「お出かけお出かけ、嬉しいな〜♪ふんふふ〜ん♪」
「アンタ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫大丈夫〜♪マキシアちゃんに、おまかせあれ!」
「はぁ…」
お昼近く。少し不安そうな顔をするドレッバーを引き連れて、森に入っていく。彼にバスケットを持ってもらって、私は目印を確認しながら進み続けた。
彼にとっては知らない森でも、私からしたら見慣れた場所だから、何の不安も無い。ここで1人で住むようになってから、フィールドワークって名目でよく遊んでたもん。だから、この森の事をよく知ってる私が、彼をエスコートするんだ!
「ねぇねぇ」
「はい」
「お手手つなご!」
「えっ…なんで」
「貴方が迷子にならないように!」
「迷子って、アンタが迷子になるの間違いじゃ?…すみません」
わけわかんない反論に頬を膨らませてみせる。すると、すぐに観念したのか、彼は空いてる手を差し出してきた。差し出された手をギュッと握ると、革手袋越しでもわかる、男性らしいゴツゴツした骨格を感じた。
ドキ…ドキ…
「…?」
「どうかしましたか?」
「ううん、何でも無い」
まただ。心臓がうるさくなって、でも不思議と嫌な感じはしない、この高鳴り。ドレッバーも、これが何なのか知らないって言ってたけど、こうなっちゃう頻度が段々高くなってるみたいで、変な感じがするの。
でも、今考えてもわかんないよね。それなら、お散歩に集中しなくちゃ!
変に高鳴った鼓動を誤魔化すように首を振って、歩みを進めた。
ギシ…ギシ…ガシャ…ガシャン…
自分の心臓の音を誤魔化せたと思ったら、今度は誤魔化しようもない変な音が聞こえてきた。機械が軋むような、起動音のような、何とも言えない音。この音の出どころは知ってる。彼の…ドレッバーの身体から聞こえてくるんだ。
彼が動くと、凡そ人間の身体から発せられるものとは思えないような音が聞こえてくる。筋繊維が軋んでいるのか、関節が鳴ってるのかはわからないし、大体どうしたらこんな音が出てくるのかもわからない。でも動きづらいんだろうなぁっていうのはわかるし、この音が大きければ大きいほど、彼が緊張してるんだなっていうのもわかるの。
「…悪かったですね。歩くのが下手で」
「そんなこと無いし、気にしなくても良いよ。でも、貴方って昔からそうだったっけ?」
「いや、流石にそれはありませんよ。あの奇怪な出来事に巻き込まれて以降、身体を動かすのもままならなくなりました」
自嘲気味に話す彼を見て、胸が苦しくなってくる。身体を思うように動かせなくなるくらい怖い思いをして、ずっと独りで自分の身体と向き合ってきたんだ。本当は誰かを頼りたかったかもしれないのに、それも出来ないままで。
…ごめんね、ドレッバー。せめてここにいる間は、少しでも貴方の緊張を和らげられると良いなぁ。
「大丈夫だよ、ゆっくり行こ?ほら、森は逃げないから!」
「寧ろ、こっちが逃げたくなりますね。この森から」
「もう!逃げちゃダメだからね!」
「はいはい…冗談ですから、あんまり強く握るのはやめてください。痛いです」
痛いって言われたから、少し力を緩めてあげる。でも、ちょっとだけ強めに握る事にした。彼がまた、どこかに行ってしまわないように。
═══
「到着〜!ここを、今日のピクニック地とする!」
しばらく目印の通りに歩いたところで、目的地に到着した。さっきまでの気が生い茂っていた光景が嘘みたいに、ここだけは空を覆う木が無くて明るい。それに、辺り一面にお花が咲いていて、見てるだけで癒されるの。おあつらえ向きに大きな切り株もあって、テーブル代わりにもできちゃう。
もしかしたら、ずいぶん前に誰かが手を加えたのかもしれないって思うほどに、ゆったり出来る素敵な場所。見つけた過去の私、ほんとに天才だな〜!
「それで、どうすれば?」
「ピクニック、したこと無いの?」
「あまり…いや、無いですね。多分」
「じゃあ、教えてあげる!」
ピクニックにやり方も何も無いと思うけど、折角だし教えてあげちゃおっと!
「まずは、ここにシートを敷いて」
「はい」
「それから、バスケットを切り株の上に置いちゃお」
「置きました」
「布を切り株に敷いて、サンドイッチと水筒を置いて。最後に、私たちがシートの上でくつろぐの♪」
「…以上ですか?」
「うん、以上!ほら、ドレッバーも早く座りなよぉ」
ボーっと立ち尽くしているドレッバーに手招きすると、彼は細い身体を軋ませながら、ゆっくりとシートに座った。水筒から紅茶を注いで差し出してあげると、ちびちび飲んでて可愛いなぁって…。
…うう、またドキドキしてきた。可愛いって思うだけで、こんなにドキドキするものなの?
「何ジロジロ見てるんですか」
「む、別に良いじゃん。それより、もっと近くに来てよ」
「アンタの距離感がおかしいだけで、ふつうはこのくらい離れて座るものでs」
「仕方ないなぁ、私がそっち行く」
「人の話をまるで聞きませんね…どうぞ、ご勝手に」
有無を言わさず隣に引っ付いても、彼は呆れ顔はするけど嫌そうにはしない。試しにもたれかかってみても、無反応。反応が無いのもつまんないけど、慣れてくれたと思えば良い事なのかな?確実に、前よりは警戒されてないわけだし。
…逆に、私の方が変になっちゃってる。だって、さっきからずっと心臓がうるさいんだもん。ドレッバーに伝わってたら、恥ずかしいなぁ。
「ねぇねぇ」
「何ですか」
「貴方って、いつもお家の中にいるの?」
「ええ、まぁ」
「何年も、ずっと?」
「出かけざるを得ない時以外は、そうですね」
「…ふーん」
気を紛らわそうと思って話題を振ってみたけど、イマイチ続かない。なんだか変に意識しちゃって、頭が働かないの。
ずっと一緒にお出かけしたくて、お話したい事もいっぱいあったはずなのに。頭が真っ白になって、何も言えなくなっちゃった。顔も、なんだか熱い。
ついこの間まで、こんな風にはならなかったのになぁ。
「…アンタこそ、いつもこんな事してるんですか?」
「んぇ?」
ぼーっとしてたから、気の抜けた声が出ちゃった。でも、ドレッバーは何も気にしてないような様子で、そのまま話を続けてきた。
「マキシア・ティアードは、いつも自宅に引きこもって研究しているって話でしたから」
「えー!誰がそんな事言ってたの?」
「誰…色んな人間が言ってましたけど」
「んー。あまり街中には行かないし、ここまで来るような人も少ないから、人に会ったりする事もそんなに無いけど。お散歩はよくするよ」
「森に?一人で?」
「うん」
確かに大体は本当の事だし、あまり他人に来られたくないから、ちょっと離れた所に家と工房を建てた。でも、全くどこにも出かけないわけじゃない。面倒だけど学会には行くし、お買い物には行くし、唯一の親友とはご飯に行くし。お散歩だって…
その事を、大多数の人間は知らない。せいぜい、学会くらいでしか外に出ないって思われてそう。ドレッバーと、あんまり変わらないや。
「一人で森に入るのは、危ないですよ」
「大丈夫だよ、慣れてるし」
「どんなに慣れてても、何があるかわからないでしょ。戻れなくなるようなケガをしたり、動物に襲われたらどうするんです?」
「うーん、その時はその時かなぁ」
「それじゃあダメです。常に、最悪の事態を想定しておいた方が良い…オレみたいになりたくなければ、ね」
吐き捨てたように言った後、彼は目を閉じて押し黙ってしまった。
時々、何かにつけては自分の事と結び付けて、こんな風に黙るようにようになっちゃった。私に対して何か思うところがあるんだろうなとは思うんだけど、本当のところはわからない。だって、それを言葉にしてくれないんだもん。
私、貴方にそんな顔をさせたいわけじゃないのに。もっとリラックスさせてあげたいし、嫌な事をあまり考えないようにさせてあげたいよ。たとえそれが、貴方にとって難しい事だったとしても。
…でも、私の事を心配してくれてるって事なのかな。だとしたら、やっぱり優しいなぁ。
「ねぇ、サンドイッチ食べようよ」
「あ…はい」
「その反応、サンドイッチの事忘れてたでしょ」
「イエ、ソンナコトハ」
「あー!嘘ついてる!もう…はい、どうぞ」
「…ありがとうございます」
私についてと思ったのか、身構えたドレッバーにサンドイッチを渡す。拍子抜けしたような顔が面白くて笑ったら、彼は微妙な顔をしたまま頬張り始めた。
「…」
「どう?美味しい?」
「美味しい、です。何というか、懐かしい味がします」
「懐かしい味?」
「ええ…好きですよ、こういう味。シンプルで良いです」
「あっ…えへへ♪私が作ったんだもん!美味しくて当然だもん♪」
「はいはい…」
黙々と食べている彼を眺めながら、私も食べ始める。
うん、我ながら美味しくできてる。サンドイッチって、ただ具材を挟めば良いってわけじゃないんだよねぇ。少しだけ辛子を入れてみたり、塩コショウのバランスだって考えてみたりして…。
…「好きですよ」って言われた途端、心臓が一際跳ねちゃった。そんなの、ふつうの褒め言葉に決まってるのに。「好き」に、特別な意味なんて無いはずなのに。そもそも、特別な「好き」とかあるの?
わかんない…彼といると、わかんない事がどんどん増えていく。でも、モヤモヤするけど、なんだか楽しいとも思うの。
…ずっと、こうしていたいな。なんて。
「ありがとうございました。美味しかったです」
「ふふっ、気に入ってもらえて良かった!沢山食べてくれて、とっても嬉しい…あっ、そうだ!」
食べ終わってすぐ、ある事を思いついて、目の前のお花畑でお花を摘んでいく。彼に、ちょっとしたプレゼント──お花の冠をあげたくなったんだ。
これを作るの、久しぶりだなぁ。絶対に似合うから、前からあげたいと思ってたんだよね。このお花と、それから…
「…出来た!はい、どうぞ♪」
相変わらず無表情なドレッバーの頭に、完成した花冠を被せてあげる。真っ白な髪に、色とりどりの花が映えてとても綺麗。それに、とっても可愛い…!
「ふふっ、良く似合うね♪」
「どこが…こんな綺麗な物オレには似合いません。アンタにあげます」
「えー…」
何か言い返そうと思ったけど、彼は有無を言わさないというように、私の頭に花冠を乗せてきた。
ちぇっ。折角貴方にあげようと思って作ったのにな。色味だって、貴方に似合う組み合わせを…
「…?なぁに?」
「あぁ、いや…」
黙ってジッと私を見つめてくるから、何だろう?と思ったんだけど…あっ。もしかして、可愛いって思って見とれちゃったとか?だとしたら嬉しいな♪
…えっ?口元触ってきた!な、何…これって、その…ちょ、ちょっと待って。私たち、そんなんじゃ――
「パンくず、付いてましたよ」
「…んぇ?」
「クックックッ、まるで子供ですねぇ」
"子供"って単語にムカムカしたから、頬を引っ張ってやろうとした――でも、彼の顔を見た途端、何も出来なくなっちゃった。
だって、あまりにも優しくて、温かい笑顔を浮かべてたんだもん。ずっと見たくて仕方なかった、貴方のその笑顔。見ちゃったら、強く言えないよ。
「も、もう!子ども扱いしないでよね!」
「はは…ほら、食べかけがありますよ。今度はパンくずを付けないように食べてくださいね、マキシア"ちゃん"」
「ぶぅ!意地悪ドレッバーなんて知らない!イーだ!」
今度はあからさまに子ども扱いされたから、ちょっとだけ言い返して食べかけのサンドイッチを頬張る。クツクツ喉を鳴らす彼の顔をもう一度見ると、いつものようなニタニタ顔に戻っていた。