ"という存在は、一体何なんだろうな。
 
 …こんな生産性の無い事、考えるだけ無駄だ。残りの期間、変わらず過ごせば良い。そうすれば、今まで通りだ。
 尤も、それをこの人が許すかどうかは、また別の話だが。
 
 ここで無駄な思考を停止して、寝る努力をする為に目を閉じる。
 ロクでも無かった毎日より、少しマシな明日を迎える為に。

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