01
日本海が眺められる海岸を歩く。肌を鋭く刺すようなツンとした空気に息が震えた。
片足を引きずる音は静かな早朝にはよく響いた。少しでも体力をつけるためには歩かなければいけない。
暫く歩いてから、海沿いにある古いアパートにある自宅に帰るため道を引き返す。アパートにつくと、階段に男が座っているのが見えた。
見覚えのある高級そうなスーツに、懐かしい煙草の匂い。じんわり汗が滲み、心臓が速く鼓動を刻む。
「ーー久しぶりだな、静」
「なん、で…」
「お前を迎えにきた」
片方の口角だけあげて男は笑った。
その懐かしい顔を見て、昔の記憶がふと蘇った。
*
昔、俺はホストクラブで働いていた。ホストクラブと言ってもかなり高級なクラブで、女性客ももちろん多いけど男性客も来るようなお店だった。
俺は接客をするホストだったけど、顔が地味だからヘルプとして席に着いたり、料理や酒を用意するこどが主だった。
そんなある日、この店で俺はある人と出会った。
「なあ、シズカ頼みたいことがある。その、VIPルームの客の相手しててくれないか?」
「いいけど、どうしたんだ?」
「実はオーナーの知り合いが来てるんだけど、俺は先に麻美子さんの席に行かないといけないんだ」
俺が来るまで頼むよ、No.1ホストの流星がそう言った。麻美子さんは流星の太客でほったらかしにはできないようだ。
断る理由もなく、俺はうなずいた。
「はじめまして、静と申します。流星が来るまでお相手させていただきます」
「…あぁ」
「…っ」
男の顔を見て一瞬息が止まった。
艶やかな黒髪を後ろに撫で付けた髪型で、ハッとするほど整った顔立ち。美形だけど、野性味溢れていて男らしさが出ている。そして、がっしりとしているが均等の取れた体。
こんな人いるんだな…俺はそう思って感動した。見惚れていると、何故か男も俺をじっと見つめていた。数秒見つめ合ってから、俺は視線を逸らした。
「も、申し訳ありません…じっと見てしまって」
「いや、気にしてねぇよ。適当に酒を作ってくれ」
「畏まりました」
そこから、流星が帰って来るまで少しづつ男と話した。男の名前は工藤 泰彦(くどう やすひこ)さんと言うらしい。
工藤さんの低い声と落ち着いた話し方に、俺はすごくリラックスして素を出していた。ゆったりとした空気が心地よかった。
流星が帰ってきて、オーナーも参加すると俺は空気を読み部屋を退出した。残念に思ってしまうのは工藤さんが気になるからだろうか。
「ーーよぉ、静」
「こんばんは、工藤さん」
あれから工藤さんはよく店に来るようになった。オーナーが誘っているのかと思えば、どうやら自分から来てくれているらしい。不思議なことに指名は毎回俺だ。
「1番高い酒を入れてくれ」
「あの、いいんですか?毎回そんな頼まなくても…」
「お前の売り上げに貢献してぇんだよ、だからじゃんじゃん入れろ」
俺は申し訳なく思いながらも、ボーイを呼んで酒を注文した。俺なんかのために工藤さんは高い酒を入れてくれる。
そんなに客はいないのに、工藤さんのおかげでいつのまにか売り上げトップ3に入っている。ありがたいけど申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「…静、この後アフターどうだ?」
「工藤さん…」
「もっと金を積むから…いいだろ」
肩を抱き寄せられて、ふんわりと工藤さんの匂いがした。最近はこうやって誘われることが多い。
食事だけならアフターに行きたい。俺だって工藤さんが嫌いなわけじゃない、むしろ尊敬している。
「っ、ちょっと…工藤さ、ん」
「ダメか…?」
太腿をツーっと指先でなぞりながら、耳元で囁かれる。普通に誘われたならアフターに行っていた、だけどきっと工藤さんは俺とそういうことがしたいんだろう。
客と体を重ねるホストは沢山いる。でも、工藤さんは男で俺も男だ。俺はノーマルで女が好きだ。だから工藤さんとはアフターには行けない。
ーー行けない、のに…。
「静、俺はお前ともっと一緒にいてぇんだよ…わかるだろ?」
「っ、そんな…でも…」
「なぁ、静…」
うっとりとするような声で甘く囁くようにそう言った。至近距離で工藤さんの美しく鋭い瞳にじっと見つめられると体が熱くなってしまう。
ーーだめ、だめなのに…
「わか、りました…行きます」
俺はそう言ってしまった。
今思えば、最初に会ったときから俺は工藤さんに惹かれていたんだろう。
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