ひと夏のご褒美


『お買い上げ、ありがとうございます!』


賑わう人混みの中、色々な店が並ぶ中に混ざり、
彼女も笑顔で袋を渡し、これから絶景を見に
行く客たちを行ってらっしゃいと見届ける。


「ここからだと、見えんかもなぁー。」


『音だけでも聞けたら、十分ですよ。』


花火が上がる前に急いで買いに来ていた客足が
落ち着けば、のんびりと2人は空を見上げ、
美琴が頭を動かせば、北に用意された簪がキラリ
と照明の反射で光って、飾りがゆらりと揺れる。


「さすがやな、よう似合うとるわ。」


いつもと違う雰囲気の美琴に治は魅了され、北の
祖母が誂えた浴衣はやはり遺伝は恐ろしいと
言いたくなる程、色味と柄は彼女にぴったりの
ものだった。


彼女の浴衣姿を見て買った客がいたと言っても
過言ではなく、彼女がそれを着用すれば、日の
出ているうちに北と治が何枚も写真を撮り、
そしてこの花火大会の出店の話を焼肉の時に
彼女から聞いた侑からは、写真を送るよう、
催促のメッセージが届いていた。


そしてどこから聞き付けたのか、角名からも
同じく催促のメッセージが何度もしつこく送ら
れてくるので、面倒になった治はグループで
一括送信をして、騒ぐ輩を黙らせた。


すると、既読がつけばすぐにブーッブーッと
角名からは着信が来て、治は何事かと電話を
取れば、その電話を取ったことをすぐに彼は
後悔をするのだった。


「…何や?」


「ちょっと、何やじゃないでしょ。
何、ちゃっかり職権乱用しちゃってんの?」


「美琴、可愛えやろ?」


「もちろん、可愛いけど。美琴が治の隣にいる
って思うだけで腹が立つ。」


美琴の前では寡黙な先輩を演出する癖に、治の前
となるとクレームが止まらない男、角名倫太郎。


この男を黙らせる事が出来るのは、自分の隣に
いる人物しかいないので、治はこの面倒臭い
やり取りを一刻も早く終わらせる為、ちょお
待ちい。と彼女に電話を代わってもらった。


『治さん、どうされたんです?』


「角名が美琴と話したいて。」


そう言って美琴に自分のスマホを渡して、角名が
「ちょっと聞いてるの!?」と怒りの声を上げた
時、彼女は『先輩、どうしました?』と優しい
声色で角名に問いかけていた。


「…は、美琴?」


『はい、美琴です。』


治の思惑通り、電話越しできっと彼はため息を
吐いているのだろう。
美琴がその音に少し悲しそうな顔を見せるので、
治には彼女の表情で角名の様子は丸わかり。


『話したいて聞いたから、嬉しかったのに。』


「いやいや、美琴の声聞けて俺も嬉しいよ?」


必死に彼は弁解をして、写真を見たけど可愛か
ったよと美琴を沢山褒め、すると彼女も安心する
ように、彼の言葉を聞いて嬉しそうに笑って
いた。


『北さんのおばあちゃん、変わらず凄い
ですよね。』


「うん、本当に。美琴を生で見たくなったよ。」


『私もまた先輩に会いたいです。』


あ、コレあかんやつ。


治は落ち着いた会話から少し甘い空気漂う会話
へと発展しそうになった所で、俺も話しあった
んや!と態とらしく電話を取り上げ、ブチッと
それを強制終了。


電波悪いんかな?と誤魔化し、次にかかって
きた侑の名前を見れば、治は何も言わずに
それを無言で切っていた。


そうしていると花火が始まったのか、パンパン
と空に弾ける音が響いて、治が空を見上げる間
に美琴が笑顔で小さい子供を連れた家族連れの
接客をしていた。


『紙皿とスプーンありますけど、よかったら
一緒にお付けしましょうか?』


「ええんですか、助かります。」


袋にそれらを一緒に入れて渡すと、連れていた
子供と彼女は楽しそうに両手でタッチを交わす
ので、治も合わせてその子供に笑って手を振り、
2人で楽しくその家族連れを見送る。


「紙皿とスプーンのサービスなかなかに好評
やな。」

『皆さん喜ぶからよかったです。小さい子って、
どうしても零すから、必要かなと。』


彼女の提案で、家族連れにサービスで紙皿と
スプーンを提供すれば、なかなかに好評なのか、
それを見かけたと言って買いに来る家族連れの
客も何組か来たので、売上貢献となった彼女の
アイデアに、治は凄く感謝をした。


『やっぱり、子供はおにぎり食べさせちゃい
ますもんね。』


「せやなー、俺らも屋台で食いすぎんように
よう握り飯親から食わされたわ。…でも、
アホみたいに食ったけど。」


『ちょっと、目に浮かんじゃいました。』


昔のエピソードをふと振り返りながら、彼女に
話せば、過去の双子を想像した美琴が楽しそうに
声を出して笑う。


笑う彼女に彼も笑いすぎやと言いながら、一緒
になって笑い、この子と屋台を一緒に回れたら
どれだけ楽しいだろうと、少し楽しい想像を
浮かべながら、彼女の頭をポンと叩いた。


残念ながら本日彼女を連れ回すのは自分の役目
ではない。


「何や、楽しそうやな。」


『北さん!!!』


運搬を手伝ってくれていた北が、用事があると
言って一旦抜け出していたのだが、彼らのいる
場へ戻って来て、楽しそうに会話している2人を
見て、釣られるように笑いながらそう言った。


『用事は済んだんですか?』


美琴がそう言いながら、クーラーボックスから
冷えたペットボトルのお茶を北に差し出せば、
彼は彼女に礼を言って、それを受け取る。


「美琴、せっかくやから北さんと出店見てき、
俺だけで大丈夫そうやし。」


『そんなそんな!私、今クロックスやし
みっともないから、ここにおりますよ。』


本日は立ち仕事の為、足元は隠れるからと下駄
ではなくよく履きなれたサンダルを履いていた
ので、少し草臥れたそれでこの場を歩き回るの
は恥ずかしかったのか、彼女は遠慮して首を横
に振る。


「そう言うと思ったわ。」


北がそう言いながら片手に持つのは、彼が履く
には小さすぎる下駄で、美琴はそれを目にする
と、まさか!と驚いた顔を見せるので、その
表情を北は満足そうに、そうやと答えた。


「美琴、これ履き。」


北の言っていた用事とは、彼女の下駄を準備
する事だったようで、ばっちりとその準備が
済んで、ここに戻ってきたのだった。


「和製シンデレラの完成やな。」


彼女が履けばサイズピッタリのそれを見て、
治も思わずそう言わざる負えなくなる。


そして、申し訳無さそうな顔をする彼女を見て、
遠慮すなと笑いかけた。

「このままやと、美琴は寂しーい夏を過ごしそう
やしな。」

『うぅ…それを言われますと、耳が痛い。』


「あくまで、これはお使いやで?」

彼女はこの夏、イベントがある日のシフトは
バイトの子に彼氏彼女持ちが多いからか、自分
が出ると張り切って、せっかくの最後の学生の休みをバイトで埋めようとしていた。


それを治もありがたいと思うのだが、その反面、
彼女の貴重な時間を少しでも楽しませたいと
考えた治は、北に美琴を連れ出すよう、自分
には出来ない役目だからと前もって彼にお願い
をしていた。


たこ焼きとフランクフルト買うてきて、と治は
言いながら、ポケットに入れた財布を出し、
彼女にお金を渡す。


「俺はあくまで保護者やしな。」


北はそう言って彼女の手を引き、微笑みながら
彼女を連れ出した。


「北さん、9時には戻ってきてくださいよ。」


「シンデレラより早いな。」


北はそう言って笑いながら、治は頼んますと
言いながら、綺麗な姿を身に纏う彼女を少し
名残惜しく思いながら、見送る。


「今度はちゃんとデートしような。」


この声が美琴には届かないはずなのだが、1回
彼女は治の方を振り返り、微笑んでこくんと
頷く。


ああ、そうゆうとこ。やっぱり好きや。


治はゆらりと揺れる簪を再び見ながら、優しく
彼女に笑みを返した。


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