ちゅんちゅん。外で鳥たちが囀る、素晴らしい朝。夢の中へ落ちていた意識も段々はっきりしてきて、私はゆっくり瞼を開けた。目の前には、横たわりながら私を見つめるドレッバーがいる。ブルーグレーの双眸をぼんやり見つめると、眠たそうな私の姿が映っていた。
「おはようございます。朝飯、出来てますよ」
ぼうっとする思考に、彼の掠れた低い声が染み渡る。耳触りが良くて、刺激が強過ぎない。まさに、素敵な朝にピッタリの声。
もう一度目を閉じて、彼の声の余韻を楽しんでいると、おでこをつんつんってされた。早く起きろって事かな。もう、せっかちなんだから。
「おはよ、ドレッバー…ふぁぁ…良い朝だね」
「ええ。馬鹿みたいに眩しくて、日が照っている。そんな朝です」
そう言いながら、両眼を細めるドレッバー。彼の右目は少し特別で、眩しいのが苦手みたい。いつも寝る直前までモノクルを着けてるけど、何故か今はしてないから居心地が悪そうに見える。
貴方の綺麗な両眼を見る事が出来て、とっても嬉しい。でも、お目目大丈夫なのかな。
「だったら、モノクル着ければ良いのに。私を起こすまでは、着けてたんでしょ?」
正確には、私を起こすまでじゃなくて、私が起きるのを待ち始めるまでだと思うけど。だって、知ってるんだもん。眠ってる私を、無理やり起こさずにいてくれている事。眠りながらでも、隣で沈み込む感覚がわかるもん。
私の言葉を聞いた後の彼は、更に目を細めた。今度は眩しいからって事じゃなくて、言葉を探して思案を始めたからなんだと思う。眉間にシワが寄ってないから、わかるんだ。
それから数秒後。彼はゆっくり口を開いて、ボソボソと喋り始めた。
「…オレの目、見たいだろうと思って。何故かわかりませんが、そうした方が良い気がして。毎回モノクルを外してます」
可笑しいですね。そう言った彼はクツクツ笑った後、直ぐ無表情になってモノクルを着け、ベッドから降りた。
ふふふっ。ドレッバーったら、可愛いところあるんだから。
「ねぇねぇ、今日の朝ご飯はなぁに?」
「どうせ、後でわかるでしょ」
「良いじゃない、教えてよぉ!」
「…スクランブルエッグです。あと、豆を適当に煮た物と、トースト。大したもんじゃありません」
シンプル、かつ健康的。スクランブルエッグは、バターたっぷりなのかな?あっさりしてても美味しいよね。想像したら、ヨダレが出ちゃいそう!
大したもんじゃ無いって貴方は言うけど、私にとってはご馳走なの!
「ふふっ、美味しそう♪」
「支度してる間、ベーコンでも焼きましょうか?」
「ほんと!?食べたい!焼いて焼いて!」
「はいはい」
彼が手をヒラヒラさせながら部屋を出た後、私は浮かれた気持ちを抑えることも無く部屋を飛び出した。
今朝は、いつもの朝より凄く浮かれてる。どうしてだろう?とっても美しい朝だから?それとも、彼が私の為にモノクルを外してくれてたのがわかったから?美味しい朝ご飯が、待ってるから?きっときっと、全部なのかな。
あっ。お天気が良いと、気持ちも明るくなるのもあるよね。それが、ここ最近何日も続いてる。お天気が良い日が珍しいロンドンで、ずっと晴れてるなんて。ここが郊外だからって、こんな事は滅多に無いもの。気分が上がらないわけが無いよね!
そうだ!こんなに良いお天気なら、久しぶりにお散歩も出来ちゃうかな?開けた所でサンドイッチを食べて、ゆっくりして…あぁっ、とっても素敵なピクニック!
そうと決まれば、早速彼に提案してみなくちゃ!一人よりも、二人のが楽しいもん!
……
「──で、何て?」
「だから、今日はピクニックしようよ!」
そんなこんなで、美味しい朝食の時間。お散歩の提案をすると、彼はフォークとナイフを動かす手を止めて、あからさまに嫌そうな顔をした。我ながらベストアイディアだと思うのに、どうしてそんな顔をするんだろ?
「行きたくないの?」
「外に出るの、好きじゃないんで」
「えー…でも、折角お天気良いんだもん!お出かけしないと損だよ!」
「行くなら一人でどうぞ。オレは、留守番してますから」
「ぶぅ!」
再び淡々と朝食を食べるドレッバーを見てたら、何だかムカムカしてきた。だって、一人で行ったってつまんないんだもん。それに、貴方と一緒が良いんだもん!貴方とピクニックしたいんだもん!!
それなのに…それなのに!
「イヤッ!!一緒にピクニックするの!!」
「だから、オレは外に出るのが好きじゃ…」
「イヤーッ!!一緒じゃないとイヤーッ!!」
「イデデデデデ!!おい、やめろ、やめてくれ!!」
「じゃあ、一緒にピクニックしてくれる?」
「わかった、わかったから!行きますから!」
思い切り頬を引っ張ると、彼は涙目になりながら快諾してくれた。
ふふふっ、ちゃんと言えばわかってくれるもんね♪
「もう、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「無理やり言わされたようなもんですけどね」
「何か言った?」
「いえ、何も…ですが、人目に付くところには行けませんよ。公園や街中なんて、もっての外です。わかってるでしょ?オレの立場」
頬をさすっている彼の言葉はごもっともで、ピクニックといっても人が多く集まる公園には行けない。何せ彼は犯罪者で、なるべく自分の存在を隠さないといけない立場だから。
それに、彼は私が犯罪者と一緒に居るって思われるのを、あまり良く思わないみたい。私は別に良いのになぁ。でも、それでドレッバーが捕まるような事にはなりたくないし、一緒にお出かけするのに不便するのは仕方ないよね。
だから、どこでピクニックするのかは、ちゃんと考えてあるの。
「何も、ピクニックは公園じゃないと出来ないわけじゃないもん」
「じゃあ、一体どこに行くっていうんです?」
「ズヴァリ!裏の森の中だよ!」
「…森?あの、森ですか?」
「私は何回も入ってるから、どこにどんな場所があるのかわかってるもん。ピクニックにもってこいの場所だって、ちゃんと知ってるよ!」
私の言葉に、「わけがわからない」というような表情を浮かべるドレッバー。
何もわからない事なんて無いはずなのに、どうしてそんな顔をするんだろう?私がいれば迷子にならないし、自然いっぱいで楽しいのに!
なんて思ってたら、凄く大きなため息をつかれちゃった。
「アンタって人は、発想が逸脱してるんですよ。よくわからない森に入ってピクニックしましょうって言われて、はいそうですかとはなりません」
「え〜?大丈夫だよ。ちゃんと、目印だって作ってあるし」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題!」
「えぇっ…」
あっ、また嫌そうな顔してる。そんなに私の事、信用できないのかなぁ。それなりに一緒に過ごしてるはずなのに…と言っても、まだ1週間ちょっとだけど。
よくよく考えれば、そこまでに嫌がってるのを無理やり連れて行こうとするのって、良くないよね。私だって、嫌なことはしたくないもん。心を開いていなければ、尚更。
…やっぱり、また日を改めた方が良いのかな。
やめよっか。そう言うより先に、彼から「わかりました」って言葉が返ってきた。嫌そうな感じでも無く、ただ淡々とした様子で。
「…良いの?ピクニック、一緒に行ってくれる?」
「今更どうこう言うのも面倒ですから、言う通りにします。外に出るのも、たまには悪くありませんし」
「悪くない」って言いながら、その表情はいつもより少し柔らかい。声色だって優しいし、温かい気がする。きっと、一緒に行こうって気持ちに、心からなってくれたんだ!
「やったー!じゃあ、朝ごはん食べ終わったらサンドイッチ作るね!ドレッバーは、お外に行く準備してて!」
「はい。って、まだ早いんじゃ…あぁ…」
彼のお返事が嬉しくって、考えるよりも先に口が回っていた。彼よりも先に朝食を食べ終えた私は、急いで食器を片付けて準備を始めた。
だって、やっと一緒にピクニック行けるんだもん!とっても楽しみで、仕方ないんだもん!本当は、ずっとずぅーっと、彼と一緒にお出かけしたかったんだもん!嬉しいなっ♪嬉しいなっ♪
…彼の反応で一喜一憂するなんて、私ってばこんなに単純だったんだなぁ。でも、嬉しいに決まってるよ。だって…
いや、あれこれ考える前に、サンドイッチの材料になる物を確認しなくちゃ。飛び切り美味しいの、作ってあげるんだから。
私はブラウスの袖を捲って、気合いを入れてサンドイッチ作りに取り掛かった。