罠を仕掛け終えて、彼女の方を見る。
カンカンに射し込む日差しに照らされ、キラキラと輝く水面と、濡れた白い肌に満面の笑み。全てがあまりにも眩しくて、思わず目眩がした。
光を体現したようなマキシアと、暗闇で生きるオレ。どこまでも正反対だ。知らない人間が見れば、オレ達が恋人だなんて信じないだろう。
オレよりも彼女に相応しい人間なんて、この世に沢山いるはずだ。それでもオレを選んでくれるというのだから、彼女の気持ちに甘えてしまいたくなるんだ。
「ちょっと待っててください…アンタ、結構深い所まで行きましたね」
「へへへ〜!全身冷たくて、気持ち良いよ…えいっ!」
「うわっ」
近付くや否や、思い切り水をかけられた。
ずぶ濡れになった事に文句を言うつもりが、満面の笑みを浮かべるマキシアを見た途端、言葉が引っ込んでしまった。彼女のイタズラっぽい笑顔が可愛いと思ってしまうのが、なんだか悔しい。
「あぁ…こんなに濡れる予定は無かったんですが」
「いいじゃん。せっかく川に来たんだもん、思い切り濡れないと…きゃぁっ!」
「コラッ、気を付けないと危な…い…」
調子に乗っている彼女を注意するつもりが、またもや言葉に詰まってしまう。
足を滑らせた彼女を支えた瞬間、一気に鼓動が高鳴ってしまった。いつもより密着感がある…というのもあるが、水着と露出する首筋の境界にあるキスマークを見つけ、昨晩の事を思い出してしまったから。
変に意識して、頭から離れてくれない…困ったな。
「うう、びっくりしたぁ…ごめんなしゃい…」
「いえ…怪我が無いなら、良かったです。これからは気をつけてくださいよ」
「はぁい…あれ?イーノック、なんだか血色良いね」
「…暑いんですよ」
我ながら、苦しい言い訳だ。だがマキシアは、オレの真意に気付いていないらしい。「なるほど!」なんて言いながら笑う姿が微笑ましいが、あまりにも単純過ぎて心配になってくる。
世界が嘘だらけだという事は、彼女だってわかっている。それでも、オレの言う事は無条件に信じてくれる。
こんな嘘だらけの人間を信じてくれる人なんて、この人だけだろう。
…尤も、今は気付かれなくて心底良かったのだが。
「ねぇ、このまま泳ご!」
「あー…面倒くさいんですけど…コレ、着けてますし」
「むぅ。じゃあ、ぷかぷか浮こうよ。ほら!」
そう言われて、有無を言わさず水中に引き込まれた。
離れないように手を繋ぎ、仰向けになって…川に落ちた葉のように、静かに浮いているだけ。
眩しい…でも、水が冷たくて気持ち良い。
心が洗われるようで…悪くは無い、な。
「えへへ、気持ち良いね」
「はい…眩しいですが」
「ふふっ。それって、私が眩しいって事?」
チラと隣に視線を向けると、彼女は今日一番の笑顔をオレに向けていた。
普通に考えて、この状況で眩しいっていうのは、太陽の事だって分かるだろうに。全く、お気楽なものだ。
それでも、「違う」って言えないのは。 マキシアの笑顔が眩しいと思ったのは、事実だから。
否定なんて、出来る訳が無かった。
「…まぁ、アンタがオレの太陽みたいなもんですし」
「ぴゃ…!?もう、イーノックったら…大好き!」
「えっ、ちょ…っ!?」
全く、オレらしくも無い事を…と思った刹那。突然名前が抱き着いてきて、状況を把握するよりも先に、
──2人して、川の中へ沈み込んだ。
「───……」
目を丸くしているマキシアの後ろに、陽の光。それはまるで、光輪のよう。
こんな状況だというのに、思わず目の前の彼女に祈りたくなってしまう程に、神々しいと感じてしまった。
アンタって人は、本当に…オレの、女神なんだなぁ。
…いや、そんな事思ってる場合じゃない。
すぐさま正気に戻って、彼女を抱えながら水面へと浮上した。
「…!……っ、ぶはぁっ!ア、アンタ、オレと死にたいんですか!?にしても、明らかに今じゃ無いでしょうが!?」
「んえぇ…嬉しくて、抱き締めたくなっちゃった…ごめんなさい。でも、ほら!大事なモノクルは救出したよ!」
差し出してきた小さな掌には、オレのモノクルがちょこんと乗っていた。どうやら、モノクルが外れた事にも気付かず浮上していたらしい。まぁ…必死だったし。
とは言え、さっきのようにナアナアにする訳にはいかない。今回は、命に関わる事だったしな…。
という訳で、モノクルを受け取った後、軽く頭を小突いてやった。
「うう、何すんのよぉ」
「さっき、言いましたよね?危ないから、これからは気をつけろって。それが何です?オレたち、死にかけたじゃないですか」
「あう…本当にごめんね…私の事、やだ?」
溜まり始めた涙で潤み、大きな瞳がキラキラと煌めいている。
無意識か、わざとか…いずれにせよ、これがオレに効果てきめんなのは否めない。
どうもオレは、マキシアの涙に弱いのだ。
「そんなわけ無いでしょ…アンタがいない世界なんて、耐えられませんから」
「ほんと…?私もね、貴方がいない世界なんて絶対に嫌。本当にごめんね、イーノック。生きてて良かった…」
事の重大さを理解したようで、彼女は暗い顔でオレに抱き着いてきた。
こんな顔、させたいわけじゃない。普段我慢させている分、もっと笑顔にさせてやりたいのに。
他に伝えるべき事があったはずなのに、どうして先に言ってやれなかったんだろう。
「…モノクル、ありがとうございます。外れた事気付いて無かったんで、無くさずに済んで助かりました」
「…へへ」
「それに…オレも、その…あー…だ、抱き締めたかったん、で…」
嘘は言っていない。モノクルは本当に助かったし、『大好き』と言われた事も嬉しかったし…ずっと、抱き締めたいと思ってたから。
すると、マキシアの顔はみるみるうちに明るくなり、再び輝く笑顔を取り戻した。
「えへへ…イーノック、世界で1番大好き!貴方とここに来られて、本当に良かった!」
「もっと、気の利く場所に連れて行けたなら良いんですけどね。オレの立場じゃ…」
「ううん、良いの。私、貴方とこうしていられるだけで幸せだもん。それに、自然と戯れるの大好き!」
「…そうですか」
すっかりびしょ濡れになってしまった、美しい赤髪を優しく撫でる。濡れて艶やかで、でも天真爛漫で爽やかなその姿に、思わず目を細めてしまった。
マキシア…落ちる事の無い、オレの太陽。何も考えず、ただアンタの方を見て生き続けられたなら。
…ああ。オレらしくもない、甘ったれた思考ばかりだ。それもこれも、この暑さのせい…という事にしておくか。
「そう言えば、水鉄砲持ってきたの!今度は、それで遊ぼ!」
「あの重い荷物、まさかそれだったんですか…」
「へへっ。今から、川岸まで競争ね!負けた方は、勝った方に沢山ちゅ〜するの!じゃあ、お先に〜♪」
「は?ちょっと、泳ぐの面倒くさいんですってば…ああ、もう」
競争って言ったって、同時スタートじゃない時点で不公平だ。ああ、もうあんな所にいるし…
…負けた方が、勝った方にキスをする、か。なら、敢えて負けてやろうか。マキシアへのご褒美に、彼女の腰が抜けるようなキスをするのも、悪くない。
「わーい!勝った勝った♪イーノック、早く来てちゅーしてよぉ!」
純新無垢で可愛い恋人が、川岸で跳ねながらオレの到着を待っている。
そんな彼女が蕩ける姿を想像しながら、オレはゆっくりと川岸へ向かったのだった。