ときを廻れば

第一章 出会う人

ゆさゆさ、ゆさゆさゆさ。
 ゆさゆさ。
 右肩辺りの揺さぶられる感覚。それは幾度かわたしの意識を引き起こす。
 もう、せっかく無意識の籠の内で心地良く横になっているというのに、わたしの休息を妨げるのは一体何だ。睡眠妨害の対象に若干の苛立ちを覚えながらも、意識上のわたしは体の揺れが気になって仕方がない。となれば当然、わたしは目を覚まさなければならないというものだった。

「もう、何……?」

 肩を揺さぶる原因に苛つきつつも、わたしは気だるげに目を開く――。

「え」

 目の前にバニーガールがいる。
 実直に状況を説明すればこれだけなのだが、補足で言わせてもらおう。目覚めたら目と鼻の先にバニーガールがいる、という出来事は中々に体験できるものではないため、吃驚し過ぎて喉が詰まって、心肺停止するかと思った。全く、目覚めに悪いことこの上ない。
 それにしてもバニーガール? わたしにそのような女性と関わる機会があっただろうか。いや、確かに赤茶に澄んだ瞳、頭から生えた長い兎耳、黒兎が擬人化したような格好など、そういう特徴の女性は何処かで目にした気がするのだが――。

「……フラン?」

 何故か、そんな言葉が口を衝いて出てきた。そして、わたしは妙に納得してしまった。そうだ、彼女の名前はフランというのだ。

「そう、フランさん!」

 わたしは間髪入れずに嬉々として彼女の名を叫んだ。彼女も「ええ、そうよ」と頷いてくれた。
 フランはわたしの体を一瞥して、優しくわたしに問いかける。

「見たところ怪我はしていないようね。平気?」

 聞かれて、わたしはゆっくりと上体を起こした。自然と目が自身の全体像を捉える。すると、きちんと右手に両親からの手紙が握られていて、少し折り曲げてしまっているが、わたしはホッと息をついた。その後、手やら首やらを動かしてみたが、どうやら異常はなさそうだった。

「はい、平気です」
「そう。なら良かったわ」

 言いながら微笑んだフランは余りにも美しかった。間近でそれを見てしまった者はもう、彼女の魅力から逃れられないだろうと思った。わたしはやはり彼女の虜である。

「綺麗」

 わたしの呟きに、フランは少し困ったように笑って「お嬢ちゃんは褒め上手ね」とわたしの頭を優しく撫でてくれた。女神の対応だ。
 そんなこんなでフランがわたしの女神だということを再確認していると、彼女の背後からひょっこりとライトゴールドの髪の少年が現れる。彼は心配そうな表情を発露させて、こちらを見た。見下される形でも怖くないのが、本当に不思議だった。

「……大丈夫?」

 彼は心配そうにわたしに尋ねてくる。少し傾げられた首から発せられた声まで、全て純粋に心配してくれていることが伝わって、元の世界に来てもう何が何だか分からないわたしは、酷く安心した。どうやらこの世界では戦争が身近なものらしいし、盗みが当たり前に認められているようだけれども、フランや彼という、心優しい人間がいるのも事実のようだ。

「はい、大丈夫です。心配してくださって、ありがとうございます」

 感謝の気持ちを述べると、彼は照れ臭そうに頭を掻いた。

「何かお前、妙に礼儀正しいよな」
「いえ、そんな」

 わたしも照れ臭くなって、首を降る。すると次の瞬間、予想外の台詞が脳髄に突き刺さった。

「ダルマスカのお姫様なんだから、当たり前だろ」
「――え、何で……」

 思わず心の声が漏れてしまう。驚きで低速になりながらも声の元を辿ると、少年のまた後ろ、ボロボロの階段に悠々と腰を下ろす主人公(仮)の存在を、わたしは認めた。降りくる月光を背にした彼は、それはそれは主人公のような特別なオーラを周囲に撒き散らしているような気がした。

「よう、お姫様。お元気そうで何よりだ」

 彼はわたしを見て心底、といっても本心かは分からないけれど、楽しそうな口調で言った。しかし今、問題は彼が本心で話しているかなどではない。何故、知っているのか。
 きっと鳩が豆鉄砲を食らったときのような表情をしているに違いない私を見て真に受けたのだろう、盗人(仮)も「え、こいつが?」と驚きと疑いの混じった声を上げた。そういえばと思い、変わらずの低速でフランの方に目を遣るも、彼女はわたしをじっと見ているだけで、その表情から何を考えているかを読み取ることはできなかった。けれどもきっと、彼女もわたしがダルマスカの王女だということを分かっていたのだろうなと思った。
 わたしと少年の反応が余程思う壺だったか、主人公は「ああ、そうさ」と再び薄ら笑いを浮かべてみせながら、わたしの右手が持つ手紙を指差す。

「その手紙の印を見てみろ」

 彼の言葉に、盗人の彼が「手紙?」とオウム返しをしながらわたしの方に寄ってきて、手紙を注視する。そして「……マジか」と、信じられないとでもいうような表情を浮かべた。
 彼に釣られて手紙の印を見ると、確かに何かの模様が形作られている。

「なるほど……この印がダルマスカ王家のものなんですね」

 納得し、しかしよく分かったものだと感心した旨を声に出して伝えると、主人公は得意気に「空賊の目を舐めんなよ?」と言った。途端、少年がキラキラと目を輝かせて「空賊!? あんたら空賊か!」とはしゃぎ始める。どうやら彼は空賊に憧れているらしい。賊に憧れるとは、一体。

再浮上

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