復活if ×CC社員。色々と捏造
ここはどこ、と呟いた声は細くか弱かった。
ポッドから出された”彼”は、人造人間だというのにうつろな表情をしていることが一瞬で見て取れる。私はその問いに答えず、代わりに「今、Dr.ヘドを呼んでまいります」と返した。彼はそれを聞くと小さくうなずき、それを確認してから部屋を出た。
彼がここで生み出されてから数ヶ月経っている。これまではあらゆる問いかけにも応えることもなく、時折なにかにうなされるような反応を見せるのみだった。彼の兄弟とも呼べる存在はその様子を悲しげな顔で見つめては何も言わずに去っていくことを繰り返し、それを後ろで見ていた私もまた悲しい気持ちになるばかりだった。
器は同じだとしても、心や思考までは元に戻らない。彼の生みの親はそう言っていたけれど、会話ができるようになったと知ればきっと喜ぶだろう。人を避けるようにしながら私は廊下を走り抜けた。
「Dr.ヘド、彼がお目覚めになりました」
私がそう言えば、Dr.ヘドは持っていた書類も投げ捨てて一目散に部屋を出て行った。その後ろを赤いマントを翻しながら付いていく彼の片割れの背中を見送って、散らばった紙を拾い上げていく。それらをまとめてデスクの上に置いてから私も元いた場所に戻った。
部屋の中からすすり泣く声が聞こえて、入ることをためらう。ひとつ息をついてから部屋の外で待つことにした。
カプセルコーポレーションの一社員でしかない私にとって、彼らの関係性は聞きかじったものしかわからない。社長もあまり多くを語らないまま新事業の成果報酬に上乗せする形でDr.ヘドの研究を支援していたし、人造人間とあまり関わりのない一般人の私からすれば、みんな等しく不思議な存在だった。それでも、彼の目覚めを待つ気持ちは研究を含めたこの数ヶ月で痛いほど伝わっていた。
「なまえくん、待たせてすまないね」
「もうよろしいのですか?」
「あぁ。今日はまず休ませようと思って。1号はもう少し一緒にいたいようだから、そのままにしてもらえないかな?」
「えぇ、もちろん。私も夕方また戻りますね」
「社長にはボクから報告するから」
「お願いいたします」
Dr.ヘドと別れて本来の部署へと戻る。そもそもなぜ私が人造人間である彼の面倒を見ていたかというと、本来は商品開発部の人間だったが今後のキャリアを見据えて美容部門の総括をしているDr.ヘドの下についたのがきっかけだった。新事業の美容部門には女性研究者の声が必要だろうと社長直々に声をかける形で他部署からの引き抜きが行われ、私は運良くそこに入ることができたのだ。
人造人間である彼――ガンマ2号を復活させるプロジェクトが最初から決まっていたと知らされたのは配属されて少し経った頃だった。才能の塊であるDr.ヘドはその手腕と知識をもって画期的な美容商品を生み出し、発売食後から大ヒットを連発させ今や売れっ子研究者の名を欲しいままにしている。猛スピードで名実ともに会社の柱となった彼が社長から目をかけられるのは当たり前だったし、そもそもスカウトしてきたのも社長自身だ。社内で文句を言う者などどこにもいない。
部署に戻りデスクにつくと、隣の席の同僚に声をかけられた。彼女は私が人造人間の世話係をしていることを知っている。最初は少し気味悪く思っていたようだが、時折彼への面会を求めにくるガンマ1号を見ていたら少し考えが変わってきたようだった。
「ねぇ、どうかしたの? なんだか騒がしかったけど」
「なんでもないよ。報告事項があっただけ」
「ふーん、そっか」
適当にあしらえばそれで納得したのか彼女はまた目の前のモニターに目を向ける。2号のことは秘匿されていたわけでもないが、かといっておおっぴらにしてもいなかった。社長から指示を受けていないのに辺りに吹聴することでもない。
それからはひたすらに業務に打ち込んでいたら就業のベルが鳴る。それを合図に時計を見てハッとして立ち上がる。夕方に戻ると言ったのに、すっかり夢中になってしまった。がたがたと物音を立てながらドアを開けて部屋を出ると、夕日に照らされた廊下を数時間前と同じように人を避けながら駆けていく。
どたばたとしながら入った部屋には彼が一人ベッドに横になっていた。会話しやすいようにとポッドから移されたその姿はまるで人間のようにも思えたが、オレンジ色に照らされた肌は銀色で無機質なままだ。
「あぁ、来たのか」
「……お体の様子は」
「すこぶるいいよ」
人造人間の彼に体の調子を尋ねるもの変な話だったが、彼は気にせず軽口で返した。今まではただ眠っていたところしか見ていなかったため、1号と同じような性格を想像していたがどうやらまったく違うようだ。作られた存在だとしても人間と同じようにそれぞれ個性があるのだろう。そんなことは知らなかったから少しだけ面食らった気持ちになりつつ、彼が握りしめているものに気付いて声をかけた。
「それは……?」
「これ? 1号が置いていったんだ。ボクのマントだからってね」
「なら、早く身に着けられるくらい回復しないといけませんね」
「あぁ……そうだね」
マントを見つめる瞳は優しい。愛しそうに数度指先で撫でながら2号はこちらを見た。ヒーロー・マスクを象った顔は思っていたよりもずっと表情豊かだ。1号と同じはずなのに、少々違うく見える眼差しは柔らかい。それは夕日のせいかもしれないし、目の前の光景が自分の心のどこかで作り上げていた彼の姿そのものだったからかもしれない。
以前、私が面倒を見るようになって間もない頃に1号が「こいつは少々軽薄だが、優しいやつだ」と言っていたことをふと思い出した。あのときは淋しげだった横顔は、今日の再会で喜びに変わっただろうか?
何も言わない私を見つめたまま、2号が口を開く。
「それで、何かまた検査とかするんじゃないのかい?」
「えっ? あぁ、今日はお休みになってほしいと、Dr.ヘドが仰っていましたので」
「そうか。それじゃあキミは、なぜここに?」
「あなたが目覚めるまで私が世話をしていましたから。バイタルチェックや、身の回りのことも。それだけはこの後もしないといけません」
「じゃあお礼をしないとね。ありがとう」
「お礼していただけるほどのことではありませんよ」
そう言って彼に近付く。つい数時間前まではポッド越しに見ていたはずの存在がガラス一枚隔てることなく目の前にいるのはなんだか少し不思議な気持ちだ。
彼が生まれるまでのほとんどのことはDr.ヘドが行っていたが、体が安定してくるとそれは私の仕事に変わっていった。本当は目覚めまで自分で面倒を見ると言っていたが、他の仕事もあるからうちの研究者に任せてほしいと言ったのも他ならぬ社長だった。それでも、私はDr.ヘドからの指示をこなすだけだったから、時折数値に異常が出たとき以外は何も手をかけていない。礼をしてもらえるほどでないと彼に言った言葉は紛れもなく本心だ。
「でもキミは色々してくれたんだろう? 博士にももちろんお礼は言わなきゃいけないけどね。……それから、1号にも」
彼の肉体や思考データのベースは1号だ。特に思考データについては膨大な量のデータを解析していたことも知っている。一度だけその仕事を一緒にしたがあのデータ群を性格に解析し振り分けていく手腕は、今の私には到底真似できるものではなかった。それほどまでの熱意と労力を割いてでも成し遂げたいプロジェクトだったのだろう。
「私は本当に、何も」
私がしたことはほんの少しの手伝いだけだ。すべてはドクターと1号の努力の成果だと身を持って体感した。
それでも彼はゆっくりと目を細めて、小さな声で呟く。目覚めたときとは違う力強さで。
「目が覚めるまで遠くでキミの声が聞こえていたんだ。ずっとボクに呼びかける声が」
2号の言葉に、これまでの数ヶ月の記憶が猛スピードで頭の中に流れてくる。
Dr.ヘドの助手としてこの部屋に来たときのことも、段々と形作られていく体を見たときのことも、悪夢でも見ているのか震えた姿を見たときのことも、何もかも。何かある度に声を掛け、名を呼んだこれまでの日々を。
「ボクたち、やっと会えたね」
彼の言葉に私は堰を切ったように泣き出してしまい、涙が止まらなかった。
今までずっと近くにいたのに何もしてあげられなかった歯がゆさがようやく昇華されたような気がして、子供のように泣きじゃくってしまう。彼のベッドの横でうずくまった私の頭を、冷たくも暖かい手が数度撫でた。
ぐしゃぐしゃな顔のまま見上げた2号は強い西日の逆光でよく見えないけれど、きっと優しい表情のままなんだろう。
「ボクからすれば、助けてくれたDr.ヘドも、1号も、それからキミも……みんなヒーローだ」
私だってと言おうとしてけれど、喉が張り付いたように上手く声が出ない。ううと情けない嗚咽だったけれど、気持ちが彼に伝わったのかまた頭を撫でられた。
私も会いたかった。ずっと。ポッド越しじゃなく、触れ合える距離で。
「ボクも早くヒーローになりたいから、このマントを身に着けられるように頑張らないと。……手伝ってくれる?」
「……もちろん!」
絞り出した声を聞いて彼は大きくうなずいた。
おはよう、私のヒーロー。