新月下のγ星(上)
▲▲●●はクラスのマドンナ的存在である。
そして絵に描いたような優等生であり女版委員長としても活躍している。しかしそれは委員長という肩書があってのことではなく、●●になら任せていても安心だ・という絶対的な信頼からである。いつもにこやかに分け隔てなく、男女の差別もなく、皆平等に笑顔で接している。むしろどこかうまく動けていないクラスメイトには進んで声を掛け、助け舟を出しているぐらいだ。
「●●ちゃん!」
「なあに?」
「数学のここわからなくて。」
「そこの問題は、ここのページの方程式を使うとわかるわよ。」
今もクラスメイトの女子に数学の手ほどきをしている。教科書をすべて暗記しているのかと思えるほど、手早くぺらぺらとタブレットのページをめくり、広げて見せる。
「私は歴史の問題が…。」
「うん、なに?」
数学の教科書が開いてあるタブレットの隣に、ほかのクラスメイトがタブレット持ってやって来た。どうやら授業中にノートを取るところが漏れていたらしく、時代の背景がわからなくなっていたらしい。すかさず●●は自分のノートをそのクラスメイトに送り「ここにまとめてあるから」と笑顔で言っていた。丁寧に付箋の編集も貼り付けてやっている。
「そういえば今日理科の小テストあるって先生言ってなかったか?」
「言ってたわ。前回はここの範囲だったからたぶん今回はここじゃないかしら。」
後ろの男子からも声を掛けられ、その男子の教科書を開くと指で丸を描きながら教えている。どことなく気恥ずかしそうに鼻の下を掻きながらその男子はお礼を言った。
いつも通りの教室の風景である。
そんな●●の姿を見て、小鳥は静かにため息をした。そのため息を聞き、真月は不思議そうに首をかしげる。
「素敵だなあ、って。」
ぼそっと小鳥は言った。きらきらとした羨望の眼差しで小鳥は●●を見ていた。
「●●って同い年とは思えないほど大人びてるし、可愛いし、スタイルもいいし、頭もいいし、お淑やかで、みんなに優しくってホントに。」
すべての賛辞を言い終わると小鳥はまた「はあ」とため息をこぼした。隣にいる遊馬も「アイツはいいやつだよな!」と大いに同意している。転校してきたばかりの真月はきょとんという顔を作るが、転校してきた初日、一番最初にクラスメイトで声を掛けてきたのが●●であった。その時も眩しいくらいの笑顔で「何かわからないことがあれば聞いてね」と言ったのを覚えている。基本遊馬たちと行動しているが、転校生ということもあり気を使っているのか、ひとりの時など廊下ですれ違うと「お友達できてよかったわ」「学校慣れた?」「次の授業視聴覚室だけど場所わかるかしら?」などちょくちょく声を掛けられている。
「▲▲さんは素敵なひとですよね。」
真月が小鳥と遊馬に言うと、うんうんと揃えて首を縦に振った。
「●●、デュエルもうまいんだよなあ。」
「そうなんですか?」
「前デュエルした時もいろいろ教えてくれてさ! 知らないカードなんてないんじゃねーの。」
遊馬のデュエルスキルではむしろ教えることだらけだろ、と真月は思うがつくった笑顔で「すごいですね!」と言っておいた。
話を聞いているとデッキ調整も一緒に手伝ってもらったことがあるらしい。興奮気味に話す遊馬の言葉は伝わりにくい表現ばかりであったが要約すると、●●が選んだカード1枚入れただけでデッキが周り感動した、ということらしい。デッキ調整といえば、こちらの世界で使うデッキをまだきちんと作っていなかったなと真月は思い出す。何かテーマデッキのようなものがあれば楽か、と考えるとこういうときこそ女版委員長の出番か、とちらりと目を向けた。●●は自分の机の周りにいるクラスメイトたちと話をしている最中であったが、ふと真月の目線に気づいたのか顔を向けた。そして、にっこりと笑顔で描かれている天使族モンスターのように笑った。真月も笑顔で返す。自分たちに笑顔を向けられたわけではないのに、遊馬と小鳥が妙にそわそわとしていた。
その笑顔を見て真月は会話をしてもいいものだと考え、●●の机へ向かって行く。その真月の見て、●●もクラスメイトたちから少し離れ、真月の元へと来た。
「どうしたの?」
「▲▲さん。実は、折り入ってご相談がありまして。」
真月が頬を掻きながら「デッキについて相談が」と続けた。
「転校してきて心機一転良かれと思って新しいデッキを作りたいのですが、何かいい案ありませんか?」
「新しいデッキ? すきなテーマとかあるの?」
「いえ! 僕全然デュエルもカードも知識なくって。」
「じゃあどんなモンスターが好き?」
間髪入れず●●は笑顔で真月に聞く。うーんと唸ってから真月は、ぽんと手を叩く。
「かっこいいモンスターが好きです! あとエクシーズ召喚もやってみたいなあ、って。」
「そう!いいわね! エクシーズがメインでカッコいいのだとたくさんありそうだわ。図書室のデータベースでも調べてみるね。」
「ええー!!いいんですか!? 僕感激です!」
きらきらとした瞳を大きく輝かせ真月は飛び跳ねた。別に本気で使うデッキじゃない。間抜けな真月零というキャラクターを演じている上で
遊馬をうまく騙すためにも人気者と仲良くなっておいて興味関心を向けようと画策した。そして、自分でデッキを用意する手間が省けた、と真月は心の中でいやらしく口角を上げた。
●●にデッキの相談をしてから数日が経過した。真月と顔を合わせると「属性は好きなのある?」「戦士族とか獣戦士族とかは?」と細かく聞かれることが増えた。あんなにアバウトな返答をしたのだからそりゃそうだと思うがまっとうに考えて答えるのも面倒なので「なんでも好きです!」と答えていた。その度に笑顔で「わかったわ!」と言うので真月も笑顔を返していた。しかし、顔を合わせると聞いてくる●●にどこか鬱陶しいものも感じ始めている。そんな完璧なデッキを求めいるわけじゃない。適当にさくっと作ってもらえると思って相談したのに、思った以上にきちんと考えているようで真月は笑顔の裏で舌を出した。
今日も遊馬たちと一緒に帰りながらくだらない話でもしてやろうと鞄を詰めていると担任の右京からお呼びがかかった。遊馬たちが「お前なに悪いことしたんだよ」と茶化してくるので「違います!」と一応言っておいた。しかし呼ばれる内容が検討もつかないので、先に遊馬たちは帰し、右京の元へと向かった。
「あ、あの、先生、僕、なにかしましたか?」
念のためびくびくとおびえるように背中を丸くして右京に尋ねる。すると一瞬目を丸くした後すぐにどっと右京が笑った。その笑いを見てきっとそんなヤバイことではないのだと確信しつつ、まだ背中は丸くしている。
「あはは! 違う違う。転校してきたばかりだから一応と思ってね。」
笑いながら右京は一枚の紙を真月に手渡した。その紙切れには数冊の本の名前が書かれている。意図がわからず首を大げさに傾げると右京は「来週から読書週間だから本を借りておいたほうがいい」とおすすめの本の一覧を真月に渡したのだった。
「図書室はもう行ってみたかい?」
「いえ、まだ。」
「それじゃ、今から一緒に行こう!」
元気よく「はい!」と礼を述べつつ、なんでこのクラスは余計なことばかりするやつしか居ないんだ、と真月は心底めんどうな気分になり胸元がチリチリと焼きついた。
図書室に入る前に右京とは別れ、真月ひとりが図書室へと入る。電子化された本がダウンロードされているパソコンとにらめっこをしている学生を横目に、真月は本棚が立ち聳えているスペースを探す。それはすぐに見つかり、すぐ近くへ行くと淀んだ紙の匂いがした。
このご時世になんでわざわざ紙の本を借りて読まねばならぬか、と真月は舌打ちをする。誰もいないことがわかっていたからだ。明らかにこんな淀んだ古臭い空間に誰が好き好んでいるものか。
しかし担任からわざわざ気を使って頂いたお節介なので何もしないというわけにもいかず、さっさと適当に紙に書いてあったお涙頂戴な内容と予測される本を探してしまおうと周囲を見渡した。
すると近くで女のため息が聞こえた。疲労と苦悩を一身に感じさせるような深いため息だ。高すぎる本棚に隠れて見えなかったが紙の本を読むスペースもきちんと確保されているらしかった。ふとそのスペースを見るとやはり女子が一人だけ座っている。制服の色は真月と同じで一年生だ。頬杖をついている横顔が見える。テーブルの上には誰もいないことをいいことにこれでもかと言うほど本が乗せられていた。女子はそのうちの一冊を手に取ると、パラパラとめくり「これじゃねーな」と呟いて、その本の山に戻した。それを何度か繰り返し、深く座り直すと背伸びをして「あー、めんどくせー」と大きな独り言を舌打ちもしながら言った。ぱきぱきと音を鳴らせながら首を左右にひねっている。その拍子に横を向いた女子が真月を捉え、息を吸い込みながら大口を開け、悪魔族モンスターにでも出会ったかのような驚きの顔をした。真月もその女子が●●だったとわかると、自分の知らないところで爆竹に火をつけられたような気持ちになった。
「あ、あのね、これは、えっとですね、」
●●は手と目をぐるぐると回しながら、真月に必死に弁解をする。その様子を真月はただ黙って見ていたが、不必要にぐるんぐるんと回した腕が、本の山に当たり雪崩が起きた。●●の悲痛な声が図書室に響き渡ると同時に本が勢いよく真月の足元までスライディングしながら飛び込んでくる。数冊そのまま広い上げ、タイトルを見ると『デュエル講座:デッキ構築編』『エクシーズのすべて』『極東チャンピオンに学ぶデュエルテクニック』などなどデュエルに関してのものばかりであった。
「あの、これ。」
真月は至って冷静に本を●●へ持っていく。そっと机に置くと、手をがっちりと掴まれた。まるで小動物を捉える罠のように素早く飛んできた●●の手に、痛みの前に驚きが来た。●●の顔を見ると、あんなに驚いていたのに今は何故か泣き出しそうな顔をしており、気のせいではなく目が涙で潤んでいる。思わず身体を引くと●●が「きいた?」と弱弱しく訊ねてきた。
「何を?」
真月は迫真の●●に思わず敬語を使うのを忘れてしまっていた。クラスのお淑やかな●●からは想像のできない様子に真月はただただ驚いた。そして思った以上に●●の握力が強いことにも驚いている。バリアンと人間の力の差など火を見るよりも明らかに違うが、人間のしかも女が握っているにしては真月の手が赤くなりキリキリと締め付けられている。
「独り言、きいた?」
●●が再び口を開いた。その間も真月の手は●●によって万力のように締め上げられている。しかし万力側は泣きそうになっているという不可思議な状況でさらに真月を困惑させた。痛みがだんだんと強くなってきた頃に真月も目の前の女をぶん殴ってやろうかと良からぬ思考が巡ってくる。独り言だと?ああ聞いたさバッチリ一字一句間違いなく聞き漏らしもなく。だから、
「手を、放せ。」 あ。
やっちまった。真月零を演じているときの、まだ声変わりもしていないような少年の声でもなかったかもしれない。素の鋭くと尖った声で真月は●●に言い放った。その言葉を浴び、●●は瞬時に手を引っ込める。「ごめんなさい」と謝るが真夜中にひとり公園で立っているような真月の耳に届いていたのかは定かではない。
真月の顔がどこか悲しそうな怒っているような静かな炎に焼かれているような顔であった。いつもクラスで見る、きらきらとした星のように輝いている顔はどこにもない。やけに大人びた真月だ。
「ごめん。」
俯いたままで真月は聞かせたくないような声で呟いた。そして、一度ゆっくりと瞬きをして●●に背を向けた。●●は呼び止めようと思ったが、また真月に触れることで嫌がらせてしまうと思ったのと、先ほどの夜のように冷たい顔を思い出して真月の背中だけをただ見ていた。伸ばしかけた手はまた再び本の山へと移動させ、作業を続けた。あの夜のような真月のデッキを作るために。
(下)