その後

 人は必ずや誰かに恋をする。「俺は恋人よりもお金がほしい」、「私は辛い思いなんてしたくないから誰も好きにならないわ」などと言う人たちですらいつかは必ず恋をするのだ。
 現在の恋が何度目なのかは、各自が認識していれば、周りに言わずとも良いと思う。まだ恋をしたことがない人は、必然的に零度目になってしまうけれど。
 しかしながら、きっと恋愛経験のある誰もが一度目の恋――初恋――には、特に振り回されたことだろう。まあ、誰もがという表現には無理があるかもしれないけれど、何はともあれ、私は初恋にとても惑わされた。
 何せ初恋というのは、恋の詩で「甘くて苦い」やら「甘酸っぱい」やらと喩えられる程に人間の舌、否、心――下手すれば体まで――に刺激を与えるものなのだ。
 故に私の初恋は、そして彼らの初恋は、余りにも身を焦がすものだった。

「メアン、どうしたの?」

 優しく温かい男性の声が、思索に耽る私の意識を現実に引き戻す。ハッとして目を開くと、発声した人物と視線がかち合った。
 彼は木のテーブル越しに、私を不思議そうに見つめていた。彼の黒く輝く瞳は純朴で、何処か凛とした顔立ちによく映える。
 そう、彼こそは私が二度目に恋をした人で、これを私が言うのはかなり図々しいけれど、私に初恋をした人――。

「エイト、ごめんなさい。少しだけ昔のことを思い出してたの」

 私は彼を放置していたことに申し訳なさを覚えて眉を下げた。そんな私を気遣ってか、彼は優しく微笑んでくれる。

「そっか。何だか懐かしいね」
「……ええ、とっても」私は頷いた。
「えっと、確か、初めは――」

 どうやら、見事に「初恋は実らない」という嫌な言い伝えを、私という証拠を以って完全否定してくれた彼が、私の回想を代弁してくれるらしい。ならば私はそれに耳を傾けることにしようか。

読んだ帰りにちょいったー
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