気になるあの子

「今日のラッキーアイテムは…。」

『行ってきます!』

毎度お決まりの占いを耳にしながら慌ただ
しく家から飛び出して、本日も梟谷の制服
を身に纏う少女は髪型はバッチリと決めて
校門を潜り、教室では無くお馴染みの体育
館へ向かう。

『急がないと間に合わなくなっちゃう。』

決して運動部のマネージャーという訳では
無く、どちらかといえば全く激しくはない
文化部。

ただ、名前という名の女子生徒は放課後は
自分も部活に出てしまう為、その瞬間を
見れるチャンスは朝だけだった。

「名前、遅い!」

『ごめん、寝坊しちゃって…。』

誰も見ないと分かっていても、その人を
見る時は身だしなみをちゃんとしておき
たくて、セットだけは欠かせない。

本日も体育館の2階を友人と駆け上がって
絶妙なポジションを獲得すると、その練習
風景をしっかりと見届けていた。

『木兎先輩、やっぱり迫力あるなあ。』

苗字名前は、友人に誘われた試合観戦を
きっかけに、木兎光太郎という名の校内で
有名なバレー部選手のプレイの虜になって
いた。

際どい所へ鋭く決めたスパイクに見蕩れ、
これを恋心といったら烏滸がましいと考え
る彼女は、胸踊る気持ちをファン心だと
断言する。

『あ、やば…目が合いそう。』

「何もそこで逃げなくても。」

なのでふとした時に憧れの先輩と目が合う
と、正しい対応が分からない名前はその場
にしゃがみ込んで姿を消し、友人の合図で
再びコートを覗き込むのだった。

「赤葦、俺…ちょっと傷ついたかも。」

「えっ…!?まだ朝なんですけど。」

「モチベーション下がるの早くね!?」

名前の中では意識させないつもりでいた
行動はかえって彼にとって逆効果となり、
この度の朝も姿が消えたとある位置を見て
木兎が切ない目を2階に向け、木葉や小見
はまた始まったと顔を見合わせる 。

「ほら、他にもお前の応援聞こえるん
だから贅沢言うな!」

「あだっ!分かってるけどやっぱり
気になるもんは気になるだろ?」

「彼女は多分、2年生ですね。」

「赤葦知ってんの!?」

「深くは知りません。」

朝になったら時々顔を出してくれていて、
目を輝かせて見ているのに、自分がいざ
見ようとすると姿を見せない女の子。

名前をそう認識していて、彼女の名前すら
まだ知らない木兎は赤葦から情報提供して
貰うこと無く話題を変えられ、今日も彼女
が誰なのか分からないまま、朝の練習を
終えた。

『あれはきっとたまたまだ。』

ここ最近、何度も木兎と視線が重なる気が
したが、あまり自意識過剰になるものでは
ないと自分に言い聞かせ、授業中に浮かぶ
憧れのその人物の笑顔を幻だと、心の中で
何度も唱える。

そして代わりに思い浮かべようとするのは
彼のスパイクを打つ姿で、自分の大好きな
そのフォームを思い出して胸の奥を温めて
いた。

『うん、今日もこれで頑張れそう。』

放課後は、自分の所属する部の教室へと
向かい、その日は友人は用事があるので
名前は1人で歩いていた。

何となく、いつもと違うルートで進んで
みたい気分になって、少し遠回りな気も
するのだが、時間に縛りのないその部は
気ままに行けばいい。

『今日の晩ご飯何かなー。』

ぼんやりと今日の夕飯はなんだろうと考え
ていたのが悪かったのだろうか。
それとも、今朝のニュースで言っていた
ラッキーアイテムを持って来なかったのが
悪かったからだろうか。

特に意味もなく呟いていると、突然上から
降ってきた災難に立ち竦む彼女は、残念な
事にそのまま頭から水を被ってしまった。

「やべっ!!!」

「お前、何やってんだよ!!!」

慌てる聞き慣れた声へ顔を向けると、その
人物は血相を変えて名前の元へとやって
来て、突然自分の羽織っていたジャージを
脱ぎ始めるので、被害者の彼女の方が取り
乱す。

『木兎先輩、早まらないでください!』

「いやいや、緊急事態はそっちだよ!?」

『暑かったから丁度いいです!』

「え!?そのままだと風邪引くって!」

いいから!と顔を真っ赤にした木兎に半ば
強制的にジャージに包まれて、彼の反応で
夏服が大変な事になっていると気がついた
名前は自分の醜態に同じく紅潮する。

『お目汚しをすみません!』

「とんでもない!むしろ目の保養を…じゃ
なくって、こっちがごめん!」

『何で先輩が謝るんですか?』

木兎の説明によると、彼らがロードワーク
を済ませた後に蒸し暑さを吹き飛ばそうと
洗い場で水浴びをし、ホースの付いたそれ
で木兎が仲間にふざけてかけているところ
に手元が狂い、名前に被ってしまったと
彼は言う。

「着替えある!?」

『今日は体育は無くて、文化部なので
着替えとかも持ってないです。』

「あちゃー、じゃあそれ貸すよ!」

『えっ!?申し訳ないです。』

「何言ってんのこっちが悪いんだし。」

『でも木兎先輩が困るじゃないですか。』

「俺は着替えあるから、大丈夫!ってか、
俺の名前知ってるんだね…って待てよ?
どっかで見たような。」

『あっ…その…えっと!?』

「木兎さん、何やってるんですか。…て、
苗字?」

『赤葦君!』

じーっと目を凝らす木兎に名前が戸惑って
いると、赤葦は見知らぬ人を困らせている
と心配をして様子を見にやって来て、その
相手が思わぬ人物で赤葦も目を丸くする。

「赤葦知ってんの?」

「同じクラスで…ほら、よく朝にウチの部
の練習見に来てくれてますよ?」

『あ、赤葦君!!?』

「あー!どうりで…って、え?えっ!!?」

そして思わぬ報告に木兎の身体は一瞬だけ
跳ねて、ずっと気になっていた子との遭遇
に驚く彼は彼女と赤葦を交互に見て、その
後に「知ってたのかよ!」と赤葦を怒り始め
たが、赤葦はそれにも動じていなかった。

僅かに自分の失態に眉を動かすのみ。

「お前、知り合いなら言えよ!」

「クラスメイトなだけで、深くは彼女の事
知りませんし。そうだろ、苗字?」

『あ…うん、会話は少ししかしたことない
けど。』

「ほらね、木兎さんの大ファンって事しか
知らないですし。」

「ほらねじゃねーよ!充分だろ!!!
…て俺の大ファンなの?え、今度は嬉しく
て泣きそう。」

『あの、それよりもこれ…!』

木兎と赤葦の会話はどんどん逸れていき、
木兎は目を輝かせてこちらを見るので、
顔が熱くなる名前は話題を軌道修正する。
すると、赤葦も彼女をじっと見ると考えて
ああそうかと勝手に納得をして口を開く。

「木兎さん、Tシャツも貸してあげないと
結局風邪を引いてしまいますよ?」

「ああそうか、Tシャツもあるからこっち
来て!」

『ええっ!?これ以上お借りするわけには
いかないですよ!』

「苗字、ここは遠慮しなくていいから。
木兎さんの責任だし。」

遠慮を続ける名前に、木兎はいいからと
彼女の手を引いて更衣室まで走り出し、
何故か彼は楽しそうに笑っている。

木兎と2人きりなのは緊張で頭がパニック
になりそうだと半泣きでいると、それを
想定済みの赤葦も彼女について来た。

そして木兎にシャツを渡され、その道中に
バレー部のマネージャー達にも着替える場
を提供され、再び赤葦の一言で思わぬ状況
に至ってしまった。

「木兎さん、彼女にしっかりとお詫びも
するべきなのでは?」

このまま部活にも顔を出さずに名前が帰る
と言ったら、どうせ帰るなら少しだけ見学
すればいいと言われ、それを楽しそうに
便乗する雀田達の押されて、彼女は控えめ
にマネージャー達の横で練習風景を見た。

「名前ちゃん、一生懸命こっち見てる。」

「お前、よそ見ばっかすんなよ!」

「早速馴れ馴れしく名前呼んでますし。」

気になっていたその子は、必死に目で
ボールを追っていて、彼女の身には大き
過ぎるそのシルエットが木兎の胸の奥を
擽るのか、どうしても目がいってしまう。

「よく見たら可愛いし俺に釘付けだし。」

「今のところ、お前が釘付けだけどな。」

木葉の呆れた指摘も耳に入っておらず、
その胸のときめきの理由をまだ知らない
木兎は、シャツの左胸部分をグッと掴ん
でいた。

「わー、わっかりやっすー。」

「はあ、だから黙っておいたのに。」

明日からクラスメイトの事についての質問
攻めを喰らってしまうであろう、後輩は
自分の苦労を労る一息を吐き、同級生達は
突拍子もない行動をとってしまうのでは?
と冷や冷やしながらそれを見守る。

『見学、ありがとうございました。』

「名前ちゃんは俺が送るから!もう
ちょっとだけその姿拝ませて?」

『木兎先輩、ありがとうございます…って
えっ、ええっ!!?』

「ゆっきーは逃げ出さないよう見張って。」

「はーい、任せて。」

『えっ!!?』

すぐに着替える!と勢い良く部室へ飛び
出す彼を見送る彼女には、この後も予測
不明な事が待ち受ける。

「ラッキーアイテムは白いジャージです。」

ふと突然、彼女は明るいアナウンサーの
朝の声を思い出し、胸の奥が熱くなった。





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