「ふう、終わったか」

 ククールは額――少しも汗はかいていないが――を手の甲で拭いながら爽やかに言った。其処にゼシカが素早く突っ込む。

「汗、全然かいてないじゃない」
「ふふ、だね」

 メアンもからかい気味にゼシカに便乗した。ククールは肩をすくめて呆れたように言った。

「つれないお嬢様方だ。でも、そんなレディも俺は大歓迎だぜ?」

 恐らく彼はカリスマ的な女性好きの男なのだろう、自然な流れで女性陣にウインクをして見せる。しかし二人には通用しないらしく、ただククールに冷たい視線が送られるだけだった。ククールもまたククールで全く気にしていなさそうだったが。
 ほぼ空気に馴染んでいた僕はこの話を終結させるべく、ゼシカに話し掛けた。

「ゼシカ、さっきは助かったよ。ありがとう」
「ああ、いいの。当然のことをしたまでだもの」

 平然と僕に応えるゼシカ。彼女の隣に付いて歩いているメアンも嬉しそうに言った。

「でも、本当にありがとう。ゼシカは命の恩人だよ」
「メアン……大袈裟だわ」

 ゼシカはメアンの言葉に感動した様子だったが、此方をチラッと見たかと思えば突然とんでもないことを口にした。

「それに……本当の命の恩人、いえ、王子様はエイトでしょ?」

 僕はゼシカの言葉、特に「王子様」というワードを聞いて頬に熱が集まるのを感じた。ゼシカは此方を見て、してやったりという風にニヤニヤと口を緩ませている。恥ずかしい。
 しかし肝心のメアンはとても悲しそうだった。僕は理由が分からなくて不安になった。しかしゼシカは直ぐに何かを察したようで、「じゃあ、私、あいつ(ククール)に話さなきゃいけないことがあるから」と言うと、そそくさと先頭まで走っていってしまった。

「…………」
「…………」

 再び沈黙に包まれる。前の方ではヤンガスとトロデ王が言い合いをしているようだ。もう日常茶飯事である。
 しかし折角メアンと二人きりになれたのに、僕はククールと違って女の子との接し方がよく分からない。だから彼女の辛そうな表情を見ていることしかできなかった。それが僕には耐え難くて、気付けば僕は本音を口に出していた。

「僕は君の王子様になりたい」
「……!!」

 メアンはこれでもかという程に目を見開いて驚いている。しかし驚いている点では僕も同じだ。これはもう愛の告白と言っても過言ではないのだ。だから後戻りはできない。誤魔化しも効かない――メアンに伝えるんだ、僕の想いを。

「……僕、僕は……」

 心臓がバクバクと拍動して煩い。手が震える。喉がカラカラだ。意識をすると、こんなにも伝えるのが怖くなるなんて。だけど僕にはもう、メアンへの愛を心にしまっておくことはできない。そろそろ爆発してしまいそうだ。それを分かっているのか否か、彼女は僕の瞳をじっと見つめてくる。その姿が余りにも可愛くて、僕はもう胸の高鳴りを抑えられなかった。我慢の限界にまで達してしまったのだ。

「わっ……えっ」

 僕はメアンの腕を引き、腕の中に彼女を閉じ込めた。 メアンの華奢な体は僕がぎゅっと抱き締めただけで壊れてしまいそうだった。だから僕はなるべく優しく、彼女を包み込むように抱き締める。互いに持つ熱がじんわりと温かくて、僕は心が落ち着いていくのを感じた。彼女も最初こそ緊張で身を固まらせていたものの、今では僕の抱擁を受け入れてくれている。この事実が僕にとっては堪らなく嬉しかった。心が喜びで満たされていく。

「メアン……好きだ。君のことが大好きだよ」

 自然と口から出てきたのは、僕の純朴な愛情だった。ありのままの彼女への想いだった。加えて僕は素直に彼女に伝えた。もし僕の想いが君に伝わったのであれば、それを受け入れてほしい、と。メアンは泣きながら僕の願いに応えてくれた。

「私も……エイトが、好きだよ」

 僕は心臓が止まるかと思った。夢かと思った。メアンが僕の体を抱き締め返してくれた。「好き」という言葉を紡いでくれたのだ。僕はこれ以上の幸せはないだろうと確信した。それくらい嬉しかった。

「メアン……!」
「……エイ、ト……!」

 どちらからともなく抱き締める腕の力を強めては、お互いに笑い合う。メアンは幸せそうに僕の胸元に耳をあてた。

「エイトの心臓、バクバクしてるよ」
「だって……嬉しいんだ。メアンが僕と同じ気持ちでいてくれたこと」
「エイト……ふふ、私も同じだよ。ありがとう」

 メアンの優しさに触れたら、包まれたら、僕は何でもできる気がした。だからせめて、彼女にほんの少しでも僕の愛と感謝の気持ちが伝わってくれたらいい。

「メアン」
「何? エイト」
「君は僕のお姫様だ」
「ふふ、はい。じゃあ、エイトは私の王子様だね」

――私の王子様。
 そう言ってくれるだけで僕の心は満たされる。メアンへの想いが更に募っていくのだ。
 僕はそっと腕の中からメアンを離して彼女の前に跪いた。そして彼女の前に手を出す。メアンも僕のしたいことを理解してくれたのか、僕の手にその小さな手を置いた。
 僕は笑った。彼女も笑った。

「メアン、ありがとう。大好きだ」

 僕は彼女への愛を誓うように、確かめるように、彼女の手の甲にそっと唇を落とした。


(完)

  


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