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 〇〇

「これで、明日から歩いても大丈夫だよ!抜糸、よく我慢したね。ドレッバー、良い子良い子♪」
「あ゛〜…はい…」
 
 あまりにも抜糸が痛かったのか、お腹を抱えながらヨロヨロ歩くドレッバー。麻酔する程でも無かったから、ちょっと我慢してもらっちゃった。傷は開かなかったし、大丈夫だと思うけど。必死の形相で脂汗浮かべてたから、ちょっと可哀想な事しちゃったかも。
  
 確かに、傷の具合は良くなった。でも、約束通り今月いっぱいはここに居てもらうの。万が一、傷の具合が悪くなったらいけないし…彼を傷付けた人間が、まだ探しているかもしれないから。
 
「はぁ…もう、帰っても良いんですけど」
「ダメ!私が帰っちゃダメって言ってるんだから、ダメなの!言う事聞かないと、お尻ペンペンなんだから!」
「何ですか、それ…もう面倒なんで居ますよ」
 
 そうやって面倒くさそうな顔をしながら、「飯も美味いですし…」ってボソッと呟いたのを、私は聞き逃さなかった。普段全然食べてなさそうな彼だから、なるべくお腹いっぱい食べさせてあげたいって思ってる。それが功を奏してるなら、私としても嬉しい。
  
 今日の晩ご飯のメニューは、ニシンのパイ。ビジュアルにギョッとしてた彼だけど、食べた途端に表情が柔らかくなって「美味しい」って言ってくれた。見た目が全部じゃないんだよ!って言ったら、少し笑ってくれたりもして。その笑顔を見て、安心したんだ。
 温かくて豊かな食生活は、心も豊かにしてくれるって、お母様も言ってた。だから、ドレッバーの心を包んでいる氷も、少しずつ溶かしていけたら良いなぁ。
 
「…で。アンタは当たり前のように、この部屋に来るわけですか」
「ふふっ。貴方がいる間は、ずっとここでおねんねするもんっ。貴方が、悪い事しないように!」
 
 部屋のドアを開けて、ベッドに思い切り飛び込む。ふかふかベッドでゴロゴロしてたら、上から彼の呆れたようなため息が聞こえてくる。ここは私の家なんだから、私がどういう風にベッドに入ろうと自由だもん。気にしない気にしない。
 
「アンタ、本当に子供みたいですね。オレが入る事なんて、まるで考えちゃいない」
「ふふっ。元々は、私の所有物だもん」
「はぁ…まぁ、そうですけど」
 
 とは言え、このままベッドの傍で立たせ続けてるのも可哀想だから、ちゃんと退いてあげる。私が隣の簡易ベッドに移動したのを確認した彼は、照明を落としてベッドの中に入ってきた。でも、すぐ私に背を向けて、そのまま丸まっちゃった。
 もう!ドレッバーってば、いつもそう!これじゃ、ちゃんとお話出来ないのに!
 
「ちょっと!こっち向いてよ〜!」
「アンタ、男と2人でベッドにいて、よくもまぁ平然としていられますね」
「?どうして?」
「どうして?…何度も説明したかと思いますが」
 
 くるんと、こちらに向き直るドレッバー。照明が消え、月明かりによって浮かび上がるその表情は、呆れと苛立ちが混じったような、何とも言えない微妙な感じ。とにかく、ムスッとしてる。眉毛が吊り上がって、何だか可愛いから嫌いじゃない。
 でも、今日の雰囲気は何だかピリピリしてて、変。
 
「男女が同じベッドで寝るのは、普通じゃないんです」
「うん?」
「…アンタだって、そういう行為があるって事は知ってるでしょ?」
「でも、貴方はそんな事するような人じゃ…」
「その考えが甘いんですよ」
 
 一層苛立った声が聞こえてすぐ、彼が覆いかぶさってきた。
 長駆が私に影を落とし、長い髪が天蓋のように垂れる。ゆらゆらと揺れるブルーグレーの双眸は、一体どんな感情を湛えているのか判別しづらい。
 
「傷の具合が良くなって、身体も自由に動かせるようになった。今のオレは、その気になりゃアンタを好きに出来るわけです」
「……ドレッバー…」
「いくらオレが非力でも、男女の骨格や筋肉量を思えば、小柄なアンタを組み敷くなんて容易い。ベッドで男女が一緒にいる事を軽く考えるなんて、愚か者のする事です。何だったら、今ここで思い知らせてあげましょうか?」
 
 彼は低く掠れ、地響きがするような声で、ゆっくり語りかけてくる。その声は私の脳内で、ずっと旋回し続けて離れない。
 いつもと違う彼の様子に、私の身体も震えてくる。込み上がってくる感情に耐えきれず、私は彼の頬に手を伸ばし──思わず、呟いていた。
 
「…綺麗……」
「…………は?」
「貴方って、なんて綺麗なの…!声もとても心地良いし、真っ白な髪が月に照らされて、まるで星のカーテンのよう。この間、貴方を雪の妖精みたいって言ったけど、お星様みたいでもあるのね!」
 
 彼の美しさに息を飲みながら、頬から髪に手を伸ばし、優しく指で梳く。乾燥してるけど、サラサラと指に通る髪は、揺れ動く度にキラキラ光って、より一層美しいと思わせる。
 とっても美しくて、なんて素敵な人なんだろう…!
  
「はぁ…もう、いいです」
 
 そう思ったのも束の間。ドレッバーは大きなため息をつき、仰向けになって寝転んだ。
 私、変なこと言っちゃったのかな?私も彼の方に身体を向き直して、肩の辺りをつついてみる。すると、また呆れたような視線をこちらに向けてきた。でも、今度は苛立ちの色は見えなかった。
 
「…アンタって、何なんですか?」
「何って、天才科学者?」
「いや、そうじゃなくて…はぁ。怖いもの知らずのアンタを脅かそうとした、オレがバカでした」
 
 彼は観念しましたと言わんばかりに、今度こそ身体ごとこちらに向けてくれた。
 ドレッバー、やっと見てくれた!えへへ、嬉しいなっ♪
 
「うわっ、ちょっとアンタ…!」
 
 嬉しくなって、思わず彼に抱き着いちゃう。骨と皮ばかりの身体は、お世辞にも抱き心地が良いとは言えない。でも、その分彼の鼓動を沢山感じられるようて、何だかとっても落ち着く。
 でも、お母様にハグした時とは違うの。何だろう…落ち着くし、ぽかぽかするんだけど、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。それでも、全然苦しくないんだ。

 どうしてかな。でも、ずっとこうしていたい気がする。ハグしてこんな風になるの、生まれて初めて。
 
「…あの、マキシア女史」
「うん?」
「アンタに抱き着かれて、オレはどうすれば?」
 
 顔を上げてみると、ドレッバーは困ったように私を見て、行き場を無くした手をヒラヒラさせている。心無しか身体も緊張してるし、冷や汗もかいてるみたい。
 ふふっ。ドレッバーったら、知らないのかな?
 
「そういう時は、抱き締め返したら良いんだよ」
「は」
「お母様も言ってたもん。一緒にハグし合うと、お互い幸せな気持ちになるんだよって。つまり、疲れも緩和されるってわけ。ほら、貴方も日頃の疲れを癒したら?」
「あ…あー、そういう。アンタね、普通は…いや、何言ってもムダか…」
 
 すると、彼の緊張が解れたのと同時に、長い腕がギシギシと音を立てながら、ゆっくりと私の背中に回る。
 ドレッバーの心臓の音、少し早くなった。私と同じ。
 それなら、彼はこの答えがわかるのかな?落ち着くのに、心臓の鼓動が早くなっちゃう理由を。
 
「ねぇ、ドレッバー」
「…はい」
「どうして、心臓の鼓動が早くなるのかなぁ?」
「さぁ。緊張してるんじゃないですか?」
「うーん。でも、嫌な感じはしないよ?寧ろ、落ち着くの」
「オレに聞かれてもね…そんな経験、ありませんから」
 
 うーん、ドレッバーにもわからないんだ。じゃあ、きっと誰にもわかんないんだろうなぁ。だって、天才2人がわかんないんだもんね。
 …ああ。なんだか、もう眠たくなってきちゃった。
 まだ、沢山お喋りしたいのに。
 
「んぅ…ふあぁ…」
「…眠いんですか?」
「うん…でも、まだお喋りし足りないよう」
「我慢したところで、仕方ないと思いますけど。どうせ、明日がありますし」
 
 うう…それでも、まだ貴方とお喋りしたい…。
 
 頑張って抗おうとしてみても、私の背中をリズム良く叩く彼の手で、余計に眠たくなるばかり。まるで赤ちゃんをあやすようなソレは、お母様との日々を思い起こさせるようで。
 …ああ、でも。お母様よりも不器用で、手の震えを感じる。きっと、慣れてないんだね。
 ドレッバー…可愛い人…
 
「…ドレッバー、は…」
「はい…?」
「人間でいること…怖がらない、で…貴方は…とっても…」
 
 彼に、大切な事を伝えようとしたけれど。全てを言い終える前に、私の意識は溶けていった。

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