恋心の再開
「すまないが、その要望には答えられない。」それは美月の幼馴染みの旅立つ一ヶ月前の事。
卒業式という名の最後のチャンスで、意を決した
とある女子生徒は、牛島若利というプロ入りも
決まったスターであるその生徒に、告白と共に
彼の制服のボタンを欲しいと願い出た。
「思い出に…どうしても、ダメですか?」
「そうだ、これを譲る訳にはいかない。」
視線を落として、自分のボタンに触れた後に牛島
は再度その女子生徒を真っ直ぐ見て、彼女に確認
する。
「これは、大切だと思う相手に贈るのだろう?」
恋愛絡みの風習に疎い牛島に第二ボタンの意味
を教えたのは彼のチームメイトだった。
「若利君はもちろん、第二ボタンを贈る意味
って知ってるよね?」
その朝に、何だかんだでお人好しの牛島は意味
も分からずにあまり関わりの無い女子でも与え
てしまう予感がして、歯を磨きながら天童が
まずその話を切り出した。
「そういえば、中学の卒業式で女子に欲しいと
言われた事があるな。もうボタンは付いている
から必要ないだろうと断ったが。」
「うんうん、若利らしい返答に安心だわ。」
そんなに欲しいものなのか?と疑念を抱く牛島
に瀬見も心配になったのか、天童の説明に加勢
した。
瀬見と天童は牛島の恋心をずっと見守って来た
からか、それが報われて欲しいと願う彼らは、
牛島が間違っても他の女子に渡してしまわない
ようにと念入りに注意をする。
そしてそれから数時間が経過した現在に至り、
はっきりと言い切った彼の言葉を耳にした女子
生徒は牛島の熱意に諦めて、彼を応援する言葉
を掛けた後に立ち去った。
「分かっていたけど、若利君は本当に美月ちゃん
ラブだったんだね?」
「いつぞや、五色にもこれだけは譲れないって
言ってたしな。」
ひそひそと会話をするその2人は、不運な事にも
絶妙なタイミングでその状況を目撃してしまい、
牛島が丁寧に断ったのを確認すると、安堵の息
を漏らしていた。
「でもさ、若利君の場合はウチのアプローチ
なんかよりも厄介事待ってるだろうから、
そうそう簡単には報われないだろうね。」
「俺らに言われたかないけど、アッチの学校も
クセ者揃いだからな。ちょっと話しただけでも
アレにはビビる。」
「英太君の狙う隙なんて無かったもんね。」
「うるせえ、そんな目で見てねえよ!」
「あ、ムキになったってことは図星かな?」
徐々に賑やかになっていたその人影に、何を
している?と気がついて振り向いた牛島は天童
に怒り出している瀬見を見て首を傾げる。
「若利君、幸せになりなよ。」
「そうだな、まずは高みを目指したい。
そして、時が来れば…。」
空を見上げる牛島の目はとても優しく、それが
誰に向けられるものか分かった2人の方が、胸を
擽られる気持ちになるのか、恥ずかしくなって
きたと騒ぎ出すのだった。
「美月、俺からの愛を受け取って?」
『愛?』
「ん、手を出して。」
「ちょっとまっつん!ここは、皆で一緒にって
言ってたじゃん!」
「お前、本当にこういう抜け駆けサラッと
こなすんだよなー。」
「揃いも揃って、あげる相手がいなかったな。」
「湯田に渡す相手がいたら妙にムカつくわ。」
「何でだよ!!!」
牛島の恋路を暖かく見守っている一方、賑やか
な卒業式は白鳥沢だけでなく、美月や及川達の
いる青葉城西高校も同様で、全てを終えた最後
の最後に松川に手を差し出すよう言われると、
次々とキラキラと輝くボタンは美月の手の中に
落とされていった。
一番に彼女に渡したのは松川で、その次に文句
をギャーギャーと吐きながら渡すのは、彼女に
告白するタイミングで邪魔された及川。
『えっ、えっ…えっ!?』
花巻だけでは無く、湯田も当たり前のように
渡し始め、そんなチームメイトに戸惑う美月は
キョロキョロと仲間達の顔を見回すと、満足
そうに彼らは笑っていた。
そして最後に、岩泉が少し照れ臭そうに彼女の
掌に落とし、ぽつりと「皆からの感謝の気持ち」
と本音は彼女に本命の意を本当は込めていたが、
周りの圧を感じ取った岩泉はその時は及川同様、
本心は告げれずにいた。
『今、どんな宝石よりも綺麗に見えた。』
3年生から贈られたサプライズ全てを握り締め、
今までを振り返って、改めてこのメンバーが
好きだと思い知らされた彼女は、頬に大粒の涙
が伝い、慌てて湯田は持っていたティッシュを
彼女に渡した。
『うう…、みんなありがとう。』
「ほら、美月は泣くなよ!こっちももらい泣き
するだろ!!!」
「湯田っちが美月の涙を拭くなんていつもと
立場逆転じゃん!?…って言ってるそばから
泣いてるし!」
「美月が泣いたから、後輩にも伝染すんべ?!」
「もう、おぞい…です。」
「ほらー、矢巾崩壊。」
「国見、機嫌悪いのか?」
「…別に。」
自分はまだ渡せる立場では無いことを悔しがる
後輩は一人、自分だけ取り残される気持ちになる
チームメイトが一人、彼らも彼女に告白すること
無く、彼らの学校生活は終わりを迎えた。
このまま友情関係のままで終わると松川と花巻
が考えて一ヶ月が過ぎたその日、幼馴染み2人
に美月は想いを告げられた。
「俺もお前が好きだ。」
空港で言い逃げの如く立ち去った及川の後で、
彼女の隣に並ぶ岩泉は、話があると真剣な表情
で彼女を見つめ、彼女の腕を握りしめるその手
は熱かった。
一言だけを伝えるとしばらく彼は黙って歩き、
そして熱くなるのは手だけでは済まず、みるみる
うちに顔も赤くなり、彼の体温は上昇する一方
だった。
「…って、一世一代の告白がやっぱりアイツの後
ってのが釈然としねえ!!」
岩泉は及川の後の告白がやはり気に入らなかった
らしく、わしゃわしゃと自分の頭を掻き乱して
きょとんと固まる美月に改めて「ずっと美月が
好きだった」と言い直した。
『ハジメ…あの。』
「アイツも俺も、お前が今すぐ答えを出せない
事は分かってる。だから、その…猶予をくれ。
俺は、アイツが一人前になる前にお前を振り
向かせる。」
美月の両肩をガッシリと掴んで、彼女が答えを
出す前に岩泉はそう断言し、その次は受けて立つ
と及川に向けた言葉を吐いていた。
まだ気持ちの整理がつかない美月は、彼の言葉
にゆっくり頷いて、一つ気になる事があるのか、
彼女は切なく眉を下げる。
「…どうした、嫌だったか?」
『そうじゃなくて。自分の鈍感さに少し腹立た
しさを感じるというか…無神経な事してハジメ
達を傷つけたりしてないかなって。』
「安心しろ、それは絶対に無えから。」
今までの2人の気持ちを考えてしまうと、彼女の
胸の奥は締め付けられ、彼女の性格を分かって
いる岩泉はそれを直ぐに否定して、彼女の頭を
くしゃりと撫でた。
「難しい事を言ってしまうが、別にいつも通り
でいい。」
『ハジメ君は本当に難しい事を言い出すね。』
「異性として意識はして欲しいけど、変な気を
遣わせたいわけじゃねえんだよ。及川もそこは
一緒だ。」
『それが難しいって言いたいのですが…。
でも、わかった。いつも通りでいる。』
「ありがとう、助かる。」
事態は思わぬ方向へと発展していき、この場に
いる者、そしていない者とそれぞれが様々な想い
を抱いて、新しいスタートを切ろうとしている。
『とりあえず、この後ご飯どうしようか?
ラーメンでも食べて帰る?』
「…そうするか。」
『じゃあ、帰りに夕飯の買い出しもしたいから
荷物持ち付き合って。』
「おう。」
次に別の話題を切り出したのは、美月だった。
普段と変わらない会話をする2人からはぎこち
なさは消えていき、明日も明後日も顔を合わせ
てしまう彼らは、いつも通りに戻そうとする。
今ばかりは、隣同士であることを互いに辛く
思った。