夢のような一日を過ごし、なまえは今日もまた登校している。
あの後、璃緒たちはモノレールで帰るからと水族館の前で別れ、なまえは凌牙に家まで送ってもらった。凌牙が運転するときは寒いだろうと上着を返そうとしたが「いらねぇ」と断れ、結局まるまる借りたままになってしまった。洗ってから返すと言うと「別にいい」と凌牙は言ったが、結構な時間を借りてしまったため汚してはいないはずだが匂いなどが気になった。そのことを素直に言うと「なんだそれ」と凌牙は笑った。凌牙は、よく笑う。学校では笑ったところを見たことがないのでなまえは自分ひとりだけが知っている愉悦のような感情を覚える。手をつないだ時の恥ずかしそうに赤くしていた顔ももしかしたら自分だけが知っている凌牙の顔なのかもしれない。久々の水族館は本当に楽しかった。璃緒と会えたこともなまえにとっては喜ばしいことであった。しかし自分のクラスでの扱いを知ったらきっと今日のように友達として接してくれることはなくなるのだろうな、と一瞬暗い表情が出た。それを見たからなのか凌牙は「明日学校で」と言った。上着も返さねばならないしなまえもわかったと頷く。そして「ありがとう」と伝えると、凌牙は「別にいい」とだけ言って乗り物を発進させた。背中を見ていてると角を曲がるとき、一瞬凌牙がなまえの顔を見た気がして、手を大きく振って「ありがとう」ともう一度大きな声で言った。

登校しているなまえの右手には紙袋が握られている。中には凌牙から借りた上着が入っている。あのあとすぐに洗濯して乾燥機へ入れたのだ。丁寧に畳み、家にあった手の付けられていないお菓子も入れておいた。璃緒も一緒に食べるのかわからないが少し大きめで量の入っているクッキーを選んだ。可能な限りの感謝の気持ちであった。
教室へ恐る恐る入ると凌牙はまだ登校しておらず、例の女子グループが固まってなまえを見た。しかしいつものように絡んでくるわけでもなく、かえってそれが恐ろしいが気づかないふりをして自分の席へと座った。ふと気づくと、机の上には《ビッグ・ジョーズ》のカードが置かれていた。意図がわからず、なまえはカードを拾い上げる。すると聞き覚えのあるクスクスとした嗤い声が聞こえてきた。なまえの体温が一気に下がる。眩暈にも似た辛さがなまえを襲い、一瞬にして身体が硬直してしまった。
「楽しかったあ?」
派手な髪の女子がなまえの肩に手を置く。それを皮切りになまえは例の悪魔たちに囲まれた。
「よかったねえ、凌牙クンとデート出来て。」
「感謝してねえ。」
クスクスと笑いながらこの間と同じようになまえの髪をいじり始める。引っ張られ痛みが走るも何も言えず、ただただ黙って耐えるしかなかった。するとなまえの机の中に紙袋が入っているのを見つけ引っ張りだした。なまえは必死に抵抗するが、簡単に抑えられてしまい紙袋は取り上げられてしまった。
「ちょっとこれ何!」
「ガッコーに関係ないもの持ってきていいんですかー?」
「何これプレゼント?」
クスクスと楽しそうに紙袋を3人で回してなまえの手には決して届かないようにしている。「返して!」と涙を浮かべて懇願してみても悪魔たちの耳には小鳥のさえずり程度にしか聞こえていないらしい。
するとチャイムが鳴って、一人が紙袋を持ったまま自分の席へ戻ってしまった。かえしてよ、と何度も言っているのに返ってくるのはクスクスとした嗤いだけであった。
涙をこぼさぬように耐えているとがらりと大きな音を立てて後ろの扉が開く。肩越しにちらりと見ると凌牙が登校してきたようだった。凌牙の顔を見た瞬間、昨日がどれだけ楽しくて幸せだったのか思い出す。また水族館に、凌牙と、璃緒とみんなで行きたいと思うがそれは無理なのだ、となまえの心は深海のような闇へと沈んだ。肩が震えていることを悟られないようにどうにか静かに心を保つように目を閉じる。目を閉じると涙が一筋頬に走った。
前の扉が開かれ、教師が入ってくる。それと同時に歓声の声が響きわたる。「かわいい!」「スタイルいい!」「モデルみたい!」何事かと涙を拭って前を見ると、水族館で出会った人魚姫が立っていた。
「神代璃緒と申します。どうぞよろしくお願い致します。」
なまえは驚きのあまり璃緒の顔をずっと見ていた。逸らせずにいると、璃緒がなまえに気づきにこっと笑う。どこはかとなく気恥ずかしさに襲われなまえの顔がかっと赤くなった。
「神代は1年以上も入院していたんだそうだ。何かわからないことがあったら教えてあげなさい。」
教師の言葉に璃緒は頭を下げた。教室中が璃緒に魅了されていた。あれよあれよという間に璃緒のまわりには男女関係なく取り巻きが出来た。その様子を見てなまえはやはり璃緒とは友達にはなれないのだな、と思う。生きている世界が違うのだから。そのことを見せつけられ、なまえは璃緒に話しかけることなく、どうかこのまま私のことは忘れてと願いながら次の授業の準備を始めた。