主人公過去編/『疑問』読了後推奨

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私が暮らしていた村は、言ってしまえば忍の一族の住まう場所だった。
私の両親も忍で、たしか幕府に仕えていた者だったと思う。
でも、本当に小さな村だった。
それでも村での生活は何も不自由はなかったし、村全体が家族と言っても過言ではないほど平和だった。
そうは言っても、忍の村と言う立場上、ある意味危険とは隣り合わせだったのかもしれない。

ある日、村に火が放たれた。
炎の熱さの中で、村の人たちはただひたすらに、私に逃げろと叫んでいた。
火に巻き込まれそうになった私を知り合いのおじさんが助けてくれて、その手に引かれてどこかへ身を隠したことを覚えている。
おじさんは私に動かないよう言い聞かせてどこかへ行き、私はそのすぐ後にやってきた両親に抱えられて村を後にした。
それから私たち一家は人里離れた場所に立つ小屋で生活し、数日後、私は両親と共に村の様子を見に行った。
案の定村は全焼していて、もはや原型を留めてはいなかった。

その後、私と両親は人里離れた小屋で生活を始めた。
母は忍の仕事をやめたようだったけれど、父は時折どこかへ行っていたから、私を養う為に続けていたんだと思う。
それから数年は、私は両親に様々なことを教わった。
忍の術や、毒や薬になる植物とその調合法、襲われたときに使える経穴の場所。
私が人並より身軽なのも、芸妓ができるほど唄と舞をこなせるのも、母が指導してくれた賜物だ。
でもある日、夜には帰ってくると言っていたはずの父が、三日経っても帰ってこなかった。
母は何かを決意したような表情で私を人里の知り合いの家に預け、すぐに帰ってくるとだけ言ってどこかへ行ってしまった。
それからどんなに待っても、父と母が私の元へ帰って来ることはなかった。

一年程その家でお世話にはなっていたけれど、子供一人増えるだけで生活は苦しくなるもの。
それが小さな村なら尚更だ。
私は、また別の知り合いの家にお世話になることになった。
私を追い出すような形になってすまないと、おばさんは何度も何度も私に頭を下げていたことを今でも覚えている。
悪い人たちではなかったし、血の繋がりもない私によくしてくれたから、むしろ私は感謝していた。
でも結局は、どこに行っても同じだった。
他の家を何度か点々とした挙句、私は近藤さんの家に落ち着くことになったのだった。

「それじゃ、なまえちゃんはずっと前から近藤さんたちと一緒にいたんだね」
「うん。だから、試衛館の頃から交流のある人たちには本当にお世話になってるの」

月を見上げながら話していた私は、千鶴ちゃんの問いに答えながら昔のことを思い出していた。
お父さんのような近藤さんや源さんに、お兄さんのような土方さんや沖田さん。
試衛館に顔を出していた皆。
たくさんの人が、身寄りを亡くした私に本当によくしてくれた。

「皆が京に行くことが決まったときも、本当は置いて行かれる予定だったんだ。だけど私だけ置いて行かれるのは絶対に嫌だと思って、いろんな手段で頼み込んだの」
「いろんな手段って?」
「忍の真似事くらいならできるからそれを利用して諜報要員にしてくれって言ってみたり、みんなに忍の術を仕掛けてみたり……でも極めつけは、髪を切ろうとしたときだったかな」

千鶴ちゃんが驚きの声を上げて、それから私の髪に手を伸ばした。

「それで、切っちゃったの…?」
「ううん、さすがにそれは止められて、そこまでするなら連れて行くって言ってもらえたから、切らずに済んだよ」
「そっか…良かった。せっかく綺麗な髪なんだから、切ったりしたら勿体ないよ」
「千鶴ちゃん、沖田さんと同じこと言ってる」

かつて言われた言葉と全く同じように言う千鶴ちゃんに、思わず笑みを零す。
あの時の沖田さんも、そう言って私の髪に何度も指を通していた。

「…沖田さん、なまえちゃんのこと、すごく大切にしてるもんね」
「昔から一緒にいるから、妹みたいに思ってくれてるんじゃないかな。私にとっても、お兄さんみたいな感じだし」

私の言葉に、千鶴ちゃんが小さく声を上げた。
何か変なことでも言っただろうかと思って隣に視線を移すと、彼女は困惑したような表情を浮かべている。

「そう、なんだ…」
「うん…どうかした?」

俯いて考え込む千鶴ちゃんの顔を覗き込むと、彼女は慌てて首を横に振った。

「え、あ、ううん、なんでもないの!それより……」
「雪村君か…?」

千鶴ちゃんの言葉を遮って、聞きなれた声が響く。
その瞬間、しまったと思うけれどもう遅い。
ゆっくりと声の方向へ視線を巡らせると、それはそれは険しい表情をした山崎さんが佇んでいた。

「なまえもか…こんな時間に何をしている?」
「眠れなかったので、少し千鶴ちゃんとお話でもしようかな、と…」

私の姿を見てさらに眉間に皺を寄せた彼は、恐る恐る発した私の言葉を聞いて溜息をついた。

「雪村君、君は部屋に戻れ」
「は、はい…おやすみなさい」

千鶴ちゃんは立ち上がり、私にちらりと視線を送ってそそくさと戻ってしまった。

「いくら夜中だからと言って、寝間着のまま出歩いていいと思っているのか」
「すみません…夢見が悪くて、ちょっと外の空気を吸うだけのつもりだったんですけど…」
「…あの夢か」

何かを察したように言うその人に頷いて見せる。
山崎さんには全てを話していた。
この人になら話せると思ったから、私が記憶している全てを彼は知っている。

「多分、京の町が焼かれたのを見てしまったからだと思うんです。焼き付いてしまった記憶って嫌なものですね。もうずっと前のことなのに、今でも鮮明に思い出せてしまうんですから」

村を焼いた炎は、私から家を奪い、友を奪い、そしてそれまでの生活も奪っていった。
それは私の中で決して忘れられるものではなくて、ずっと記憶に焼き付いて離れないもの、忘れてはいけないものとして残っている。

「きっと、今回の火災で家族や大切な人を失った人も少なくないんでしょうね…」

膝を抱えて、額を押し付ける。
目を閉じれば浮かぶ、真っ赤な炎。
不意に隣に彼が座る気配がしてそちらに視線を向けると、優しい瞳と視線がぶつかった。

「部屋に戻れって、言わないんですか?」

いつもなら有無を言わさず部屋に追い返すのに。
少し驚きながら尋ねると、その人は軽く笑った。

「たまには、こうしているのも悪くないと思っただけだ」

そう言って、山崎さんは私の肩を抱き寄せる。
彼の肩に頭を寄せながら、私も笑った。
お互いの気持ちは分かっているけれど、普段屯所内でこうすることはほとんどない。
他の隊士にでも見られればいろいろと面倒だし、私たちはこんなことをするためにここにいるのではないのだから。
自分でそう言っていた彼がこうしてくれているのは、きっと私のことを考えてくれてのこと。
私が幼い頃の記憶に苦しんでいるのを知っていて、落ち着かせようとしてくれていることだ。
それが嬉しくて、私は隣の温もりを感じながら瞳を閉じた。

紅に染まる遠い記憶