コート外からの様子
リベロから二度も取ったそのサーブに息を呑み、
これがもし自分達の立場だったらと考えると手の
温度が下がるのが分かって、思わず美月はぎゅっ
と自分の手を握り締める。
烏野の選手達もよく知っている分、宮侑のサーブ
が与えてくるプレッシャーも伝わり、その中でも
平常心を保とうとする西谷の様子に彼女はすごいと呟いた。
「美月、大丈夫?」
『西谷君を夏にたくさん見てるから、余計に烏野
の気持ちが分かってしまうね。こっちも見てる
だけでプレッシャーが伝わるのに。』
隣にいた孤爪も美月を心配してか、声を掛けて
様子を伺うと彼女は笑って答える。
『自分達の時は皆がちゃんと取るからこんな無謀
な事はしてこないって思わないと見てられない
かも。』
「牧野さん、さりげなくこっちにプレッシャーを
かけて来るね。」
『そんなつもりは無いんだけど、でもきっと
大丈夫って。』
ニヤリと笑いかける黒尾にそう説明する美月は
真っ直ぐ試合を見つめていて、彼女のその言葉に
優しい表情に変わる黒尾や孤爪も再びコートを
見つめた。
ゲームは烏野が一セットを先に取っており、三度
目にはその嫌なサーブは免れても攻撃は稲荷崎、それもセッターでは無い人物のセットでライト
から繰り出され、 予測もしない動きに惑わされて
いた。
『蛍君、ナイス!』
前衛にいた月島がその流れを予測して動くと、
スパイクを打つ選手の前に立ち塞がり、彼を知る
人間は誰もがそこで止めると読んでも、その球は
軌道を変えて烏野側のコートへ落ちる。
『何で?蛍君のブロックの位置、いい所にいた
はずなのに…。』
動きを目で追うのが精一杯だった美月が隣に視線
を向けると、それを黙って分析を始める黒尾の
様子に気がついて、彼女は邪魔をしないように
と口元を押さえ、静かに烏野を見守った。
「…わかった?」
そして月島がブロックに付いた同じ選手の二度目
の攻撃の時に孤爪の質問にゆっくりと説明して、
そこで理解した美月も頷くと、立ち見が面倒臭い
と孤爪が言い出したので、美月は場所の移動を
勧める。
『瞬時にそんな判断出来るなんて。それに対応
出来る彼の体幹も凄過ぎる…。』
「全国コワッ。」
顔を顰める黒尾に苦笑いを浮かべて、次の場所へ
向かう前にやる事があった彼女は黒尾達に声を
掛けて彼らとは反対方面に向きを変えると、それ
について行く芝山にお礼を言って、二人で弁当を
取りに行った。
『今のうちにお弁当取りに行ってくる!』
「美月さん、手伝います!」
『優生君、ありがとう。試合気になるよね。
すぐに皆の所に戻ろうね!』
稲荷崎が先に二桁の点に乗り、烏野が未だに一桁
から進まずのまま背を向けたが落ち着かず、足早
に移動する二人はすぐに仲間の元へ戻って試合
状況を黒尾に聞くと、烏野も二桁に乗っていた。
『クロ、状況は?』
「今スガちゃんが入ったトコ。」
『なるほど、流れを変えるのか!』
美月は菅原がコートに入ったタイミングで戻って
来ていて、菅原が何か仕掛けるだろうと応援する
彼女は惜しくもブロックからアウトコースに落ち
てしまったボールを見て、菅原同様に悔しがる。
『あー、惜しい!スガ君もナイスファイト!』
次は相手が護りのサーブに入り、そこから一つ点
が入って、美月も弁当を渡し終えて一息つこうと
した矢先、突然の稲荷崎の応援席からの激しい
ブーイングに驚いた彼女はビクッと肩は跳ねた。
『えっ、稲荷崎側はいきなりどうしたの?』
「ピンチサーバーの弱気なプレーに批判してる
みたいだな。」
『自分達にも容赦ないんだ…。』
そう説明をした夜久の隣に腰掛けて、厳し過ぎる
応援側の様子に再び美月の顔が強ばっていると、
蓋は空いていてもまだ箸を付けていない彼女が
気になったのか声を掛ける。
「美月。」
『何、やっく…んぐ!』
美月を呼ぶのと同時に夜久は卵焼きを彼女の口の
中に放り込んで、彼女が目を丸くさせた時には
同じく夜久も弁当をもぐもぐと食べており、親指
を立てる彼はそれを飲み込むと口を開いた。
「美月、しっかり今のうち食っとかねえ と身が
持たねえって。見守るのもエネルギー使うだろ?」
元気に食べる夜久の言葉に頷いて、彼から貰った
卵焼きを飲み込むと、夜久の隣にいた黒尾が強引
だと呆れた様子で夜久に視線を向け、また一つ隣
にいた孤爪は、黒尾もさほど変わらないのにと
考えながら、黙々と目の前の弁当を口にする。
『ごめん、つい周りに圧倒されるとつい手が
止まっちゃって!』
「おう、いつでも手伝うぜ?」
満面の笑みを見せる夜久に美月も笑顔を向けて、
そんな彼らにお構い無しの灰羽は減っていない
美月のおかずを覗き込んで、すっかり自分は食べ
終えたらしく、後ろに座っていた後輩はそれが
多いならと彼女に尋ねてきた。
「美月さん、おかず多いんだったら
俺が食べるの手伝いますけど?」
「お前は何処までデカくなりゃ気が済むんだ?
つーか、先輩の弁当のオカズを狙うなよ。」
『リエーフ足りない?お裾分けした方がいい?』
「美月のおかすが無くなるだろ。ほら、リエーフ
に取られる前に食わねーと!」
「美月チャンは自分で完食してくださいね。」
遠慮のない後輩の首根っこを山本が掴んで止める
と、もう一度夜久がおかずを彼女の口へと運ぼう
とし、横からは黒尾が口を出してそれを止める。
観客に圧倒される暇のない美月は、緊張感を少し
和らげてくれる周りに改めて自分達なら安心だと
思い、夜久や黒尾の言う通りにエネルギーを補給
した。
『うん、追いついてる…!』
先に稲荷崎が20点台には乗ってしまったが、
影山の調子が上がり、二度もサービスエースが
決まると彼女の箸も進んで、良い流れが徐々に
烏野側へ来ていると感じると、盛り上がってきた と興奮気味に夜久が話す。
美月もそれに頷いて、次の稲荷崎のサーブが大幅
に飛び越えて稲荷崎のミスとなると、空気は徐々
に変わっていき、その流れを黒尾や孤爪達も冷静
に見つめていた。
『リズムが乱れ始めてきたね。』
しかし今年のインターハイの準優勝校はそう簡単
に道を譲ってくれるはずもなく、エースと主将を
交代させると、その空気に動じない人間が入った
瞬間に稲荷崎の空気は元に戻って、烏野の攻撃が
上手く決まらなくなってしまう。
「…空気戻った。」
「んね。」
そのプレイは主張は無いのに周りを正して、同じ
年だと思えず尊敬を覚える程に落ち着いた動きで
ブレる様子を全く見せず、ぽつりと呟いた孤爪に
黒尾も肯定をした。
『無駄が無く、冷静で安定した雰囲気。』
流れを保とうとした山口のジャンプフローター
サーブで攻めるも、それもしっかり止められて、
向こうの主将の厄介さを彼らは知る。
稲荷崎の連携が整って、烏野が残りの9点を巻き
返す時間も与えられずそのセットは稲荷崎に取り
返され、どちらに勝敗が付くか分からない戦いは
まだ続いた。