07

「ひどいですわ! 何も話してくれないなんて!」
昼休みになり、璃緒がなまえの前で、水族館のときのようにぷくぅと頬を膨らませ怒っていた。まさか璃緒から話しかけてくるとは思わずなまえの時が止まる。そしてすぐハッとして「ごめん」と言った。しかし、まずい。このまま自分と一緒にいるところが見られてしまってはあの悪魔たちからどんな報復をされるかわからない。一時でも友達と言ってくれた璃緒をどうしても巻き込みたくなく、なまえは黙って席を立つ。
「お昼、食べませんの?」
妙によそよそしいなまえに璃緒は首をかしげた。すると立ったなまえ目掛け、紙袋が飛んできた。見事ばしんと大きな音を立ててなまえに命中すると、悪魔たちが大きな声を出して嗤う。璃緒が驚き、なまえに当たったところを撫で、慌てて紙袋を拾うとそこには昨日凌牙がなまえに貸した上着が入っていた。お菓子のクッキーも入っていたが、粉々に砕けていた。なまえは璃緒から紙袋を取り上げ「大丈夫ありがとう大丈夫だから大丈夫いつものことだし」と早口で言った。紙袋にはなまえの感じている恐怖が皺となって表れていた。
「ダッサ!」
「ほらお菓子でも食べてなさいよ。」
「リオちゃんだめだよ。こんなヤツと口きいたら。」
璃緒は荒々しいものが吹雪のように頭に取り巻き、目の色を変えて、静かに、はっきりと言った。
「アンタら、凍らすよ?」
怒りの心は璃緒の口を押し開けて、雪山の谷底のような息とともに外にあふれている。璃緒に話しかけようとしていた取り巻きたちも身が凍りつき動けずにいた。璃緒からの大寒波を正面から受けた悪魔たちは「ひ」と声を出して、身を震わせ凍えている。
「いつもこんなことしてんの?」
先ほどまでの品の良い可憐な人魚姫はどこにもいない。凍てつく氷の女王としての璃緒が君臨していた。
そして、紙袋を投げた派手な髪色をした女に「ダッサ」と吐き捨てた。ほんの一瞬だけ時が止まったように静寂に包まれた。そして「ごめ、」と中途半端な謝罪を残して三人の悪魔は教室から走り去って消えた。
気まずい雰囲気が流れ、誰かの「ご飯たべよう」という声を皮切りにがやがやとしたいつものお昼休みの時間になった。しかし、なまえはまだ固まったままで紙袋を強く握り締めている。
「なまえ、さん?」
璃緒が優しく言った。子供に毛繕いをしている親ペンギンのように優しい手つきでなまえの頭を撫でる。ぼろぼろと涙を流すなまえに驚き、璃緒は「どうして泣くんですの?!」と困惑をした。先ほどのような凍てつく怒りは感じられず、オドオドとしている璃緒は親を見失ったヒナペンギンのようだった。
「何泣かしてるんだよ。」
戸惑う璃緒に、いつの間にか後ろに立っていた凌牙が言った。そして、どさっと自分の鞄をなまえの机の上に置いた。その中からはカメラとなまえの教材、そしてデッキが入っていた。なぜ凌牙の鞄からなまえのものが次々と出てくるのか検討もつかない璃緒は首をかしげる。
「さっきのヤツらから返してもらった。」
くいっと親指で廊下を差す。盗みまでやっていたのかと璃緒からまた怒りの冷気があふれ出しそうになっていたが、なまえが璃緒と凌牙の手を握り締めたので、すぐに消えた。
「ありがとう。」
なまえからは大粒の涙がぼろぼろと大きな泡のようにたくさん零れている。今までの積年の辛さが一気に溶けだしたようだった。そして何度も何度も「ありがとうありがとう」と繰り返し言った。璃緒だけならまだしも凌牙まで手を握られている状況に、少しだけ恥ずかしさが凌牙に芽生え、頬を掻いた。
そしてなまえは、凌牙にしわくちゃになった紙袋を申し訳なさそうに差し出した。
「ごめんなさい。しわくちゃになっちゃった。あとお菓子も入れてたんだけど…。」
紙袋を受け取ると「別にいい」とぶっきらぼうに言った。もう一度洗濯をするか聞いたが「いらねぇ」と言われたので素直にそのまま渡した。凌牙は受け取るとガサゴソと紙袋を漁り、お菓子を取り出す。投げられたり握り締められたりした結果、ボロボロのクッキーへランクアップされてしまっていた。さすがにそれはだめだ、となまえが凌牙の手から取ろうとすると凌牙は遠ざけ、なまえの遥か頭上にクッキーを上げる。
「何取ろうとしてんだよ。」
「え、だって、ボロボロだし。」
なまえがそう言うのも束の間に凌牙はクッキーの袋を破き、バリバリと食べ始めた。璃緒も「凌牙ばっかりずるい!」と睨んだので、凌牙は比較的崩れていないクッキーを璃緒に渡す。小さい口で丁寧に食べている璃緒が可愛らしくなまえからは微笑みが零れた。
「美味しい?」
「ええ! とっても!」
家にあったクッキーだが喜んでもらえたようで良かったとなまえは胸を撫でおろす。すると、なまえの唇につんと固いものが当たった。突然のことで、なんだろうと考えていると凌牙が「ん」とクッキーを差し出していた。食べろってこと?となまえは解釈し、口を開きクッキーを咥えた。凌牙の目を見るとどことなく満足そうで、クッキーを食べ進めている。なまえがクッキーを食べ終わる頃になるとまた凌牙からクッキーが配給され、なまえは今度は手で受け取った。それを見ていた璃緒も「凌牙!」と呼び、璃緒にクッキーを渡す。
「このクッキーすっごく美味しいですわね。どこのですの?」
「駅前のケーキ屋さんだよ。」
「聞きまして凌牙! 今日放課後三人で行きましょう!」
「…後ろに二人も乗せられねぇよ。」
はあ、と大きくため息を吐いた凌牙の背後の扉からは、赤、緑、オレンジの頭が隙間からひょっこりと覗いていた。璃緒が登校したと聞いてお昼ご飯を誘いに来た遊馬たちであった。どのタイミングで誘おうかと見ていたらしかった。凌牙がなまえと璃緒にクッキーを与えている様子を見て、遊馬は大口を開けて笑う。急に笑いだした遊馬に小鳥が「どうしたの?」と聞くと更にあははと笑い、凌牙たちを指差した。
「だって見てみろよ。シャークたちペンギンの親子みてぇじゃん!!」
「もう、遊馬ったら。」
「鮫なのにペンギンなのは面白いですね!」
遊馬につられて、小鳥もくすりと笑った。そして真月が立ち上がろうとした拍子に足が絡まり、支えとしようとした教室の扉がガラリと開かれてしまった。小鳥が心配そうに真月に寄る。遊馬は大きく手を振りながら「シャーク!」と呼んだ。
その声に凌牙たちが振り向き、遊馬を見る。なまえはその立派なイセエビのような赤い前髪に見覚えがあった。水族館で会った子だ。計らずも一緒に水族館を回ったような仲になっていたが制服の色で下級生だったのだと知る。
そして、なまえと遊馬が目が合った。大海原を照りつける太陽のような笑顔で遊馬はなまえにも呼び掛ける。
「シャークのカノジョも! 一緒にお昼食べよーぜー!!」
凌牙となまえは吹き出した。クッキーを飲み込んでいたのは不幸中の幸いだった。遊馬の声は教室、いやハートランド学園中に響き渡るような声量であった。仲良く吹き出した凌牙となまえを見て、璃緒は人魚姫のように輝き出すような柔らかい笑顔で見ていた。
「お似合いですこと。」

(完)







◎お題箱からいただいた設定で書いてみました。短編のつもりが大分長くなってしまいました。ごめんなさい。でもすごく楽しかった。ありがとうございました〜!


花束