アラサー、子犬を拾う。
カフェの後、ナギサくんは城に帰る様子は全くなく、俺は渋々神子を家に連れ帰った。
「ここがハジメさんの家かー…」
「適当に座っててくれるか?」
そう言うと、ナギサくんはソファに腰を下ろした。何が面白いのかわからないが、神子はキョロキョロと興味津々な様子で部屋を見渡している。目を輝かせて見るほどの物なんて俺の部屋には何もない。
お茶でも淹れようか、そう思っていると地響きのような音が聞こえた。
「……ナギサくん、腹減ったのか」
「う…っ、朝ごはん食べてそれからは何も食べてない」
お腹が鳴ったことが恥ずかしかったのか顔を赤らめている。その姿が可愛らしく見えて、俺は小さく吹き出した。
「はは…っ、ちょっと早いけど夕ご飯食べる?ナギサくんがいつも食べてるものより味は劣ると思うけど」
「た、食べる!ハジメさんのご飯食べたい!」
「今から作るから出来上がるまで待っててくれ」
ナギサくんの必死な顔を見て、犬の尻尾が見えるような気がした。食べたい!と目と顔、全身で伝えてくる様子に俺はまた笑ってしまう。つい頭を撫でてしまったのは仕方ない。
ナギサくんは吃驚したのか、ぽかんと口を開けて俺を見た。嫌だったか?そう思って柔らかい髪から手を離そうとすると、がっしり手を掴まれた。
すると、掴んだ俺の手に頭を自ら擦り付けてきた。
「ハジメさん…もっと撫でて!」
「いいけど、ご飯はいいのか?」
「ご飯も食べたいけど、もうちょっとだけ…」
頬を赤らめながら、うるうるした目で見つめられると俺に拒否権はなかった。髪を梳くように撫でてやると、ナギサくんは溶けたようにふにゃふにゃの笑みを浮かべた。
そりゃあ国王は惚れちゃうよな、そう思ってしまうほどナギサくんは可愛らしい。
暫くそうしてから、俺は台所に向かった。
*
「オムライスとハンバーグだ…!」
半熟トロトロのたんぽぽオムライスとハンバーグ、野菜スープを並べるとナギサくんは目を輝かせた。オムライスだけでは味気ない気がして、ハンバーグを作ったが喜んでくれたみたいだ。
「っ、うまーい!ハジメさんって天才!?」
「こんなの前の世界の人だったらみんな作れるよ」
「そんなことない、ハジメさんのが1番美味しい!」
うまいと何度も言いながらナギサくんはガツガツ食べていく。そんな大袈裟な反応でも嬉しくなってしまう。
俺に弟がいたらこんな感じなのだろうか、そう思ってしまうほど俺は神子に絆されてきていた。気に食わないとずっと思っていたけど、実際話してみると本当にいい子なのだ。
時折ソースで汚れた口周りを拭いてあげながら、俺たちの夕食は終わった。
デザートがわりに昔客からもらった桃のジュースのようなものをナギサくんに出した。俺はコーヒーを飲みながらのんびり寛ぐ。
「…今日、街に出てよかった」
隣からポツリとそう呟いた声が聞こえて、其方に顔を向ける。
「王都だけじゃなくて、普通の街もスラムも見ることができた」
顔を俯かせてそう言ったナギサくんの顔はどこか暗く感じた。日本で生活してきた自分達からすればありえないような光景だっだろう。俺はもう慣れてしまっているけど、ショックを受けたんじゃないだろうか。
「小さい子供とかもいて…ちょっと、昔を思い出したよ」
「昔?」
「オレ、小さい頃に親に捨てられて…その時の…養護施設に入る前のオレみたいだなって」
吃驚して俺は言葉が出なかった。
親に捨てられた、なんてそんなことをナギサくんの口から聞くなんて思ってもいなかった。ナギサくんは両親に愛されて育ってきたように見える。孤児には全く見えなかった。
ナギサくんは、ぎこちない笑みを浮かべながら口を開いた。
「でも、オレは施設に入ってからは幸せだったから全然平気!あ…こんな話いきなりしちゃってごめんなさい」
「いや、大変だったんだな…俺こそこんなことしか言えなくてごめん」
「なんでハジメさんが謝るんだよ!」
可愛らしく笑う姿からそんな過去があったなんて想像もできない。
「ずっとご飯も食べれなくて、痩せて、ボロボロの服着てさ…スラムには昔のオレみたいな子が沢山いるんだな」
「ナギサくん…」
「あんな場所があるのに放置してさ、ユージンは最低だよ」
最低なのは同感だな、俺は思わず頷いてしまった。
それにしても、ご飯も食べれないなんてナギサくんはどんな生活をしてきたんだろうか。何を言えばいいのかわからなくて俺はそっと頭を撫でた。
暗い色を浮かべていたナギサくんは、戸惑った顔をして頬を赤く染めふにゃりと笑った。
「…ハジメさんって本当に兄ちゃんって感じがする!」
「兄ちゃん…俺が?」
「うん!兄ちゃん!」
へへっと照れたように笑われて、俺は首を傾げた。
お兄ちゃんにしては年が離れ過ぎているような気がする。さすがに父親と言われないだけマシだった。
「施設にいたときに仲良くしてくれた兄ちゃんがいて、その人にハジメさんが似てるんだよなぁ」
「…年上の男は大体そう見えるんじゃないか?」
「違うよ!兄ちゃんは我儘でうるさい俺にも優しくしてくれて、ハジメさんみたいによく頭を撫でてくれたんだ」
そんなナギサくんに優しくした覚えはないが、その兄ちゃんと似てると言われると嬉しく思えた。甘えるように俺の肩に頭を預けてきて、俺はまた頭を撫でてあげた。
すると、ナギサくんはプルプル震えながらぎゅっと俺に抱きついた。思わず引き剥がそうとしたが、肩口がじんわり温かくなるのを感じ、引き剥がすのはやめて腕をそのまま背中に回した。
「ここの世界の人はみんな優しいし、うまいご飯も食べれて毎日楽しかった。元の世界に戻りたいなんて思ってなかったけど、ハジメさんに会うと戻りたくなっちゃった」
「…それはそうだ。戻れるなら戻りたいよな」
「国を助けるとか、何すればいいかもわからないし…っ、外にも出れないし、何で…何でオレが神子なんだろう…っ」
ずっと神子が羨ましいとそう思っていた。しかし、いきなり異世界に飛ばされ、特別な力を手に入れ、国を救えと言われたかと思えばずっと城に閉じ込められる…そんな生活が本当に羨ましいのだろうか。遊びたい盛りの高校生だったナギサくんからすれば嫌になるに違いない。
少なくとも日本ではここより伸び伸びと生活していた筈だ。それに、こんな子供に国の将来を担わせるなんてどうかしている。俺も辛い思いをしてきたが、この子はまた違う辛さを味わっていたのかもしれない。
「はぁ…帰らせるつもりだったのにな」
「っ、ハジメさん?」
「ナギサくん、暫くここに住む?狭いし不便なことが多いけど、閉じ込められるよりはマシだろう」
「いいの?っ、ありがとう、ハジメさん!」
すぐに城に帰らせるつもりだった。俺は神子を一時期憎むほど嫌いだったのだから。
でも、俺はこんな家出少年をほったらかしにできるほど冷酷じゃない。神子を家に囲ってることがバレたらどうなるかなんて想像もしたくない。
獄刑か、もしくはあのクズ国王に今度こそ殺されるかもしれない。それでも、この少年が息抜きできればいいと思ってしまった。
全ては哀れな高校生に同情してしまった俺と、明るくて可愛らしいその高校生が悪いのだ。
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