ぴょん(上)


デュエル・アカデミアでは錬金術の授業がある。
何故錬金術を授業として取り入れようと思ったのかは謎であるが、授業としてカリキュラムに組み込まれている以上アカデミアに所属する学生はその授業を受けなければならない。
▲▲●●もそんなデュエル・アカデミアの生徒の一人だ。今日もあくびをかみ殺して重たい目蓋を無理やりに開け、朝一番の最もつらい時間帯の1時間目の錬金術の授業に出席をする。いつも後半は寝てしまっているのでクラスメイトたちの背に隠れられるように一番後ろの右端の席を陣取った。目で、見知った友人を後ろ姿から探すがまだ来ていないらしい。友人があとで来るだろうことも考え一つだけ席を開けて座った。
錬金術は、卑金にあらざる物質を用いて金を精製する大いなる業であり、古代より人類が追求した見果てぬ夢だった。1年生からなんとなく錬金術の授業を受けてきた●●はそう理解していた。今日も友人が来ないまま錬金術の授業が始まった。比較的緩い授業なので寝坊しても教師_大徳寺は強く咎めたりはしない。ゆえに少々●●たちからは甘く見られている部分もあるが、だからこそ錬金術の授業はどんなに目蓋が重くても、頭ががくんと前に倒れようとも出席しようと●●は考えていた。
大徳寺が聞いたこともないような不思議なタイトルの写本を例としてあげ、それを板書をする。その写本や文献のタイトルがよくテストに出ることを知っているので、一番後ろの席から鉛のように重たい目蓋に喝をいれて目を凝らし●●はノートに書き写す。たまに日本語訳のタイトルではなく原本のままのタイトルをテストに出題されることもあるので、しっかりとラテン語なのかドイツ語なのかわからないタイトルも一緒に書き写した。●●は眠気と戦うおぼつかない手つきで、寝坊しているらしい友人のためにも「Splendor Solis」と書き留める。ラテン語らしく「太陽の輝き」または「太陽の光彩」という意味らしい。なんとも神々しいタイトルがつけられた写本である。大徳寺がプロジェクターで一部の図版を映し出すと、赤や金を基調としたとても美しく鮮やかな図版が前方の画面に広がった。映し出された画面の光で生徒たちの顔が、大徳寺が寮長を務めるオシリスレッドのように皆赤色に染まっている。強烈な赤は●●の頭をさらにぼんやりと眩ませた。
蘊蓄のような授業の中で、『太陽の輝き』という写本は22の彩色図像と文章で構成され、錬金術においての物質の変成や魂の浄化を視覚的に表現されているらしい事を聞いた。22と言う数字もなんとはなくテストに出されそうな気配がある。作者は不明だが、サロモン・トリスモシンに帰されることが多いらしい。その人名は確実にテストに出るだろう。マーカーペンに持ち替え、友人にもわかりやすいように蛍光ピンクのラインを引く。脇にハートなんかも書いちゃおうかな。普段はやりもしないことをやり始めた●●は大徳寺の言葉がだんだんと呪文のように聞こえ始める。図版を説明するときに使っている指示棒でさえ今の●●の目には魔法使いの杖に映る。もしかしたら大徳寺はデュエルアカデミアを牛耳るために魔法界から派遣された黒魔術師でその黒魔術の一環である錬金術を授業にしているのかもしれない。とんでもない妄想、というよりすでに夢を見ているような感覚が●●を苦しめる。しかし、どこからともなくやって来た睡魔がふわりと天使のようにやさしく●●の頭を撫でる。いやこの睡魔も実は大徳寺が作り出した人造人間ホムンクルスで、いやいや何を考えているんだ。軽く頭を振り、睡魔の手を頭から振りほどく。しかし睡魔が更に距離を詰め笑顔で●●の頭を撫で続ける。睡魔との攻防戦が行われている中で、教室の後ろの扉が開かれる音がした。カツカツと高い靴音を聞きながら、その人物は真っ直ぐに●●の元へと向かってくる。振り返るだけの力も●●にはなく、筋肉は弛みきっている。辛うじてまだ背もたれに背中を預け、座っている姿勢を保てているが、ギと隣の椅子が引かれ人物が座った気配を感じて、●●は頭を机に沈めた。同じオベリスクブルーの制服がちらりと脇から見える。やっと友人が出席したようである。散々この時間までぬくぬくと部屋で寝ていたのかと思うと少しだけ●●の腹の窯がぐつぐつと煮えだした。突っ伏したまま、隣の机に今までとっていたノートをそのままスライドさせる。少し驚いた男性のような声がどこからかしたが、きっと気のせいだと考え、机の下で静かに息を吸い込みあくびをした。
「最初のほうはノートとっておいたから後半は頼んだ。」
「了解した。」
隣に座っている友人がやけにかっこいい男性の声を発した気がする。きっとこれも睡魔が聞かせている幻聴のようなものだろうか。友人はもちろん女性であるが、隣にいる友人はどことなく体格もがっしりとして背も高くなった気がする。もうすでに●●の頭は夢かうつつか判断もつかずその狭間を彷徨っている。睡魔の手がゆっくりと伸びてきて優しく●●の身体を包み込む。大徳寺の授業の声でさえ、子守唄のメロディーのようだ。●●の視界がだんだんとぼやけ、やがて完全な暗闇になる。薄れゆく意識の中で隣の友人に「授業が終わったら起こして」と辛うじて伝えると、やはりかっこいい声で「わかった」と言われた気がした。


(下)



花束