「で、何でお前は早速翌日に来んねん!」
いつものお馴染み、閉店間際に治の怒声が
店に響き、昨日大量注文をした侑が本日は
時間が出来たからといって店に来るので、
治はもう作らん!と怒って侑を追い出そう
とする。
「美琴不足なだけやから、見逃せや!」
侑がそうやって治に叫び出す10分前。
丁度、暖簾を片付けようと彼女が顔を出した
所に美琴やー、と侑が彼女を見たらすぐに
抱きついて、大柄の男に不意に抱きつかれて
身動きが取れない彼女は、誰かわからないまま
恐怖を感じ、半泣きで治に助けを求めた。
「クソツム、美琴が困っとるからはよ離せ。」
「いーやーやっ!お前は来年から毎日会うん
やからええやん。ちょっとくらい譲れや!」
「お前にバレたら面倒臭いから黙っとったのに。」
『んー。いつになったら終わるんやろ。』
そして、侑の嘆きから10分経った。
その声から抱きつく犯人が誰かわかった途端、
諦め気味の美琴は2人にされるがまま取り合い
の渦中で、侑の胸板に頬を押し付けられ、息苦し
さを感じているのか、困った顔を見せる。
どうしてこの双子は昔から、自分を取り合って
いるのだろうか。
『侑さん、ちょっと恥ずかしいから離して
欲しいです。』
「ほんなら、もうちょいドキドキさせたる。」
侑に自分を離すよう促せば、まさかの耳元で
囁かれ、その声に背筋がぞくぞくっとして、
治の機嫌が更に悪くなるだけの行為になって
しまい、自体は悪化するのみ。
そんなに自分を揶揄って楽しみたいのだろう。
高校時代から彼等に近寄るが恋が成就しない
綺麗な女子達を見届けていたせいなのか、自分
のこの状況をおもちゃの取り合いみたいなもの
だと思い、どこか冷静になるのはこのやり取り
をもう何度も経験しているから。
このままやと拉致があかんわ。
北が卒業してからは、この2人を止めるのも
彼女の役目だったので、慣れたように自分の
指を伸ばして、それぞれの額を目掛け、パチン
と一応先輩なので、小さく謝りながら指で弾く。
『そろそろ近所迷惑になるから、そこまでです!』
久しぶりに彼女にデコピンをされて喧嘩を
止められた2人は、面食らった様子で額を
押さえ、変わらぬ態度の美琴に声を出して
笑っていた。
「どうやら、俺らの負けやな。」
「相変わらず、痛可愛いわー。」
「いやお前、それはどんな表現やねん。」
治の謎の感想を侑が顔を顰めながら突っ込み、
美琴仲直りならOKです!と納得して笑って、
別の作へと戻ろうとする。
『あ、そうでした。今日ほんまに見事に完売
なんですよね。』
「ほれ聞いたか。せやから、お前の食う飯はない。」
「んー、せやったら美琴飯行こ。侑さんが、
美琴の就職祝いに奢ったるから。」
「美琴聞いた?コイツに寿司か焼肉奢らせようや。」
「いや、お前に奢るわけないやろ。破産するわ!」
『侑さんとご飯は嬉しいですけど、この前
十分ご馳走になったから、今日は払いますよ。』
せっかくなら皆で行きましょうと笑いかけ
られたら彼らも頷くしかなく、侑は座って
彼らの仕事が終わるのを待つと、美琴は冷たい
お茶を侑に差し出した。
「美琴はほんまお気が利くから、ウチのチーム
でも大絶賛やったで?」
『ほんまですか?それは嬉しい。』
「変な虫つけて帰っとらんよな?」
『虫?室内だったからおらんかったような。』
「美琴、その虫とちゃうで。」
彼らの向かった先は治のオススメの焼肉屋
で、網の上に置かれた肉を裏返し中の美琴が
首を傾げれば、治の質問に返す美琴の言葉を
聞いて、侑は手をヒラヒラ振りながら彼女
にそう言い、治は呆れたように目を細めて
笑う。
『ふふっ、侑さん達のおっしゃることは
わからんけど、ブラックジャッカルの皆さん
は優しいから好きですよー。』
「それは嬉しい言葉やけど、アイツらに
誘われても2人で飯行くんは勘弁してや?」
『皆さんは人気者やから、私なんかが
誘われません。侑さんくらいですよ。』
そう言うて、梟谷のセッターに口説かれとん
のに。
呑気に笑っている美琴の横で、治が小さく
溜息を吐けば、彼女は治の皿に焼けていた
最後のホルモンを移すので、そんな彼女の
気遣いは自分だけのもので無いことが、
余計に彼を苦しくさせる。
「美琴、そんなに気配りできるのにな。」
「あー、せやなっ。」
治が言った言葉に皿に移動する肉を横目
で見ながら侑が共感する言葉を吐いて、
彼らはその続きの言葉はどうして鈍感なん
やろ?と言いたいのに、彼女は2人から彼氏
が出来ない事を指摘されていると勘違いをし、
頬を膨らませた。
『もー、2人とも酷いなー。私にも
もしかすればカッコイイ彼氏が見つかる
かもしれんのに。』
いやそうやなくてと2人の否定の言葉を聞かず
に、彼女は嘆きながら、焼けた肉を頬張ろう
と口を開けたのだが、あ、でも…。とふと何か
を考える様にその動きを止め、少し照れた顔で
へらっと笑うと、そのまま2人の方を見た。
『治さんも侑さんもカッコ良すぎて、2人を
超える人言うたら、なかなか出会えそうに
無いですよね。』
そう言って恥ずかしさを誤魔化しながら、彼女
は肉を頬張ると美味しいですね。と2人に微笑み
かけ、突拍子も無い彼女の発言に彼らはぽかんと
口を開けていた。
「…ホンマになんなん?」
「もう、頼むから俺らよりカッコイイやつ
出てくんなや。」
本日彼女はお酒は一滴も飲んでいない。
素面だとわかっているからこそ、彼女の言う
言葉が嘘偽りないことがはっきりとわかる
ので、侑は口元に手を当てて、そして治は
目に手を当て、喜びを噛み締めた。
その後美琴は彼らだけでなく、北さんや
角名先輩もやしと、2人だけではなく他の
人物の名も例題にあげていたのだが、彼ら
の耳にはどうやら届いてはいないようだった。
「お前、ほんま店で手を出すなよ。」
「そっちこそ、出先で手を出すなよ。」
2人共美琴には聞こえない声の大きさで
互いに互いの釘を刺せば、同じタイミング
でビールを一口、グビりと口にする。
そんな中、美琴は楽しそうに焼けた肉を
2人の皿へほいほいと入れていくの
だった。
『結局払う言うておいて、侑さんの
ご馳走になってしもうて、すいません。』
「ええんよ。就職祝い言うたやろ?
サムんとこやと安月給かもしれんし、
美味しいもん今のうちに食わさんと。」
「あ?ウチで良かったて満足させたるわ。」
支払いは侑が済ませていたが、お前のご馳走
になってたまるかと、札を突きつけて、侑は
貸しを作ろうとしたいのか、それを拒絶する。
『あ、喧嘩するなら私もお支払いします!』
このままだとまた取っ組み合いされたら困る
ので、美琴が財布を取り出せば、2人の動きは
ピタリと止まり、有難く受け取るわと治からは
お金を受け取るので、彼女は安心して笑った。
「美琴ちゃんが怒るから仲良うせんとな?」
「そーやな、ツム。」
「美琴」と2人それぞれが片方の彼女の手を
繋げば満足そうに彼女に微笑み、そのまま
家路へと歩き出す。
さすがにこの状況は素面には恥ずかしい
のか、顔を真っ赤にさせて、でも手は繋がれ
ているので、この表情を隠せない。
『2人とも意地悪しとるでしょ!?』
「んー、してへんよー?」
「仲良う帰ろうな?」
大人になっても、好きな子を揶揄いたくなる
のは、年齢問わず同じなのだろうか。
彼女の表情を2人は楽しみながら、可愛いと
言う本音を混ぜながら、侑は彼女の赤く
なった頬をつついて遊んだ。
「あかん、やっぱり毎日美琴に会えるん腹立つ。」
「お前絶対明日も配達頼むくせに何言うとん?」
「…いや、配達はもうせんで。」
『侑さん、配達て聞いたら一気に顔が
疲れましたね。』