ようこそ楽園へ



緊張した面持ちで皆の前に立って、自分に自信
が無さそうに震えながらも、最後までしっかり
と挨拶を済ませたその女子生徒と白布は、ふと
目が合った。


『牧野美月です。皆さんの足手纏いにならない
よう、頑張りますのでよろしくお願いします。』


確か自分と同じクラス。一応面識があるのだが、
印象は遥かに薄い。
入学してからまだ、白布は女子の顔を完全には
覚えていなかった。


彼女も白布の存在に気が付くと、自分の知った
顔を見て安心したのか、緊張がほんの少しだけ
和らいだ気がして、目を細める。


同じクラスの奴なんて他にもいるはずなのに、
その目にどう反応を見せるのか分からない
彼は、咄嗟に目を逸らしてしまい、それが誰に
向けられたのかも分からない先輩達は、ぽつり
と一言、可愛いと溢れた声も聞こえてきた。


まだその感想にはピンとこない白布は、他の目
の前にいた女子達の挨拶も耳にぼんやりと入れ
ていた。


『白布君もバレー部だったんだね。』


「昨日はどうも。」


ふんわりと自分に笑いかけてくれたその笑顔で、
まだ本格的な練習が始まっていない翌朝、白布
は気がついた。美月は隣の席だったのだ。


『やっぱり、知ってる人がいると安心するね。』


あの視線は自分に向けられたものだったのか。
確かに、ちょっと子犬みたいな所はあるな。
と昨日の先輩たちの感想を思い出し、冷静に
分析しながら、小さくよろしくと一応彼女には
挨拶を返す。


美月は嬉しそうにすると、そのまま友人に呼ば
れて席を外し、自然と白布は彼女を目で追って
いるのだった。


美月は白鳥沢中学校出身で、それを白布が知る
のはしばらく経ってからの事だった。
そして、中学校からここへエスカレーター式で
入学し、今年からバレー部でもマネージャーを
募集した事を聞きつけて、一からバレーを勉強
して入ったのだと彼女は言う。


『牛島先輩のあの時の試合を見たら、ここで
頑張りたいなって思っちゃって。』


「牧野もあの試合、見たんだ。」


それは白布と美月からすれば偶然の出来事で、
隣でふときっかけが同じ試合だと知った彼は
これを機に彼女と打ち解け合い、一気に距離感
は近くなっていった。


そこから、1ヶ月、半年、そして冬になり次の
春高の出場が自分達の学校だと決まった頃には、
鷲匠の厳しい叱責や過酷な仕事量に耐えきれず、
自分の所属する部のマネージャーは牧野美月のみ
となっていた。


『賢二郎、ここ分かるかな?』


「ああ、そこなら…。」


『ありがとう、賢二郎のお陰で助かります。』


時が経つにつれ、互いの呼び方も変わっていき、
悩みを相談してくれたり、時にはテスト対策に
勉強も一緒にしてみたり、2人は気を許す相手と
なっていた。


白布は段々と美月を大切にしたい存在だと認識
をしていて、逆に少し鈍感な彼女を意識させ、
彼の中の予定では告白も成功させて、このまま
順調にお付き合いもしてと、彼は文武両道で
青春を謳歌できると思っていた。


そう、彼はその予定のはずだった。


「美月、シャーペン落ちてた。」


『ありがとう…ってもう!太一は、そうやって
意地悪しないで普通に返して。』


「お前、ほんといいリアクションするよな。」


同じくチームメイトであるその男は、美月の落と
したペンをひらひらと頭より高く上げて、それ
を一生懸命取ろうと、ぴょんぴょん跳ねている
彼女の反応を面白がる。


わかりやすい程に、気になる女子にちょっかい
をかけて意識させるパターンの邪魔者その一。


あとちょっと!と手を伸ばす彼女の手が届く前
に、じろりと白布の鋭い視線と目が合ってしまった川西は、まずいと察したのか、上げていた
位置を動かして、それに届いた美月は、やった!
と嬉しそうに川西に勝ち誇った顔を見せていた。


『もう太一にノート貸してあげない!』


「はいはい、悪かったって。」


互いに砕けた呼び方に変わっていたのは、白布
だけでは無い。
着々と実力を伸ばしている川西も、美月と段々と
接点が増えていって、川西も彼女をすっかりと
気に入ってしまい、何かと彼女にちょっかいを
かける間柄に。


楽しそうにしている美月を見るのは嫌じゃない
が、あまりにも距離が近すぎるのは悩みもので、
白布が納得いかない様子で、わしゃわしゃと
彼女の頭を撫でる川西に冷たい視線を送って
いたら、また厄介な人物が彼女の前に現れた。


「美月ちゃん、そんなにぴょんぴょん跳ねたら、
パンツ見えちゃうよ?」


『えっ…、てもう!天童先輩、ジャージだから
見えないですって。』


「ププッ、素直に反応しちゃうから可愛いよね。
美月ちゃんは。」


気になるその子にセクハラまがいのちょっかい
をかけだすパターンの邪魔物その二。


鷲匠がいないことをいいことに、さりげなく
美月のお尻をポンと叩いた天童に、白布と川西
が静かな声色で「セクハラは止めてください。」
と声を揃えて指摘すれば、天童は「太一の温度
差!」と先程まで彼女を揶揄っていた川西に指をさす。


『もう、たいしたお尻でも無いですけど。』


口を尖らせて、恥ずかしそうに触れられた部分
を摩る彼女に、「ごめんごめん。」と全く心が
こもってない謝罪をして、彼もまた彼女の反応
がお気に入りなのか、満足そうに口角を上げる。


「お前ら、大人になれよな。」


ポンと美月の肩に手を置いた瞬間、ほんのりと
赤くなるのが、白布の中では1番気に入らない
瞬間。
自分の中で1番厄介だと考える人物もその場に
現れ、白布は自然と顔を顰めていた。


『瀬見先輩。』


「美月、心広すぎだからな。嫌なら嫌って
ちゃんと言うことも大切だぞ?」


美月からすれば頼もしい行動で魅了させようと
するパターンの邪魔者その三。


嬉しくなる表情、面白い仕草、可愛い瞬間と、
白布が美月の魅力に気がつけば気がつくほどに、
周りもじわじわと彼女の良さに気がついていて、
順調だと思っていた学生生活がじわりじわりと
邪魔が入る。


「瀬見さん、美月が困ってます。」


「ホント、英太君だって美月ちゃんにボディ
タッチしてるじゃん!」


「悪い。偉そうに言っておきながら、俺も美月に
馴れ馴れしくし過ぎだよな。」


『そんな事ないです、私は大丈夫です!』


瀬見が無意識に、美月を自分の元に引き寄せて
いたのが気に入らなくて、冷静に注意を入れる
振りをしながら、心の中では馴れ馴れしく彼女
に触れるなと先輩に向かって舌を出す。


「美月、今日は帰りは俺が送るから。」


『賢二郎、いつもありがとう。』


まだ、牛島と会話するのは恐れ多いからと自分
には敵わない相手が、そんな厄介な面子の中に
は入っていない事を救いだと思いながら、白布
は微笑む彼女の肩に項垂れた。


「ほんと、君達は羨ましいくらいに仲良しだね。
美月ちゃん、別に俺の事も下の名前で呼んで
くれたっていいんだよ?」


「まだ美月には、そういうの早いと思います。」


「太一、俺は美月ちゃんに聞いてるんだけど。」





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