また一つ進む
興奮冷めやらぬ状態で、乗り換えまで眠れるかと心の中で叫んでおきながら、機内で爆睡して
しまった数時間後。
自分の予定には全く無かった告白逃げという名
の何とも格好つかない状態で旅立ってしまった
及川は、夢の中で何度も美月を追いかけていた。
あと少しで彼女の手を掴もうとした所で毎度
瞼が開いて、彼は顔を顰める。
「今更後悔しても遅いって…。先に進まなきゃ
でしょ。」
報われない不安に迷っている場合じゃない。
気持ちを切り替え、これから住む土地へと到着
すると家族に連絡を入れ、その後に美月からの
『無事着いた?』と予想よりもあっさりとした
連絡に彼は目を丸くした。
「ちょいとお嬢さん、余りにもあっさり過ぎや
しませんか?」
それもそのはず。彼が夢の中にいる時に美月と
岩泉は今後もいつも通りの対応でといった約束
を済ませていて、美月からのメッセージと共に
岩泉からも彼女に思いを告げたからといった
内容のものが届き、及川は全てを把握した。
「想定内だったけど…、岩ちゃんらしいけど。」
2人の距離感を考えると自分の方が不利だと考え
てしまい、気持ちはマイナスに傾いていく。
その真実にぽつりぽつりと不満を零し、及川は
ベッドに寝転がり、両手を広げて目を伏せる。
彼女への返信に頭を悩ませていると、身体は
思っていた以上に移動は神経をすり減らせて
いたのか、再び意識は遠のいていった。
『徹、大丈夫かな…生きてるよね?』
「既読ついてるなら大丈夫だろ。」
乗り継ぎは無事に出来ただろうか、手続きも
無事に済んだだろうか。
なかなか帰ってこない返事にそわそわとして、
既読のマークが付いてもしばらく返って来ない
返事に美月は心配して眉間に皺を寄せ、スマホ
を見つめた。
12時間の時差であれば互いに起きている時間
は重なっているはずなのに、及川からの連絡は
一向に来る気配は無い。
『本当にちゃんと生きてるよね!?』
時計を見れば、午後7時。向こうはきっともう
目が覚めたであろう午前7時。
やっぱり気になってしまう美月は、この時間なら
及川の迷惑にもならないだろうとアプリの電話
を掛け、その呼び出し音に緊張してゴクリと唾
を飲んだ。
「ヤバ、寝落ちした!」
及川が焦る声と共に瞼を開けたのは、彼女が
電話をする30分前。
まずい、向こうはきっと心配しているとスマホを
見つめて拗ねる美月を想像して、再び彼女に送る
文章を考えて、その手は止まっていた。
「ダメだ、一回シャワー!」
脳内を一回リセットさせようと、タオルを手に
取ってシャワーを浴び、心の準備がまだ出来て
いないうちに彼は突然鳴り始めた着信音に目を
丸くさせる。
「…はい。」
ボタンを押して、思わず怒られるのを覚悟して
正座スタイルで電話に臨めば、その電話の声は
幼馴染みでも低い冷たい声の持ち主だった。
「何だ、生きてんのかうんこ野郎。」
「こっちに来て早々、うんこ野郎はあんまり
では無いですか?」
「うるせえ、こっちの都合も気にしねえ癖に。」
「岩ちゃんこそ、本当に負けず嫌いだよね?」
「お前が言うかよ。」
彼女が神妙な顔で及川が電話に出るのを待って
いたら絶妙なタイミングで岩泉が取り上げて、
そこからお馴染みの口論が開始された。
岩泉の電話の声の様子からいつもの及川だと
分かった美月は、良かったと胸を撫で下ろす。
『ハジメ代わって。』
「たとえ離れてたとしても、美月への愛の大きさ
は岩ちゃんには負けないもんね!」
『そ…そうかよ。』
「あれ…???」
「やっぱり、アホだな。」
面倒臭えと岩泉が美月にスマホを渡し、またもや
絶妙なタイミングでその言葉を耳にした美月は、
咄嗟に出た言葉は岩泉の話し方に似せる。
及川の発言の見当がつく岩泉は再び冷たい言葉を
吐き、及川は別にもう彼女に聞かれてしまっても
いい内容のはずなのに動揺し、口をパクつかせて
震えていた。
「あの男のタイミング!!!」
『ふふっ、いつもの徹だ。』
「…美月。」
『本当の気持ちを教えてくれてありがとう。』
美月の声を聞くと会えない切なさも押し寄せて、
たった1日でこんな気持ちになる情けない自分
を知られたくない彼は、心の中の自分と真逆の
声で「聞いてくれてありがとう」と彼女にお礼を
伝える。
『うん、ひとまずこれは言えたらスッキリ
したな。』
「岩ちゃんに負けない為にも、前以上にいっぱい
大好きって言うから、覚悟してよね?」
『徹…。』
「美月はいつも通り、サラッと流してくれたら
良いんだよ。」
『私って、そんなに冷たい人間?』
「だから、いつも通りでいいんだって。」
『いつも通り…、ごはんはバランスよく
摂ってね。甘いものばっかりは駄目だよ?』
「ははっ、そうそう。そんな感じ!」
『なんかお母さんみたいなこと言ってるな。』
彼女の声を聞けば、段々と不安は消えていく
不思議な気持ち。
2人が話せば段々と和む空気へと変わっていき、
及川の言葉に頷くと岩泉とも目が合って、彼も
「ほれみろ」と美月に呟く。
『分かった。…徹、今日も手続きとかで忙しい
でしょ?じゃあ、そろそろこのへんで。』
「そうだね、また電話するよ。」
『気を付けて行ってきてね。』と及川との電話
を切ろうとした時、もう一度彼女の名前を呼ぶ
彼は、優しく雰囲気は変わる。
「愛してるよ。」
『なっ…!!?』
「うん、今の美月は絶対に可愛い顔してるね。」
『えっ…!?』
「それじゃあ、明日からも覚悟しておいてね?」
言葉を詰まらせる美月に構わず及川はマイペース
に満足だと電話を切り、彼女のリアクションで
及川が何を言ったのか読む岩泉の眉間には一気
に皺が寄る。
「あんの野郎!!!」
岩泉には「悔しいなら岩ちゃんもやってみる?」
と舌を出して自分を煽る姿が目に浮かぶのか、
自分の気持ちをぶつけるかの様に岩泉は空を
睨んでいた。
『いつも通りって言ったのは徹の方じゃん。』
不意打ちの愛情表現に少し泣きそうな顔をする
美月のその表情が余計に岩泉を苛立たせ、彼は
彼女の気を紛らわせようと思い切り自分の胸に
押し付けた。
「今のは忘れろ!」
『待って、ハジメはハジメで強引過ぎ!』
「うるせえ。」
『ハジメにもありがとうって言わないとだね。』
その言葉に胸の奥は締め付けられ、彼女を自分の
ものにしたくなる衝動に駆られる前に、岩泉は
ゆっくりと彼女から距離をとった。