家出少年
「ここから王都まで結構遠いし、シャムス1人で平気か?」
スラムやスラム付近には輩や飢えた浮浪者が多くいる。
そんな場所を王子様一人で歩かせるわけにはいかない。スラムから比較的安全な地域に出るまで俺は見送った。
「俺は体術も学んでいたんだ、襲い掛かる馬鹿がいたら返り討ちにしてやるよ」
「……本当に?」
「少なくともハジメよりは強い」
フッと笑われて、思わず顔を顰めてしまうがシャムスの言う通りではある。俺はシャムス、いやこの世界の人間と比べれば何もかもが貧弱すぎる。
渋々納得した俺をシャムスはいきなり抱きしめた。太陽のような香りに包まれる。
「…昨日、俺がアンタに言ったことを覚えているか?」
「昨日…?」
「アンタをアネストンに連れ帰りたいって話だ」
『俺は神子じゃなくて、ハジメを持ち去りたい』
余裕のない声色でそう囁かれたことを思い出し、一気に顔が熱くなる。俺はそれは、その…と歯切れの悪い返事をすることしかできない。
俺は鈍くない方だ。だから、シャムスの気持ちは嫌というほどわかった。
「っ、お前が俺みたいな得体の知れない男…男娼を連れて帰れば大批判されるんじゃないのか?そもそも、王子なんだから俺なんかよりもっといい人が沢山いるはずだ」
俺の無神経な発言にシャムスは顔を少し歪めた。
その顔を見てズキリと胸が痛んだが、俺の言ったことは正しいだろう。異世界人の男娼が王子様と一夜を過ごしていること自体おかしい。
シャムスはそっと俺の頬に手を添えた。
「他のやつに興味なんてない。出会ったときから俺はハジメに惹かれていたんだ」
「…シャムス、お前は初めての相手が俺だからそう思うだけで」
「違う、あれから俺は他の女や男を抱こうとした」
ーーーでも、抱けなかった。
くしゃりと顔を切なげに歪め、シャムスはまた俺を抱きしめた。先程よりもずっと強い腕の力に俺は何も出来なかった。
「夢にまで見るほど俺は、アンタが恋しくて仕方ない。アンタしか欲しくない」
「…俺の存在が珍しくて勘違いしてるだけだ」
「強情だな…俺はハジメのせいで臣下には不能だと思われているんだぞ」
俺は吃驚して言葉を失った。
昨夜あんな激しく俺を求めてきたこの男が不能なわけがない。でも、そこまで言われてしまうと俺はシャムスの気持ちが本当なのだと信じるしかなかった。
「気持ちは嬉しい、でも俺は…」
「わかってる、ハジメが俺のことを好きじゃないことくらい」
「シャムスは好きだぞ、その…お前と同じ好きではないけど。俺は恋愛する余裕がないんだ」
シャムスはぎこちない笑みを浮かべる俺を見て溜息を吐いた。
「王子としての権力を使いたくなるな…アンタを見てると」
「権力?なんだそれ」
「俺は王子だから男1人くらい連れ去って、国に囲い込むことくらい余裕だ」
まあ、ハジメは嫌がりそうだからしない。
そう言ってシャムスは俺の唇に口づけを落とした。
「そんな行動しなくてもハジメに惚れてもらえるように頑張る」
また今度会いにくる、シャムスは悪戯そうに笑い帰っていった。
俺はボーッと背中が見えなくなるまで見送り、小さく溜息を吐いた。この世界に来てどうやらモテ期が来ているようだ。
シャムスにここまではっきり思いを伝えられるとは思わなかったし、好かれていたとしても向こうの立場を考えたら何も言われないと思っていたのだ。
「……恋愛、か」
ポツリと小さく呟いた声は閑散とした街に消えていった。
*
今日、俺は買い出しに出ていた。
シャムスが王宮に帰ってから、何も考えたくなくて馬車馬の如く客を取り働いた。休みなく働いたから身体が色んな意味で辛い。
三連休を取ることを決め、その期間の食料や生活用品を買いに来ていた。
紙袋を抱えてノロノロ歩いていると、いきなり人にぶつかった。
「おい、テメェどこ見て歩いてやがる」
「痛ぇ〜!肩外れたわ」
「こりゃ病院代貰っとかねぇと」
白々しく肩を押さえながら男が悲鳴をあげ、隣の男が大袈裟に心配そうな顔をする。さっき俺がぶつかったのかと思ったが、こいつらが俺にぶつかってきたのだろう。
面倒くさいことになった、そう思いながら腕の中にある紙袋を守るように抱きしめた。
返事をせずに黙っていると、隣の男が俺の肩を強く押した。荷物を持っているからか上手くバランスが取れず、後ろに転けそうになり目をぎゅっと瞑る。
痛みはやってこず、代わりに柔らかい感触に包まれた。
「お前ら何してんだよ!」
「あぁ?何だお前」
「この人を虐めるな!」
背後を振り向くと、深くフードを被った少年がいた。少年は俺を庇うように前に出ていくと、男の頬をいきなり殴りつけた。信じられないことに男は吹っ飛んでそのまま意識を失ってしまった。
まさかの展開に俺は唖然と少年の後ろ姿を見つめることしかできない。少年は華麗な動き…ではなく、男らしく拳を振るい男たちをのしていく。
肩が外れたと宣っていた男はボロボロになりながらも、連れの男を引きずり帰っていった。
「ハジメさん大丈夫?」
振り向いた少年の顔を見て俺はまた吃驚してしまう。
「神子…?」
黒髪に黒い瞳、可愛らしい顔立ちの少年。ナギサがそこに立っていた。
俺の言葉を聞いて神子は不服そうに頬を膨らませ、口を尖らせた。
「オレは神子じゃなくてナギサって名前があるんだ!ハジメさんにはナギサって呼んでほしいよ」
「な、ナギサくん…どうしてここに」
「ハジメさんに会いたくて城抜けてきた!」
めっちゃ探したんだ!そう言って、神子は俺に抱きついた。俺の胴を締め付ける腕に小さい体の割に力が強いな、なんて思ったがそんなこと思ってる場合じゃない。
こんなこと王様にバレたらどうなるか、あの時蹴られた時の痛みが蘇る。冷たい汗が背中を伝うのを感じ、俺は慌てて体を引き離そうともがく。
「ナギサくん、ここにいたら怒られるだろ?早く城に戻ろう」
「嫌だ!帰りたくない!」
「そんな…っ、とりあえず離れてくれ」
「いーやーだ!」
抱きつく力がより強まったのを感じ、俺は引き剥がすのを諦めた。そんな俺に気づいたのか、神子は顔を上げて悪戯そうに笑った。
「…ここじゃ目立つ。場所を変えて話そう」
「うん!オレもハジメさんと話したい」
キラキラした目を向けられて、俺は小さく溜息を吐いた。
「…喧嘩?」
「だって、ユージンはハジメさんに酷いとこしたのに謝る気ないんだ!謝らずに悪口も言って…それって最低じゃん!」
そう言いながら神子はジュースを飲んだ。
神子と来たのは静かで人のいない喫茶店だ。神子の大きな声が響き渡っているが幸い客がいないから大丈夫だろう。
なぜここに来たのか尋ねれば、どうやらあの国王と喧嘩をして城から飛び出してきたらしい。
「あの人はああいう人なんだろう…俺はもう気にしていない。それより王宮も大騒ぎだろうし、早く帰ったほうが…」
「何で?ハジメさんは何も悪いことしてないのに殴られてた、絶対ユージンは謝るべきなんだ」
さっきから何度も帰ることを勧めているが、ことごとく無視されている。そこだけ聞こえていないのか、答えたくないのかわからないが余程帰りたくないのだろう。
何度目かのため息を吐いて、俺はコーヒーに口をつけた。
「…俺は別に謝ってほしいなんて思っていない。もう関わりたくないだけで」
正直な気持ちを伝えると、神子は顔を悲しげに歪めた。その顔を見て俺の良心がズキリと痛んだが、ここははっきり言わないといけない。
「…ハジメさんはオレのこと嫌い?」
「いや、嫌いってわけじゃ…」
「っ、オレはハジメさんと仲良くなりたい!」
神子は俺の手を掴み、真剣な面持ちでそう言った。
緊張しているのか、感情が昂っているのか少し汗ばんだ掌は小さく震えていた。この子がどうしてこんなに俺のことを慕ってくれているのか全く理解できない。
振り解きたくなるが、必死に此方を見てくる顔は子犬のようでそんなこと出来なかった。
「もっとハジメさんのこと知りたいし、オレのことも知ってほしい…」
「…………」
「同じ世界から来た人がハジメさんでオレ、本当に嬉しいんだ」
神子はそう言いながら掴んだ俺の手に頬擦りした。柔らかい子供の肌を感じながら、俺は今までにないほど戸惑っていた。
俺は子供に懐かれたことが今まで一度もない。ましてやこんな距離の近い少年になんて出会ったことがない。
「ハジメさんは知りたいことある?オレはね…」
年齢、出身地を聞いてくる神子に俺は内心ため息を吐き、さりげなく手を解いた。神子は柔らかい頬をピンクに染めながら楽しげに笑っている。
どうしてこんなことに…そう思ってもどうしようもない。
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