知人B(上)


▲▲●●は、璃緒の友人だ。
怪我をして入院していた璃緒が学校へ通い始めて、少し経った頃に気付けば璃緒の隣に居た。いつも廊下の角で楽しそうに談笑をしている。女子の名前なんて誰一人として覚えていない。最初は「女子ってよくツルむよな」ぐらいの意識で見ていたと思う。近づくと俺にまで絡んでくるのだろうと思い、近づいてはいなかった。ただ遠くから璃緒が、妹が何事もなく学校生活を送っているのがわかり、兄として微笑ましく思っていた部分もあったのかもしれない。よく璃緒は笑っていた。一年も入院して、学校に来ることも、誰かと話すこともなく、白色のベッドの上で横たわっているだけだった、そんな璃緒が笑っている姿を見られるようになったのはつい最近だ。今回も廊下で楽しそうに会話に花を咲かせている二人を見て、俺は軽い笑みを右の頬だけに浮かべていた。●●はデュエルが苦手であるらしく璃緒が張り切って戦略をいろいろと説明している。俺を見かけたからなのか璃緒が大きく手を振って「りょーが!」と俺の名前を呼んだ。静かに小さく舌打ちをして無視をしようとしたが、璃緒とその隣の女子が手を繋いで、引っ張ってくるような様子に思わず、二人の到着を待ってしまった。璃緒の半歩後ろで、手を引っ張られ「ちょっとどうしたの」とその女子が足をもたつかせながら困ったような声色で笑っている。
「凌牙ってば!」
「うるせえよ。廊下ででかい声出すんじゃねえ。」
「なによ! せっかく私の友達を紹介しようと思ったのに!」
璃緒は見せかけだけの真っ赤な泣き顔で頬を膨らませた。そんな璃緒の姿を見たのも最近になってやっとだ。しかし女子の友達を紹介されたとして男の俺にはそう関係ない。璃緒の後ろにいる女子がちらりと覗かせるように俺の顔を見た。目が、合った。その日最初の太陽の光が空を焼いてオレンジ色と瑠璃色とを混ぜた不思議な色が俺の中に染みてきた。何故か海まで展開されていて水面がきらきらと反射していた。脳内の海がさぶんと波を立たせた時に、その女子が「▲▲●●です」と言った。名前を言われたと気付いたのは数秒ほど後で変な間が出来ていたと思う。視界に入っている女子二人がきょとんと間の抜けた顔をして首を傾げていた。しかしすぐに璃緒の友人の、●●が笑みを俺に向けた。優しい目つきとにこにこした円満の顔には、初めて会ったときから人の良さそうな、という思いを胸に起こさせた。何故璃緒がいつも笑顔で居られているのかが分かった気がした。たかが友人の兄に向けられた笑顔があれならもう恐ろしい奴だ。


今日も●●は璃緒と廊下の角で談笑している。俺はその様子を教室から、頬杖をつきながら眺める。会話に混ざることは決してない。しかしあの時の挨拶があってからはよく目が合うようになった。その度に●●は俺に小さく笑う。そしてその度にどくんと俺の心臓が跳ねる。たまに朝校門で会う時、廊下ですれ違う時、さりげなく手を振って来るようにもなった。璃緒が居なくても俺に対して。最初は面倒だと言い聞かせて気付いていないフリをした。あえて目を逸らしたり、聞こえるように舌打ちをしたりもした。子供じみたことだとはわかっていたが、そうしないとダメな気がした。嫌われることには慣れているし、璃緒とだけ仲良くしてやっていればそれでいい。俺が冷たく素っ気なく返していても、璃緒とはずっと仲がいいままで、俺に対しての「挨拶」も変わらず行われた。ふと、璃緒が羨ましく思えた。あははと一番大きい●●の笑い声が聞こえてきた。自分でも大きい声だったと自覚していたのか、璃緒と顔を見合わせながらまた笑っている。次は璃緒の笑い声も聞こえてくる。どんな会話をしているのだろうか。もし俺が璃緒と同じように女子に生まれてきていたら「ツルむ」ことが出来ていたのだろうか。なんて。なにをバカなことを。アホらし。俺は一番長いため息を吐いた。頬杖をついていたせいで頬の内側が歯に当たっていて痛い。じんじんとする痛みでどうにかこの心臓の鼓動の音も打ち消してくれねえかな。俺が一人痛みとアホな考えをしているとまた●●と目が合った。今日のアイツはいつものように小さく笑わず、にかっと向日葵みたいに笑った。なんだ、そんな顔もするのかよ。ぶちん。間違って頬の内側、口の中を噛んだ。痛みよりも心臓の鼓動のほうが大きく俺に主張している。じわじわと鉄の味が口の中に広がってきた。きっと今の俺の口の中は真っ赤なんだろうぜ。

(下)




花束