輝く星
腐ったような臭いと、ゴミが散乱した貧民街。
ユーダス国との戦争で負け、経済は著しく下がりここの街の人口も増えた。この国にはユーダスの軍人や人で溢れかえり、僕らの人権はないものとされ平気で犯罪が起きている。
今だって数人の軍人が元貴族であろう女を路地裏に引き摺り込んでいた。
悲鳴が聞こえて、少し笑ってしまう。
こんなことは戦争が起きる前からここでは日常茶飯事だ。ただ、人権を犯すのが貴族からユーダスの人に変わっただけのこと。
ボーッと道端に座りながら行き交う人を見つめる。
そうやって数時間が経って、日が傾き始めた頃、綺麗なピカピカな靴先が見えた。
顔を上げれば綺麗な顔をした軍人さんが僕を見下ろしている。
「ーーいくらだ?」
いくらでお前を買える、そう低い落ち着いた声が耳に入ってくる。
僕は微笑んで軍人さんの手を掴んだ。
「あったかいご飯とお風呂に入りたい」
「そんなことでいいのか、金は?」
必要ない、僕は笑った。
軍人さんは頷いて掴んでいた僕の手を逆に掴み直し、引き上げられる。
少しよろけながら軍人さんについて歩く。
長い脚をしているのに軍人さんは歩くのが遅い。いや、僕に合わせてくれているんだ。
いまだに掴まれた手は暖かくて、今回は当たりかもしれないな、僕は笑みを浮かべながら思った。
気分が良くて鼻歌を歌えば、軍人さんはちらっと僕を見た。
気に障ったのかな、と少し不安になったけど軍人さんは優しく頭を撫でてくれた。
今日はツイている。
こんなに綺麗な軍人さんに買ってもらえた。
温かいご飯が食べれるし、温かいお風呂にも入ることができる。
おまけに軍人さんは優しそうだ。
こんなにいい日は当分無い。
また明日になれば暗い日常に戻る。
この幸せを堪能しとかなければ。
空を見上げれば、無数の星が輝いている。
ーーーああ、こんな幸せなことはない。
*
あの日から軍人さん、セダル様はずっと僕を買ってくれている。
もう1週間は経っていて、ユーダス国の軍艦のセダル様専用の部屋でゴロゴロ過ごしていた。食べ物もくれるし、お風呂も入れるし、不満はないからなにも言わずに居続けている。
セダル様に飽きられたらそれで終わりなんだろう。
「ーーーセダル様」
「…どうした?」
「つうしん?がきてる」
暗闇の中で青く光るそれはつうしんが来ていることを知らせている。その機械は魔法でいろんな人とどこでいても話せる優れものなのだそうだ。
セダル様は不機嫌そうに起き上がり機械を操作する。
聞こえてきたのは女の人の声だった。
僕がセダル様に買われてから毎日その女の人から連絡が来ていた。聞いてみれば、奥さんらしい。
でも、セダル様はあまり奥さんを好きじゃないみたいだけど。
会話が終わるまで暇な僕は、シーツに手を擦り付けたりしていた。質のいいシーツは素肌に張り付いて気持ちがいい。毎回セックスが終わると、僕はこのシーツが欲しいなって思ってしまう。
裸でいると余計に質の良さがわかってしまうから。
つうしんが終わったのか、セダル様はベッドに戻ってきた。顔はいつも通り少し疲れている。
僕を抱きしめてくる腕に身を委ねて、口を開いた。
「セダル様は奥さんが嫌いなの?」
「嫌いじゃないさ。ただ…政略結婚だからな、恋愛感情がないだけだ」
「政略結婚…」
「子供さえできればそれでいいんだ、お互い」
セダル様は苦笑いを浮かべながら言った。
「でも、奥さんはセダル様を好きなんじゃない?」
「どうして?」
「かっこいいから。女はみんなかっこいい人が好きだもん」
「ははっ!そうか、俺はかっこいいか」
「うん、すごくね」
頭を撫でられて、優しく口づけられた。
「サナはかっこいい俺が好きか?」
「うん。優しいし、かっこいいし…セダル様が許してくれるなら一生飼われていたい」
「……なら、ユーダスにくるか?」
灰色の瞳が僕を見つめている。
ここには未練はないし、一生この生活が続くならそれでいい。だけど…
「…奥さんは?僕は一緒に住めないでしょう」
「使用人としてでも雇ってやるさ。それが嫌なら部屋を借りて住めばいい」
「本当に、いいの?」
「ああ」
頷くセダル様に思わず抱きついてしまう。
まさか、こんな幸せへの道を見つけてしまうなんて!
嬉しくて嬉しくてたまらなくなる。
いつか見た貴族は下に堕ちたけど、僕は上に上がれるかもしれない。
ごはんも、お風呂も、ベッドもちゃんとある生活ができる。
ーーただ、幸せに舞い上がっていた。だから、僕を見るセダル様の瞳に映る怪しい光には気づかなかった。
輝く星は簡単に手に掴むことはできない。
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