それは突然に

重ねるその左手の皮の厚さに年月の経過を
実感して、よりいっそう愛しいと思う。
指でそれを楽しんでいると、やめてくれと
少し照れ臭そうに言う所は昔から変わらず
で、その表情に思わず笑みが溢れた。

「名前、擽ったいだろう。」

『ごめん、つい遊んじゃうんだよね。
若利、また指の皮が強くなった?』

「自分では変化に気付かないな。」

『そっか。』

「名前の手は柔らかすぎて壊れるんじゃ
ないのか?」

真顔で心配する牛島に手を指でなぞられる
とそれが逆に照れ臭くなる名前は顔が一気
に熱くなり、目を泳がせる。

牛島もまた、その表情を何度見ても飽き
ないと柔らかく微笑んでいた。

同じ中学、高校と過ごしていき、牛島が
プロになると東京に進学就職し、互いに
東京住まいで、遠距離恋愛は見事に回避
出来ていた彼らも、牛島が実力を伸ばし
ていくうちに避けられないものとなる。

『良かった、それじゃあその日は会える
んだね。』

「ああ、確実に予定は組める。」

『ふふっ、それなら尚更楽しみ。』

遠距離になって数ヶ月が過ぎて牛島も
向こうの暮らしに慣れてきた頃、彼から
帰国をするという嬉しい報告に名前は胸を
弾ませていた。

特にその日は牛島との記念日でも何も無い
のだが、せっかくなら何か彼の喜ぶ事を
何でもいいから出来ればと考える。

しかし長年共に過ごしていると、ある程度
の事は楽しんでいて、次になにをするべき
か思い浮かばない彼女はそれに頭を悩ませ
ていた。

「名前ちゃん、やっほー!」

牛島の連絡から数日が経ち、彼女のそんな
悩みを読んでいるかの如く、自称名前達の
恋愛キューピット、天童覚から連絡が来た。

白鳥沢の中では彼が一番名前と牛島の状況
を把握していて、いかにもわざとらしい
挨拶に名前が適当な返信をすると、すぐ
に天童から電話が掛かる。

「どうしたの、そんな浮かない声で。」

『ちょっと、まだ喋っても無いでしょ。』

「そんなの、顔を見なくても分かるさ。
名前ちゃん、分かり易いもん。」

果たして彼は自分を心配しているのか、
それとも揶揄っているのだろうか。

無言でスマホを見つめてそのまま切ろう
かと迷ったが、これも何かの縁なのかも
しれないと、天童に相談しようと決めた。

『若利が喜ぶものってなんだと思う?
マブダチ君。』

「それは、名前ちゃんの方がよく知ってる
…って、なるほど。マンネリって感じ?」

『マンネリって訳では無いんだけど、
たまには人の意見も参考にしようと。』

「そうだねー、ベタなやつでもいいんじゃ
ないかな。例えばサプライズとか?
名前ちゃん、逆にした事ないでしょ?」

『サプライズとは?』

「プレゼントはわ、た、し…的な?」

『何でもない日にして貰って嬉しい?』

「何でもない日にするからビックリする
でしょ?」

最もな言葉に聞こえる天童の提案に返事の
言葉を探していると、向こうはしばらく音
が聞こえないので電波が悪いのだと勘違い
をして、名前の名を何度も呼ぶので、彼女
は素直に返事に困ると彼に伝える。

「大丈夫だって!積極的な名前ちゃんなら
珍しくて若利君も喜ぶと思うよ?」

『いや、それよりも若利が引いちゃう
んじゃないか心配だよ。』

「可愛いリボンを間に合うように頼んで
そっちに送って貰うね?」

『絶妙にそれいらないからね!?』

名前の断りを聞く前に電話は切られ、何故
かその翌日には彼らの後輩がわざわざ自宅
に天童の言っていたものを届けに来て
くれた。

『えっ!?五色君わざわざ持って来て
くれたの!?』

「はい、天童さんに頼まれて…」

『ごめんね、忙しいのに。』

「いや、今日はこっちの予定は済んで暇
だったので問題ないです!急ぎのもの
なんですよね?!」

『うぅ…そうだね。もう…私が彼に弱い
のをいい事に。』

天童の突拍子も無い行動に頭を抱えている
と昔から変わらない、彼女に懐く後輩は
会えて嬉しかったと笑って別れ、いかにも
天童らしい、後輩を巻き込んでのやり方に
何も言えなくなった名前はとりあえず届け
られた物がなんなのか、恐る恐る開けて
みる。

『まさかリボン…ならマシだけど。』

リボンはリボンでも、妙な下着だったら
処分にも困ると険しい表情で包装を解く
と、そこには何故かリボンでも下着でも
ないとあるものが入っていて、どうした
らいいか分からない彼女は、それをじっ
と見つめていた。

『とりあえず、言われた通りにはやって
見るのが手なのかな?』

迎えた当日、空港で待ち合わせをしていた
名前は、その大きな影を見つけてすぐに
胸を弾ませた。

『おかえりなさい!』

「ただいま。」

牛島もすぐに名前の姿を見つけると優しく
微笑み、本当はその場で思い切り彼女を
抱き締めたかったが、人目の気になるその
場では堪え、彼女の手を引くと無意識に
急ぎ足になる。

「どうした、ペースが速かったか?」

『うん、大丈夫だから早く帰ろう。』

牛島らしくない焦った動作に、自分と同様
にこの日を待ち遠しいと思っていた事が
伝わり、また一つ見えなかった彼の一面を
知った名前は嬉しくなった。

自分の家に戻るとすぐに、牛島の大きな
身体に抱きしめられた彼女は、それを
精一杯受け止めて、自分も大好きなその
胸元に顔を埋める。

優しく落とされたキスが心地良く、そこ
でやっと互いの寂しかった気持ちを埋め
合わせて、彼が帰ってきた事を実感する
のだった。

「美味い。」

『よかった。久しぶりに作るから緊張
しちゃったよ。』

「名前の手料理で美味しくないと思った
ことなんて無いが?」

『そう言われると作りがいがあるなあ。』

記念日のディナーは外食せずに、牛島から
のリクエストでシンプルな和食を作り、
作り置きの筑前煮も目を輝かせて口にする
牛島につい口元が緩む。

穏やかな時間は僅かで、その後には何でも
ない日のサプライズと緊張感漂うイベント
が彼女には待ち受けているのだが。

片付けをしながら、ドキドキのその時は
刻一刻と近づいていると、動作がぎこち
ない名前を牛島は不思議に思っていた。

『わ!どうしたの若利?』

「妙に動きが危なっかしい。食器を割り
そうな気がした。」

洗い物を済ませた名前を見守る牛島が、
先手を打って彼女が粗相をする前に食器を
手に取り、食器を吹き上げるのは俺がと
彼女の手に持つお皿も取り上げる。

『あ、ありがとう。』

それはとても有難い行為なのだが、牛島
にスピーディーにお手伝いをされてしまう
とその時間も必然的にすぐにやって来て、
ソファに座る名前は固唾を飲んだ。

「何か隠しているのか?」

『んんっ?!』

「さっきから、動きが不自然過ぎる。」

あまりにも動作が可笑しい名前を見て、
痺れを切らした牛島は、なにか理由がある
のだろうと彼女の顔を伺い、彼にお見通し
だった彼女は目を見開いた。

じっと見つめられるその視線に観念した
名前は、ソファの下に隠してあった天童
からの差し入れのリボン…ではなく何故
かティアラを頭に乗せ、顔を真っ赤に
して、彼女もまた牛島を見つめる。

『何でもない日だけどたまにはこんな
のもどうかなと。』

私を受け取ってくれますか?

その言葉を付け足して、自分でも恥ずか
しい事を言っているのは重々承知の名前
はただひたすら顔が熱く、目を見開いて
固まる牛島を見るのも辛くなる。

「本当に貰っていいのか?」

数十秒経って、やっと口を開いた牛島の
返事は少し嬉しそうで、その反応に彼女
もホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、
彼のポケットからは予想もしなかった
箱が出てきた。

それが開く瞬間、彼女は言葉を詰まらせ
目の前には少し申し訳無さそうにする彼
の表情が目に映る。

「もう一つ欲を言うと、苗字ごと貰って
しまうことになるが…いいのか?」

『えっ?』

名前が答える前に指輪を薬指にはめられ、
目を細める牛島の顔を見ると彼女の目には
涙が浮かんでいた。

『嘘…、若利を驚かそうと…。』

「ああ、先に答えを聞いてしまったから
驚いた。」

『何処が!?顔はビックリしてない!』

「そうか、かなり驚いている。」

笑って抱き寄せる牛島の手は少しだけ震え
ていて、彼の緊張がそこでやっと伝わると
一緒だったと彼の背に手を回す。

「名前、結婚して欲しい。」

『若利…、私…。』

「待たせて悪かった。」

改めて告げられたその言葉に名前は頷き、
そう詫びる牛島の言葉を否定して、彼女
は嬉しいと答えた。

『私を選んでくれて、ありがとう。』

「それは俺の台詞だ。」

愛を誓い合った2人は微笑み合うと唇を
重ね、何でもない日が特別な日へと変わ
っていく。

こんな日も悪くないと考える名前は今度
愛のキューピットへの感謝の気持ちも込め
てパリに報告に行こうと心に決める。

するとどうやら牛島もアドバイスを貰った
らしく、後日その詳しい事情を知った2人
は互いの顔を見合わせた。

「ティアラは早めの皆からのお祝いって
事で!」

『え!?五色君も皆知ってたの!?』

「…俺もそこまでは知らなかった。」


top