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 ──午後二十一時五十分。A管とB管を結合し、動力源のスイッチを点ける。計算通りに行けば、歯車が狂う事は無い。尤も、私と科学の絆をもってすれば、失敗する事など有り得ない。私はただ、紅茶でも飲みながら静かに経過を見守る事にする。
 ──午後二十二時三十八分。機械は正常に動き続け、予定通りの時間に停止。中に入れた物質Aも、想定していた通りの状態になった。このままサンプルを増やしていけば、実用は可能になるであろう。一先ず──今回の実験は、成功だ。次のサンプルを、考える事にする。
 
「やっっったぁ〜〜〜っ!念願叶っての子、誕生の瞬間っ!あぁ…っ!この瞬間、何回経験しても堪んないよねぇ!」
 
 レポートを書き終え、解放感に包まれた私は、先程誕生したばかりの我が子に頬擦りする。
 これで、人類の生活が豊かになる、更なる一歩を踏み出せた!この作業が簡略化されれば、もっと自由に時間を使える人が増える筈!私自身、この作業を億劫に感じてたから、すっごく嬉しい!

 あぁっ、大事な名前を付けてあげないと…うーん、そうだなぁ…。
 
「…よし!君の名前は『電動洗濯機君』だ!私と共に、より良い時代を作っていこう!これから宜しく、電動洗濯機君!」
 
 電動洗濯機君の蓋を撫でてやると、心無しか気分良さげに震えた気がした。
 ふふっ、これから毎日私の服で、沢山色んな経験させてあげるからね…♪勿論、何度だって改良して、直してあげるんだから!
 
「あぁ…今日も科学と触れ合って、最高の気分!…あっ、またオイルまみれになっちゃった…明日の朝、電動洗濯機君に頼もうかな。そんでこの良い気分のまま、もうお風呂入って寝ちゃおっと」
 
 ゴーグルを机に置いて、ベトベトになった白衣を脱ごうと腕を挙げ──
 
 ──ピンポーン
 
 …ようとしたら、普段殆ど鳴ることの無い玄関のチャイムが、工房内に鳴り響いた。
 聞き間違い?それとも悪戯…は、流石にこの時間に無いか。なんて思っていると、再びチャイムが鳴り響いた。どうやら、間違いでも無さそう。
 
「うう…出るの、面倒臭いなぁ」
 
 ──ピンポーン…ピンポン、ピピピンポピンポピピピ
 
「あーーーー!!!もう、煩い!!わかった!今出るから!待って!」
 
 もう、折角良い気分だったのに!
 憤慨しながら、私はズカズカと玄関の前に立つ。依然とチャイムは鳴り続けていて、けたたましく響いている。

 …一体、誰の家だと思ってんの?これでしょうもない悪戯だったら、しばき倒してやる。
 
「あー、はいはい。こんな夜に、一体どちら様です…か…」
 
 イライラしながら勢い良く扉を開けると、そこには見るからに背が高く、黒ずくめの──白髪で長髪の男性が、腹部を抱えながら立っていた。
 黒い服の為によく見えないものの…目を凝らして見ると、どうやら血で汚れているようだった。
 
「…あの、確かに私白衣着てますけど、ここは病院ではありませんよ…?」
 
 白衣違いだ、オイル塗れだし。なんて思いながら問いかけると、男はゆっくりと顔を上げ、私を見つめてきた。
 生気の宿らない左目の青白い瞳に私が映り、右目には黒いモノクルが嵌められ、様子を伺う事は出来ない。
 元からなのか、出血によるものなのか…頬が痩け、生気の無い白い肌が、不気味な程に美しいと思ってしまった。

 …いや。何考えてんの、私。
 
「…匿ってください」
「…はい?」
「ほんの少しで良いんです…匿って、くれませんかね」
 
 男は、その真一文字に結ばれた薄い唇を開き、ゆっくりと懇願してきた。

 こんな…ある意味不気味で、腹部から血を流しているような黒ずくめの男から「匿ってくれ」だなんて言われて、大人しく家に上げる人なんて、普通ならいないでしょ。
 …普通なら、ね。
 
「…入って」
「…良いんです?」
「良いから入って。困ってるんでしょ?私の家、誰も入って来ないから」
 
 フラフラしている男の腕を掴んで中に引き入れ、周りを確認してからドアを閉める。
 一体何が起こっているか分からないけど、匿うなら早くした方が良い。傷の状態も心配だから…一先ず、奥の部屋で良いかな。
 
「ほら、こっち来て」
「ゔ…ま、待ってくれませんかね…き、傷が…」
「…あぁ、もう!ほら、ゆっくりしっかり歩いて!」
 
 傷口が傷むのか、なかなか歩けないでいる彼の様子を伺いつつ、構わず腕を引っ張りながら早歩きで部屋に向かう。
 到着後、白衣に入れていた鍵束から部屋の鍵を見つけ出し、目的の扉を開けた。

 うん、ちゃんと使えそう。いつも掃除してて、良かった。
 
「あの…ここは、一体?」
「簡易医務室…みたいな?」
「…病院では、無かったんでしたっけねぇ」
「病院じゃないよ。でも、必要な時だってあるかも知れないし。ほら、早くそこのベッドに寝て」
 
 コートを乱暴に脱がせ、道具を出しながら指示すると、彼は「やれやれ」だの「怪我人に対する態度じゃないですねぇ」なんてボソボソ言いながら、荷物を置いて大人しく寝そべった。

 そういう貴方の態度は、匿ってもらう人の態度でも無いじゃない。なんて言いたくなるのを堪えてやりながら、オイル塗れの白衣からまっ更な白衣に着替える。それから、消毒やガーゼに、鉗子と針と糸、諸々の薬品や器具を用意して、すぐ横に立った。

 患部は左下腹部、ね。深さによっては、私の手には負えない。浅ければ、処置して傷口を縫合。深ければ…まぁ、少しでも苦しみを和らげるしか無い。
 
「…精々、神に祈りなさいね。じゃ、失礼」
「エッ…?うぎゃぁあっ!?」
 
 高速でボタンを外し、バッとシャツを開けて、患部の状態を確認していく。深さを見る為に少し触れると、苦しそうに呻き始めたのだけど、それには構わずドンドン観察していった。

 …ああでも、出血の割には深くない。
 本当に、良かった。
 
「うん。これなら大丈夫。私でも出来るわ」
「ッ、はぁっ…そ、そんなフワッとした感じで、大丈夫なんですか?」
「当たり前でしょ?だって、私は…」
 
 ──ピンポーン
 
 私達の声だけが響いていた屋内に、微かにチャイムの音が響き渡る。今まで、こんな時間に来客が来た事なんか無い。それも、立て続けになんて…。
 チラリと彼を見ると、気まずそうに目線を外してきた。

 間違い無い。彼を追ってきた人達だ。

 ここで反応しないのも怪しまれる。一旦道具を渡し、傷口を止血するように指示をしてこの場から離れようとした。
 …途端、突如手首を掴まれた。振り向くと、男が不安そうに此方を伺っている。

 良い歳した大人が、そんな顔するなんてね。
 
「大丈夫。私、約束は守るタイプなの。出ないと怪しまれるから、離して」
「…分かりました。頼みますよ」
 
 手を離されてすぐ、早足で部屋を出た。念の為に部屋に鍵をかけて早歩きでゴーグルを装着し直してから玄関へと向かい、ドアを開ける。そこには、散々彼を探し回っていたのだろう、疲れの色を濃くした警察官が二人立っていた。
 
「お疲れ様です!少々お尋ねしたい事がございまして…お時間宜しいでしょうか?」
「はぁ…手短にお願いします」
「かしこまりました!それでは…」
 
 と、警官は何やらメモを取り出し、そこに書かれているのであろう事をハッキリと読み上げ始めた。いつもお疲れ様です。と、心の中で呟いておく。
 
「午後二十二時三十分頃、この付近を怪しい男が通ったり、お宅を訪ねたりしていないかお伺いしておりまして…良ければ、お宅にお邪魔させて頂けませんかね…?」
「怪しい男…?そんなの、来てませんけど。私の言う事が信じられないなら、入って頂いても結構ですけどね」
「と、とんでもない!ティアード女史に限って、そのような…!」
「そう…わかってくれれば良いんですよ。ところで、その男の特徴は?」
 
 ゴーグルを嵌めて弄り始め、わざとイライラしてるように見せかけると、それだけで警官は慌てて二の句を継いだ。
 ははっ、ゴーグルなんて、目線を悟られないようにする為だけに着けてるのに。これで気を急かして、早く帰ってくれると良いけど。
 
「かなりの高身長の、白髪で長髪の男。服装は黒いロングコートを着用しております」
「へぇ?随分背が高いのね…それに白髪で長髪…うーん…」
 
 私はしばらく考えるフリをして、「そう言えば、あの公園方面に、白髪で長髪の男が走ってったような気がする。違ってたらごめんなさい」なんて言ったら、彼らは一礼した後、公園に向かって走っていった。

 まぁ、白髪で長髪の男が走ってったというのは、あながち嘘では無い。事実このくらいの時間、健康の為に毎日ランニングしている、白髪で長髪の近所のご老人がいるもの。それなりに背もあるし…流石に、あそこまで背は高くないけど。

 警官が見えなくなったのを確認してからゴーグルを外し、私は彼が待つ部屋に向かった。
 
「…こんな事しなくても、貴方を守ってあげるのにね」
 
 私は手首を掴んで、独りポツリと呟いた。
 
 
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