裏切り少女の過去

「殺すなら、さっさと殺してください」

首に宛がわれた刃の冷たさを感じながら、そう言った。
目の前のその人は、見たこともないほど悲痛な表情を浮かべている。

「何故だ…!」

怒りなのか、それとも絶望なのか、震える声で彼は口を開いた。

「どうして私が間者だったのか、ということですか?」

相手の様子に少し驚きながらも、私は淡々と言葉を紡いでいく。
私は、彼のこんな顔を見たかったわけじゃない。
どうせなら、黙ってすぐに殺して欲しかった。
裏切り者として、殺されたかったのに。
彼ならば、私の正体を知った時点で迷わずに殺してくれると思ったのに。
それなのにどうして彼は、山崎さんは泣いているのだろう。

「何故……なまえなんだ…!!」

普段の様子からは想像もつかないほど、彼は感情を露わにしていた。

「さっき話したことが、全てです。私はずっと、間者としてあなたの傍にいたんです。新選組に取り入って、情報を長州に流していた……でも、もう疲れてしまったんです」

はじめは、任務を完璧にこなすつもりだった。
身寄りのなかった私を拾ってくれたあの人のため、言われるままに従っていた。
私にとっては、新選組も長州も、関係がなかった。
ただ、恩に報いるために生きてきたはずなのに。
それなのに愚かな私は、新選組に、この人の志に心を打たれてしまった。
彼らの生き様を美しいと、ずっと傍で見ていたいと願ってしまった。

長州と新選組の間で揺れ動くことに疲れを感じた私は、全てを終わらせようと思った。
そして、悩んで悩んで悩みぬいて。
愛する人に殺してもらうという道を選んだ。

「あなたに全てを話した私に、生きる場所なんてもうどこにもありません。新選組からも長州からも狙われて無様に死ぬくらいなら、いっそあなたの手で私の命を絶ってください」

この世界で、私が生きていける場所などどこにもないのだ。
恩人も、愛した人も裏切って、どうして生き続けることができるのだろうか。

あなたに出会って、想いを寄せて、儚い恋に花を咲かせた穏やかな私は、もうどこにもいない。
だからどうか、その手に握った刃で私を殺して欲しい。
その瞳で、私が滅びゆく瞬間まで看取って欲しい。
それが、全てを投げ出した私の最後の願い。

涙を流しながら私の首に刃を宛がう彼の手に、そっと自分の手を重ねて淡く微笑む。
大丈夫、何も怖くはない。
私は、この人の手にかけられて死ぬのだから。

今まで、多くの嘘偽りで自分を塗り固めて来た。
それこそ、彼らに話した私についての全てが嘘だったと言っても、過言ではないほどに。
だけど。
この想いは、この想いだけはたしかに本物だったと、あなたは分かってくれるだろうか。

「さようなら。愛してます」

それだけを告げると、自らの手に力を込める。
煌めく銀色が私の首を薙いで、鮮やかな紅が舞ったのを最期に、私の意識は途絶えた。

最期に見えたのは、初めて愛した人の泣き顔だった。
|