その名前をクラス分けで見つけたとき、前から分かっていたことでも、心臓が飛び出るかと思った。
私には、前世の記憶というものがある。
物心つく頃には、ぼんやりと何かが頭の中に浮かんでくるだけだった。
でも、次第にそれは鮮明になっていって、中学校に入学する頃には全てを思い出したと言っても過言じゃない。
前世の私は幕末と呼ばれる時代を生きていて、新選組と共に生きていた。
彼らの生きる姿を傍で見て、追いかけていた。
私だけじゃない。
幼馴染の平助君も、私が通うことになったこの薄桜学園にいる皆さんも、私と同じようにあの頃の記憶を持っている。
偶然だとは思えなかった。
あの頃の記憶を持った皆さんが、また再びこうして同じ空間にいる。
今度は、戦いのない平和な世界で。
それが、とても嬉しかった。
平助君のお陰で、私のことと私が記憶を持っていることは、土方さんたちも既に知っている。
だから私は、こうしてこの学園に入学することを決めた。
そして、つい数日前に平助君から聞いた話に、私は驚かずにはいられなかった。
薄桜学園に入学することになった女子は、たった二人。
それが私と、それからなまえちゃん。
幕末と呼ばれるあの時代で、彼女がたった一人で苦しんでいなくなってしまったことは、今でも鮮明に覚えている。
私たちにとって、決して忘れることなんてできないこと。
一緒にいたのに、同じ女の子なのにその苦しみに気付けなかった自分を呪ったのは、いつだっただろう。
だから、今度こそなまえちゃんも苦しまなくて済むと私は思った。
今度こそ私たちは一緒にいられると、手放しに喜んでいた。
だけど、物事はそう簡単に進むものじゃない。
なまえちゃんは、あの時のことを何も覚えていなかった。
私の顔を見ても、名前を聞いても、まるで初対面かのような様子。
その姿は、私の記憶の中にあるものと何も違わない。
けれど、今のなまえちゃんが浮かべている笑顔は、あの頃よりもずっと明るくて、それに胸が締め付けられる思いがした。
「ねえ、なまえちゃん」
入学式やホームルームを終えて、帰る準備を進めるなまえちゃんに声をかける。
彼女の瞳には、真剣な表情を浮かべた私が映っていた。
「どうしたの?」
私があまりに真剣な表情をしているせいか、なまえちゃんは戸惑いを浮かべている。
どくどくと鼓動する心臓を落ち着けようとしながら、私は意を決して口を開いた。
「……新選組って、知ってる?」
一瞬、なまえちゃんの表情が強張る。
もしかして、と希望を見出したのも束の間、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「名前だけなら、知ってるけど…」
「名前だけ……?」
名前だけ、とはどういうことだろう。
尋ね返すと、なまえちゃんは苦笑しながら肩を竦める。
「うん。私、幕末の歴史には疎くてさ。他の時代なら全然平気なんだけど、幕末は何て言うか、相性が悪いって言えばいいのかな…何度覚えようとしても覚えられないんだ」
身体の力が抜けそうになるのを感じながら、私も笑みを浮かべようとする。
きっと、ぎこちない笑顔になってしまっているだろう。
「千鶴ちゃんは、新選組が好きなの?」
尋ねられて、私は不意に泣きそうになる。
好きだとか、そんな一言には収められない。
彼らの生き様を目の前で見届け、覚えている私にとって、新選組を一言で言い表すなんてできないことだから。
「…うん。好きだよ」
なんとか絞り出した声は、とても小さかった。
私の答えに、なまえちゃんは困ったように笑う。
「そっか。ごめんね、私も好きだったら語ったりできたんだけど」
申し訳なさそうに言うなまえちゃんに、私は首を横に振る。
「ううん、いいの。いきなりごめんね」
これは、私の我儘。
皆さんがあの時のことを覚えていて、少し浮かれていたのかもしれない。
前世の記憶なんて、持っている人の方が少ないに決まっているのに。
「あ、いたいた!おーい千鶴!」
帰るなまえちゃんを見送って小さく溜息を吐くと、突然名前を呼ばれてびくりと震える。
聞き慣れたその声に振り向くと、教室の扉の前で平助君が手を振っていた。
そうしながらも、誰かを探すように視線を彷徨わせている平助君に歩み寄りながら、私は苦笑を浮かべる。
「なまえちゃんなら、もう帰ったよ」
私がそう言った途端、平助君は驚いたように私を凝視した。
「帰ったって…どういうことだよ…」
「…私たちとは違って、何も覚えてないみたいなの」
平助君は何か言いかけたように口を開いたけれど、すぐに口元を引き締めて真剣な表情になる。
「…とりあえず、道場に行こうぜ。ここじゃ話せないこともあるし」
私は頷いて、平助君と一緒に道場へと向かった。
道場には既に、土方さんと原田さん、永倉さん、そして山崎さんが集まっていた。
本当は、入学式が終わったら私がなまえちゃんを道場に連れて行く予定だった。
そして皆さんと再会して、またやり直そうと思っていたのに。
「やっぱり、駄目だったか」
どこか重苦しい空気の中、一番最初にそう口にしたのは原田さんだった。
原田さんは私となまえちゃんの担任だったから、なんとなく彼女の様子に気付いていたのだろう。
黙ったまま頷くと、彼は小さく溜息をついた。
「ま、あいつの様子を見る限り、そうなんじゃねえかとは思ってたがな…」
「でもさ、まだ決めつけるのは早いんじゃねえの?俺らの顔見たら思い出す、ってこともあるかもしれねえじゃん」
「千鶴ちゃんや左之の顔を見ても、思い出さなかったのにか?」
まだ諦めきれていない様子の平助君に、永倉さんが落ち着いた声で返す。
平助君は悔しそうに唇を噛んで、そのまま何も言わずに俯いてしまった。
「新選組を知ってるか聞いてみたんですけど、幕末の歴史には疎いんだそうです。他の時代は平気だけど、幕末だけは何度覚えようとしても覚えられない、相性が悪いんだって…」
「…もしかすると、あいつ自身が無意識に拒絶してるのかもしれねえな」
「拒絶、ですか…?」
土方さんの言葉に、私は首を傾げた。
「あんなことがあったんだ。あいつにとっちゃ、思い出さねえ方が幸せなのかもしれねえだろ」
告げられた言葉に、私は俯く。
たしかに、土方さんの言う通りかもしれない。
自ら命を絶つほど苦しんでいた過去を覚えていたら、きっとなまえちゃんはこの学園には来なかっただろう。
それに、あの時代では見ることのできなかったほどの、彼女の明るい笑顔。
楽しげに話すその姿を見る度に、あの時代でどれほど苦しんでいたのかが分かった。
なまえちゃんのことを考えたら、思い出さない方が幸せなのかもしれない。
でも、もしそれが一番だと言ってしまったら。
視線を、斎藤さんの隣に立っている山崎さんへ向ける。
険しい表情を浮かべ、黙ったまま俯いているその姿は、その人が何を感じているのか推し測るには十分だった。
「山崎さん…」
思わず、拳を握りしめるその人を呼んだ。
弾かれたように顔を上げた山崎さんは、黙ったまま私を見る。
「もしかしたら、山崎さんに会えばなまえちゃんも……」
「やめておけ、千鶴」
思い出すかも、と続けようとした私を、土方さんが止めた。
「余計なことするんじゃねえよ。思い出すか思い出さないかは、あいつ次第だ」
まるで自分にも言い聞かせるように、土方さんは言った。
厳しい声の裏に、寂しさが見え隠れしているのが分かる。
そのとき、道場の扉が開く音が響いて、私たちはそちらに視線を向けた。
扉を開けて入って来たのは、沖田さん。
いつも笑みを浮かべているはずのその顔は、今は険しい色を示している。
「遅かったな、総司」
そう言った土方さんに何も答えず、沖田さんは険しい表情のままこちらへ歩み寄ってきた。
「会ったよ、なまえちゃんに」
「え…?」
「道場に行こうとしたら、ばったり会ったんだよ。でも、僕のことなんか知らないって言われた」
そこまで言ってようやく、沖田さんは口元に笑みを浮かべる。
でもそれは笑っているというより、嘲笑に近いような気がした。
「なんか、勝手に期待してた僕たちが馬鹿みたいじゃない?」
「総司」
「だってそうじゃないですか、土方さん。いつだって、なまえちゃんは勝手に一人で……」
「やめろ」
険しい表情の土方さんの言葉に、沖田さんはようやく口を閉ざした。
さっきまで笑みを浮かべていたその表情には、他の皆さんと同じ険しさが現れている。
「とにかく、余計なことは一切するな。分かったな」
土方さんの厳しい声に、私は俯くことしかできない。
心から待ちわびていた高校生活は、思い描いていたよりもずっと複雑だった。
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