前の二人も漸くこちらの異変を感じ取ったらしく、二人の世界から出て僕の方に近づいてきた(のを感じた)。そして、やはりというべきか僕の視界に映ったのはメアンだった。彼女は如何にも心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

「エイト? どうしたの?」

 僕はどうすればいいか分からなかった。いつもなら、メアンが関われば些細なことでも喜べるというのに、しかしながら今は心に余裕がない。
 僕は気付けばメアンから目を逸らし、思わぬことを口に出していた。

「……僕のことなんか放っておけばいいのに」

 掠れた声だった。自分の声なのに、それが誰から発せられたのか分からないくらいに僕は驚いていた。いや、戸惑っていたのかもしれない。
 自分の発言を訂正しようと焦って顔を上げると、そこには傷付いて今にも泣き出しそうな表情を見せる、僕の大好きな人がいた。僕は真に絶望の淵に立たされた気分だった。息が詰まる。

「…………」
「……そうだよね、ごめ――」
「ち、違う!」

 メアンが謝罪しようと口を開いたことに僕はハッとして、慌ててそれを遮断した。思ったより大きな声が、この広い草原に響き渡る。平生の僕ではまず発さない叫び声に僕を含む全員が驚き、怯んだ。
 不安げに瞳を揺らすメアン。彼女の双眼を見つめるだけでも、僕は罪悪感で身が持たない気がしてくる。それでも僕は謝らなければ。そして、素直な想いを彼女に伝えるのだ。
 僕はゆっくり息を吸い込んだ。

「……違うんだ。謝らないといけないのは僕の方だよ」

 一度、冷静になって自分の失言を思い出す――僕のことなんて放っておけばいいのに。僕は自身の器の小ささを嘲った。自分の思っていることとまるで逆ではないか。本当は彼女に、メアンに構ってほしいというのに。

「放っておけばいい、なんてまっさらな嘘だ。本当は、本当はもっとメアンと話がしたいよ。でも、君はククールとばかり話していて僕のことなんか気にも留めない」
「そんな……私は――」
「嫉妬してたんだ」
「……えっ?」

 何かを口に出そうとした彼女を遮って僕は続けた。でないと、彼女の優しさに甘えてしまいそうだったから。案の定、彼女は僕の告白を聞いて呆気に取られている。

「僕は勝手に嫉妬してたんだ。君を口説くククールと、それを受け入れる君に」

 彼女は目を見開いたまま固まってしまった。彼女の左後ろに立つククールも珍しく驚きに満ちた表情だった。しかし今の僕に、それを気にしていられる余裕はなかった。僕はただ、誠心誠意を込めて彼女に頭を下げることしかできないのだから。

「メアン。僕は、僕の我儘で君を傷つけてしまった……本当にごめん」

 悔やんでも悔やんでも沸き起こる後悔の念――何故、僕はあのとき彼女を突き放してしまったのだろう。それは重りのように僕の心臓を押し潰そうとしてきて、とても苦しい。しかし、その苦しみから僕を解放してくれるのはやはり彼女だった。

「エイト……顔を上げて? 私は平気だから」
「……本当に?」

 僕は顔だけ上げて上目遣いに彼女を見た。確かに彼女は先程の驚愕した表情とは違い、優しい笑顔を浮かべて頷いている。彼女の微笑みに、僕は大きな安堵と胸の高鳴りを覚えつつ、ゆっくりと姿勢を正した。

「……良かった。私ね、本当は嬉しいの。エイトは私のことなんてどうでもいいのかな、って思ってたから」

 彼女はまるで自己卑下をするように悲しく笑った。それを僕は見ていられなくて、優しく彼女の肩を掴んだ。

「メアン、僕はそんなこと一度も思ったことないよ。だって、僕は――」
「ああっ! 二人とも、避けて!」

――君が好きなんだ。
 そう伝えようとしたとき、突然ゼシカがそう言い放った。 僕はゼシカの叫びに、メアンの肩を抱いたまま咄嗟に回転して草原に飛び込んだ。離れた場所からドカドカと地を踏む音が聞こえる――あばれうしどりだ。

「メアン、大丈夫?」
「うん、平気だよ」
「良かった」

 僕は間一髪でメアンを守れたことにホッとした。同時に、自分の世界に入り込んで周りを見なかった自らの愚かさを呪う。しかし今は落ち込んでいられない。

「兄貴ぃ、姉貴ぃ!」

 向こうからヤンガスの不安そうに僕たちを呼ぶ声が聞こえた。僕たちはすぐに立ち上がった。

「メアン、行こう」
「うん」

 そして、僕たちもあばれうしどりの討伐に加わった。

「火よ、集え――メラ!」
「私も。火よ、集え――メラ」

 ゼシカとメアンが放ったメラは合体して大きな火の玉になる。それはあばれうしどりに直撃し、あばれうしどりは苦しそうに身悶えた。僕とヤンガスはすかさずそこに攻撃を加えようとしたのだが、先客がいた――ククールである。

「おっと、美味しいところは頂くぜ。風の精霊よ――」

 彼がバギの呪文を詠唱すると、彼の周りにかまいたちが発生した。それを見て僕は思った――ククールは嵐を呼ぶ男だ、旅路にも恋路にも大きな影響を及ぼす男だ、と。

「――切り裂け!」

 彼が放った真空刃はあばれうしどりを残酷にも切り刻み、やがて消えた。と同時にあばれうしどりも青い光の粒になって弾け散った。

  


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