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一通り仕事を終えた私は、青空を見ながら一人縁側に座ってうんうんと頭を捻っていた。
なまえちゃんの過去の話を聞いたのは数日前の夜。
そのついでにと思って、禁門の変のときに原田さんたちが言っていた”あの話”とやらを聞きたかったんだけれど、山崎さんが来てしまったせいで聞きそびれてしまった。
また後で聞こうと思っていたけれど、なんとなくなまえちゃんと二人きりの時が良いような気がするし、肝心ななまえちゃんは出かけている。
「どんな話なんだろう…」
気になる。
ものすごく気になる。
永倉さんが含むように言った、なまえちゃんは大事にされてる、という言葉。
なまえちゃんは幹部の皆さんだけでなく隊士の皆さんから大事にされているし、頼りにされていると思う。
でも、そういう大事にされてる、とはまた違う意味を持っているような言い方だった。
「どうしたんだ、千鶴。悩み事か?」
後ろから声がかかって振り返ると、通りかかった様子の原田さんと永倉さんの姿がある。
これは、絶好の機会かもしれない。
むしろ、今聞かずしていつ聞けというのだろう。
「お二人とも、今お時間ありますか!?」
「え、ああ、どうした?」
「あの、この前なまえちゃんに言っていた”あの話”って、どんなお話なんですか?」
思い切って尋ねてみると、目の前のお二人は顔を見合わせる。
「おい、今日って総司は巡察だよな。いねえよな」
あまりに真剣に尋ねてくる永倉さんに、私は何度も頷く。
やっぱり沖田さん絡みか。
私の予想は間違っていないのかもしれない、と勝手に胸を高鳴らせる。
私の答えに、永倉さんと原田さんは安心したように息をついた。
「それなら安心だな。それじゃ話してやるから、茶でも淹れてきてくれよ」
「はい!」
気になっていた話が聞けると言うことになって、私は急いでお茶を淹れに行った。
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「千鶴は、なまえが角屋に芸妓として潜入してるのは知ってるよな?」
淹れて来たお茶を手にしながら、私は頷く。
「はい。そうやって諜報活動をしてるって、聞いたことがあります」
「どこで覚えたんだか知らねえが、あいつは舞も唄もなかなかな腕でさ、そこらの芸妓にも引けを取らないくらいだ。新八も初めて見たときにはその芸子がなまえだって分かんなくて鼻の下伸ばしやがってよ」
「あれは仕方ねえだろ!」
左之さんの言葉に、永倉さんが顔を赤らめて抗議する。
そんなに綺麗なら、私も一度くらい見てみたい。
なまえちゃんの男装じゃない姿なんて、桝屋で助けてもらったときくらいしか見たことがない。
男装のときとは雰囲気が違って、私も少し見惚れてしまったのは秘密だ。
「ま、それでだ。それくらいの実力を持ってるから、諜報要員としては優秀なわけだ。贔屓にしてくれる客もそれなりに多い。その客の中にはもちろん新選組と対立する奴らに通じる人間もいる。いつだったか、その客の一人がなまえにぞっこんになっちまってよ。それはそれは大変だったらしいぜ」
「あの時はさすがになまえも困ってたな。断っても断っても妾にならないかって、しつこくて敵わないってな」
「お妾さん、ですか…」
芸妓さんが身請けされて誰かのお妾さんになるという話は、聞いたことがある。
たしか身請けするには、とんでもないお金が必要だったんじゃないだろうか。
それに、もし好きな人だったらいいだろうけど、好きでもない人に身請けされて妾にされると思うと、なんだか複雑だ。
「相手がこれまた悪くてさ、長州に通じる商人ときた。商人ならそりゃ金があるだろうよ、その金でなまえを身請けするって聞かなかったんだそうだ。あいつが新選組の人間だとも知らずにな」
「それで、結局どうしたんですか?」
思わず続きが気になって尋ねると、二人はにやりと笑う。
首を傾げる私を見て、原田さんが口を開いた。
「ある日、なまえがなかなか首を縦に振らないことに痺れを切らした商人が、力づくであいつを物にしようとしたときがあったんだよ。今のなまえならそんなもの朝飯前で逃げられたんだろうけどな、あの頃はまだ今ほど警戒してなかったらしくて、もう少しで取り返しのつかないことになるところだった」
「その日がちょうど、なまえの得た情報を聞く為に山崎が角屋に行く日だったのが幸いだったよな。なまえは山崎に助けられて、無傷で帰って来たわけだ。まあ、もっと大変だったのはその後だったけどな」
「その後、ですか?」
安心したのも束の間、永倉さんが苦笑いで発した最後の言葉に身を乗り出す。
「なまえを連れて帰って来た山崎はずっと機嫌が悪いし、話を聞いた総司なんてその商人を斬らないと腹の虫が収まらないとか言い出しちまうし、そりゃもう大変だったんだぜ。抑えるのにどれだけ苦労したか…」
「なまえ絡みで総司がああなるのは予想できたが、山崎もあそこまで感情を表に出すとはな…あれはさすがに俺も驚いた」
そこまで聞いて、やっぱり私が思っていたことはあながち間違っていない、と確信に近い感覚を覚える。
「あの……沖田さんってやっぱり、なまえちゃんのことが好きなんですか…?」
恐る恐る尋ねてみると、案の定、二人は苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。
これは肯定ととるべきなんだろう。
「やっぱり、千鶴ちゃんにも分かったか」
永倉さんの言葉に小さく頷く。
沖田さんは、なまえちゃんのことが好きなのだ。
本人の口から聞いたわけじゃないけど、沖田さんのなまえちゃんを見る目とか、なまえちゃんと話している様子を見れば分かる。
でも、なまえちゃんは。
「その様子だと、なまえが総司をどう思ってるかも知ってるんだな、千鶴も」
「はい…なまえちゃんが、沖田さんのことはお兄さんみたいに思ってる、って…」
「やっぱりそうだよなあ…総司はそれでいいらしいけどよ」
そう言いながら、永倉さんがごろりと寝転がった。
沖田さんがなまえちゃんをどう思っているか知っているから、彼女が沖田さんをお兄さんのように思っていると言っていたときは思わず声を上げて驚いてしまった。
「…でもなまえちゃんって、山崎さんと仲が良いですよね。沖田さんは山崎さんと喧嘩ばかりしてますけど…」
沖田さんと山崎さんが犬猿の仲にあるのは、この数ヶ月で私もよく知っている。
それを見て困ったように笑うなまえちゃんの姿も。
「ああ、なまえと山崎は恋仲だぞ」
原田さんがさらりと放った言葉に、身体が固まる。
「え…?」
「知らねえのか?あの二人、恋仲だぞ」
恋仲。
「えっ、ええええええええええええええ!?」
私の大きな声に、寝転がっていた永倉さんが飛び起きた。
原田さんも驚いた顔をしている。
いや、そんなこと今はどうでもいい。
「い、いつからですか!?」
「そ、そんな驚くことないだろ……いつだったか…新八、覚えてるか?」
「そんなこと俺が覚えてるわけねえだろ。でもたしか、なまえの身請け騒動の後あたりじゃねえか?」
「そうなんですか…」
なまえちゃんと山崎さんがよく一緒にいるのを見かけたことはある。
それにあの二人がお互いのことを好きなんだろうということも、大体勘付いていた。
だからあの二人が仲良さげに一緒にいるのを見るのが、私のささやかな楽しみでもあった。
まさか、もう恋仲だったなんて。
私が密かに、なまえちゃんは沖田さんと山崎さんのどちらを選ぶのかといろいろ考えていたというのに、もう恋仲だったなんて。
「えっと、沖田さんはなまえちゃんが好きなんですよね?」
「ああ」
「でも、なまえちゃんは山崎さんが好きで、山崎さんもなまえちゃんが好きなんですよね?」
「そうだな」
「で、沖田さんと山崎さんはあまり仲がよろしくない、と…」
「まぁ、まとめるとそんな感じになるな」
原田さんがさらりと言ってのける。
そんなに簡単に言っていいものなのだろうか。
これは所謂、三角関係というものなんじゃ。
「なんだか、複雑ですね…」
「でも、総司としてはこれで良いらしいぞ。なまえが笑顔でいるなら構わない、だとさ」
「なんだそれ、俺は聞いてないぞ」
原田さんの言葉に永倉さんが反応する。
「そりゃ、広めるような話じゃねえからな。もし山崎がなまえを泣かせたら絶対に許さないってよ。あれは抜刀する勢いだぞ」
「は、はあ…」
沖田さんならやりかねない気もする。
でも、本当に今のままで構わないんだろうか。
なまえちゃんをあんな目で追っているのに。
もう既に恋仲になっているのなら、なまえちゃんと山崎さんにはぜひとも幸せになって欲しい。
でも沖田さんもなまえちゃんのことが好きで、それなのになまえちゃんは沖田さんのことをお兄さんのように思っていて、沖田さんはそれで構わないと言う。
私自身のことではないのに、私は腕を組んで唸った。
「あれ、こんなところで何してるんですか?」
突然聞こえてきた声に、びくりと身体が跳ねるのを感じた。
振り返ると、そこにはさっきまで話題に上っていたなまえちゃんが佇んでいる。
「お、おかえり、なまえちゃん」
「うん、ただいま。何の話してたの?」
私たちが話していた話題など知らずに、なまえちゃんは微笑んで首を傾げている。
「お、おい左之、稽古にでも行くか」
「そ、そうだな。じゃあな、千鶴、なまえ」
そう言って二人は、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
なまえちゃんは不思議そうに二人の後姿を視線で追う。
「ゆっくりしてて構わないのに…ね、千鶴ちゃん」
「う、うん、そうだね」
いつも通り、いつも通りと言い聞かせながらなまえちゃんに微笑みを返した私は、その少し離れた先に佇んでこちらを、正しくはなまえちゃんを見つめている山崎さんの姿を見つけて、既に脳内に新しい疑問を浮かべていた。
どうしよう、聞きたい。
なまえちゃんと山崎さんが恋仲になったときのこと。
ものすごく気になる。
あの話
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