読めない試合


次のセットが始まる前に消耗したエネルギーを
お菓子で補おうとした美月が鞄から取り出すと、
稲荷崎側の応援にも徐々に慣れてきた様子で黙々
と口にする。


「美月さん、それ美味そうっスね。」


『リエーフもいる?良かったら走君もどうぞ。』


「あ、ありがとうございます!」


「お前、おかずでは懲りずに菓子も狙うなよ。」


「美月さんが食べてると美味しそうに見える時
ってありません?」

山本の呆れた声を掛けられても遠慮はしない灰羽
が彼女から差し出されたお菓子を1つ貰って、後輩
に文句を言いながらも山本も彼女からお菓子を
分けてもらうと、下の席が空いたのが見えた。


「あそこが空いたからもう少し前で見れそう!」


『うん、よく見えるところで学んでおいで。』


試合が止まっている今がチャンスだと一年生達は
空いた前の席へと張り切って移動し、そんな彼ら
を微笑ましく見た後に美月は烏野へ視線を向け、
烏野へ流れが傾く事をどうしても願う。


「クロだったら、稲荷崎の10番どうする?」


「んー…「じたばたしねえ」かな。」


その間に孤爪が黒尾に投げるとしばらく悩んだ後
に黒尾が答え、先程のブロックの光景を振り返る
美月も彼の説明に耳を傾けた。


黒尾の説明を聞くとブロック側の視点がすんなり
と頭の中に入って来て、『私はクロ達みたいに
動ける訳じゃない』けどとそれを聞いて頷いて
いた美月は自分にも見えてきたと伝える。


『突然のあの動きには驚いたけど、クロにそう
教えて貰うと、少し落ち着いて応援出来そう。』


「…ってわかってても、多分俺は我慢出来なくて
手ェ出しちゃうし、何本かは止めれると思う。
でもツッキーは多分、1、2セットかけて後ろに
伝えてんだ。これが角名倫太郎のターン打ちです
よって。」


『それを今、初めての試合の中で仲間に伝えよう
としている蛍君は凄い。…白鳥沢のエースにも
立ち向かったんだもんね。』


「他所の後輩の成長に泣きそうにならない。」


『だって、こうやってじっくりと見ていると
胸にジーンときちゃうものがあって。知らない
間に一気に大きく見えるものだから!』


「出た、美月チャンの後輩満遍なく可愛い病。」


「ほら、またエネルギー補給しとかねえとこれから
身が持たねえぞ?」


「まだ早い」と黒尾は美月に呆れた声を掛けるが
彼女に同意の部分もあるのかその目は優しく、
二人の会話を間で聞いていた夜久も美月の長所
だけどと困った顔で笑って、自分の持っていた
お菓子を彼女の口の中に入れる。


『チョコ?これ、好きなやつだ。』


「美月が前にくれて美味かったヤツ!」


『やっくんもハマった?』


「おう、ハマった!」


「夜っ久ん、俺も。あ。」


「お前は自分で食えよ。」


「ちょ…温度差。」


何故か自分には辛辣な態度になる夜久に黒尾は
不満そうに訴えて、少しだけ和やかなムードが
流れたが、再びゲームが始まると彼らは表情を
変え、コートを見つめた。


宮侑の調子は変わらず、一度サービスエースを
取ると再び鋭いサーブを決め、2回で押さえた事
に美月も安心していると、夜久が烏野側の変えた
部分に気が付いて口を開く。


「烏野はローテ回したか。」


『この配置はもしかしたら…!』


美月も並びを見て夜久の言葉に頷くと、前衛に
出ている彼の活躍を楽しみにしてボールを目で
追った。


『すごい、冷静にずっと動いてる。』


隣には相手の調子に負けず、絶好調のままを保つ
影山の動きにも歓喜の声を上げ、稲荷崎のエース
の攻撃を叩き落とした次に、待っていた人物の
動きに彼女はむずむずと口を動かす。


「ナイスレシィーブ、ナイスブローック!」


黒尾の話を聞いた後だと動きはより鮮明に見え、
後ろにいる澤村が返しやすい位置へリードする
月島の頼もしい手に彼女は小さく拍手を送った。


「リエーフ、見とけよ!」


「みっ、見てますよ!」


そして隣にいた夜久も烏野の動きに声援を送り、
容赦なく自分たちの後輩にもしっかりと見とけと
離れた場所から言い出すので黒尾達は慌てる様子
を見せる灰羽を見てニヤニヤと笑い始める。


視線だけ助けを求める灰羽に美月も困った顔で
笑って、試合をしっかり見るように指を指し、
今は先輩側の意見を優しく促す彼女は、自分達の
後輩の刺激になる事に少しだけ感謝した。


『影山君もずっと調子いいね』


影山の強烈なサーブ、そして西谷が侑のサーブを
拾って先に二桁に乗り、進化し続ける烏野に美月
も思わず期待に胸を弾ませた。


しかし想像を毎度上回る行動を見せる稲荷崎は
セッターの難しい体勢からのセットアップで攻撃
を見事決め、それは孤爪も不可能な点を饒舌に
語り始める程のレベルの高さで、次から次へと…
と、新しいものを繰り広げる彼らに心臓が何個
あっても足りないと嘆く。


烏野も食らいついて攻撃を仕掛けるが流れを完全
に帰る攻撃とまではいかず、その中でも安定して
月島のブロックはいい位置に反応を見せて、次は
阻めると読めば、信じられない動作が起きた。


「あ?」


『待って待って、そんな切り替えアリなの?』


スパイクからセットアップに切り替わると、月島
の阻むタイミングは完全に奪われ、常識を超えた
戦略につい悔しさを見せて、苛立ちの声を漏らす
黒尾と共に美月の眉間にも皺が寄る。


しっかりとエースに繋がれていくボールを目で
追って、次の攻撃も稲荷崎に決められてしまう。
そう覚悟した瞬間だった。


『嘘…、上がってる。』


静かに受け止める音、綺麗に高く上げられたその
重い一球を返した人物に驚いて、歓喜と戸惑いが
混ざる声を上げたのは美月だけじゃなく、彼を
知る人間はみんな声を揃えて同じ声を上げる。


一度ならず二度までも上げられたレシーブに、
その瞬発力に驚いた周りも歓声に変わって、長い
ラリーは続き、譲れない一点と化す。


今この点は獲得したいと願うが甘くないその試合
は意地でも守り抜いた稲荷崎に運が回り、烏野側
がのモチベーションが下がったと自分達の周りは
捉えたように見えた。


その中、タイムアウト中に見えたものは重い表情
から一転、笑顔を見せる日向達の姿で、苦しい
状況の中でも楽しめる彼らを改めて尊敬する美月
は優しく微笑む。


『烏野の皆、笑ってるね。』


「本当、この状況下でな。」


『ヒヤヒヤしまくりだけど、楽しまなきゃ損だ
もんね。』


自分の鞄から取り出した飴玉を口にして、次の
再開の合図には笑って声援を送る美月に夜久も
「だな」と笑顔で返し、先程のお返しといった様子
で渡してきた飴玉を受け取る。


『エネルギーを補わないと見てられないね。』


「…後で太ったって泣きつくなよ?」


『なっ!またいっぱい動くから大丈夫だよ。』


「美月は別に太ってねーだろ。」


「ウチも同じく窮地は大丈夫だな。」


言い争いの最後に、今まで静かに見届けていた海
がニコニコと笑って皆にそう言って、それに釣ら
れて黒尾と夜久も笑みを見せると、その後は
食らいつくライバルを静かに見つめた。





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