ここからが始まり


ボールの叩く音、勢いのある掛け声、テレビの
画面越しとはまた違った迫力に息を飲む一人の
女子生徒は、グッと感動から自分のジャージを
握り締めた。


「なあ、そこに突っ立っとったら通れへんやろ。」


それは、この体育館に訪れる事となった初日。
そして出会いは突然に鋭い視線が降って来て、
予想よりも遥かに厳しい口調のその有名人は
「邪魔や。」とストレートな言葉を初対面の人間
に吐いていた。


『ごめんなさい、迫力に圧倒されました。』


「ぼーっとしとる暇なんか無いやろ。」


『すみません。』


冷たい声に彼女はすぐに頭を下げて、彼女の隣
にいた別の女子生徒は鋭い視線に恐ろしさを
感じていたのか、「初っ端からキツい」と口には
まだ出さないが、表情は引き攣らせていた。


『浮かれとる場合とちゃう、しっかりせんと。』


クラブ紹介で耳にした、マネージャー募集の
知らせ。
自分が次に何かに励むのだとしたら、ここが
良いと考えていた。


両頬をパシッと叩き、靴紐もしっかりと結び
直す。
気持ちを切り替えるその女子生徒、揚尾美琴は
まだ正式にはマネージャーには加入していな
かった。


本当にバレー経験者なのか抜き打ちで試された
その日は、監督や一部部員に呼ばれて本当の
実力を見られる。
人気のあるその役職は20名近くいたはずだが、
その日のうちに半分に絞られていた。


「ほんまに口だけの奴ばっかりやったって
事やな。しょうもな。」


「まさか本当にバレーを今日させられるとは思わな
かったんじゃない?経験あるって言っておけば
何とかなるとでも思ったんでしょ。」


練習が終わり、部室内でも話題になるのは今日
のマネージャー内の抜き打ちテスト。
合間で様子を伺っていた銀島がチームメイトで
ある侑や治に伝えると、侑は興味が無い様子で
冷たい言葉を返し、角名も続けて返す。


すると彼らの会話を聞いていた治も彼らの話を
耳にして、銀島を呼びに行った際に一人の女子
が目に止まった事を思い出す。


「せやけど、一生懸命な子もおったな。」


治が言った一言に、侑はハッと何かに気が付く
と同時にあからさまに嫌そうな顔をして見せて、
治も彼の言い出しそうな事は想定内なのか顔を
歪ませた。


「お前、惚れたとか言い出すなや!?部活に
支障きたす様なことしたら許さんで?!」


「いや、見た時の感想を言うただけやん。
結構上手い子もおったってだけの話や。
そもそも背中しか見えとらんかったから、
顔見とらんし。」


ギャーギャー騒ぎ始める侑を煩そうにしながら
ボタンを止め、それ以上は話は発展する事無く
話は別の話題に変わる。


「あんだけ上手かったから、普通に女バレの
レギュラーでもいけるやろ。」


ただ、気になった点はその一つだけ。
そんな疑問も数分後には今日の夕飯は何か考えて
いたら治の頭の中には消え、またすぐに練習の
時間はやって来る。


その朝、自分達よりも早い時間にやって来た
マネージャー達はその日に一通りの作業内容を
聞かされており、監督達からの厳しい声は既に
飛び交っていた。


「なあ、何で投げるだけやのに上手く出来んの?
やる気無いなら帰れや。」


熱が入れば周りの口調もどうしても強くなり、
練習前は普通の接し方の部員達も容赦なく、
時折当たり散らす言葉も吐かれていた。


『はい、次は気をつけます!』


男女関係無く上下関係はしっかりと築かれ、緊張
の走るその空気に耐え切れなくなれば、一人
また一人と仲間は減っていき、一週間も経てば、
その人数は数名となっていく。


『ごめん、用事思い出したから先に帰って。』


「え、一人でええの?」


『うん、私は大丈夫やから。また明日ね。』


気の張った練習が終わり、マネージャー仲間達
が先に帰る中、上手く動けなかった自分の反省点
を思い出す彼女はその気持ちを少しでも紛らわ
せようと一人体育館に残り、ある事を思い付いて
いた。


『ボールでも磨いて、一人反省会やな。』


一人で落ち着ける場所はここだと選び、雑巾を
手に持って張り切って腕を捲ると、倉庫を開けた
瞬間、しゃがみこんでいた影に美琴は驚いて
固まった。


『えっ、おばけ!!?』


「…残念ながら、人間や。」


『部長、何でここに!?』


失礼な言葉を出してしまったと慌てる美琴に
動じずにボールを見つめ、北は「そんな事で怒ら
んから」と表情は変えず、彼女を咎めなかった。


「いつもの事をやっとるだけやから、気にせんで
ええ。」


驚いた美琴の顔を見上げると淡々と答えた北は、
また視線はボールに落とし、彼も目的は自分と
同じだと知った彼女は『失礼します』と控えめ
に頭を下げた後に、彼の隣にちょこんと座った。


『すみません、私もご一緒させてください。』


「ええけど、無理に付き合う事は無いで?」


『いや、これをやりたかったんです。部長に
先を越されちゃいましたけど。』


柔らかく笑ってそう答えた彼女はボールを手に
取り、黙々と磨き上げ始め隣にいると馴染む
感覚、それは初めて感じたものだった。


自分の事は棚に上げるその男は「不思議な子
やな」と隣で少し見届けると自分も作業に戻る。


「北さん監督が呼んどります…って、はっ!?」


その場に集中していた2人は、それからしばらく
時間が経過していた。
たまたまジャンケンに負け、一人で北の元へ伝達
に来た治はいつも彼がいる場所に足を運ぶと、
見知らぬ影がもう一つ。
治の大きな声に驚く小さなその影は、ビクッと
動いた。

見覚えのある背中に治はパチパチと瞬きをして
『お疲れ様です』と小さく発したその声で、
彼はあの時に見かけた女子だと確信する。


「ほんまの頑張り屋さんやったんか。」


振り返った瞬間にぶつかる視線は真っ直ぐで、
純粋に雑用を行っていたのはすぐに分かった。
不覚にもそれが眩しく見える治は、自然と口元
が緩む。


『あの…その…。』


「ああ、そんな気を張らんでもええよ?俺は
ツムほど厳しくするつもりも無いから。」


美琴の方は、初日に会った鋭い視線を思い出して
背筋が伸びて、髪色と喋り方がその時と違う事
が分かると少し肩の力が抜けていた。


『ちゃいます、その…自分の気を紛らわせ
たくなって。』


「丁寧に磨いてくれとる。俺よりも上手いかも
しれんな。」


『そんな、恐れ多いです!!!』


横から北の感心する言葉に耳まで真っ赤にさせ、
全力で否定をするその姿は新鮮で、珍しい物を
見る2人はまじまじと見つめていた。


『あの、私もしかして失礼な事を?』


「いや、気にせんで。予想よりも自己主張が
少ないもんやから。」


「裏方らしいっちゃ、裏方らしいですね。」


注目を浴びることが苦手なその後輩は、既に
自分の限界を達していた模様で、部長と校内
でも名の知れた選手に見つめられ続けると頭の
中はぐるぐる混乱をして、手早く最後のボール
を磨き上げると勢い良く頭を下げて、その場
から飛び出した。


『あの、全て終わったので失礼します!』


「いや、ちょっと…!」


治が呼び止めるのも間に合わず、北もいきなり
消えるので呆然と見届け、名前を聞きそびれた
治は北に彼女の情報を尋ねた。


それが美琴と北達が会話を交わした最初の出来事
となり、後に深い関係を築き上げていく。


それをまだ知らない美琴は、恥ずかしい気持ち
を誤魔化す為に、全力で自転車で走り抜けた。





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