風邪

やばい。風邪引いた。

数日前から寒気がしてまさかとは思いながら見て見ぬ振りをしてきたがいよいよ喉は痛いし鼻は詰まってきたしで完璧に風邪だ。体調管理も仕事のうち、なんて部下に偉そうに言っておきながらこのザマ。
部下達に気付かれぬ様、そして移さぬ様に細心の注意を払いながら端的に指示を出し早々に退庁しようとすると、データの受け渡しに潜入先に来てほしい、と部下からのメッセージ。…漸く帰れると思ったが仕方ない。サッと寄って珈琲、いや今は紅茶にしてサッと飲んでずらかろう。



「いらっしゃいませ。お一人様ですか?こちらへどうぞ」

待ち構えていた降谷、いや安室サンに出迎えられカウンター席へ案内される。胡散臭い笑顔が喉を刺激する。さっさと受け取ってさっさと帰ろう。紅茶をオーダーしそれと引き換えにデータをそっと受け取ったので正直速攻で帰りたいがそれも不自然なので大人しく紅茶を口にする。温かい。紅茶にして良かった。そう思いながらぼぅっとソーサーを眺めていると背中に唐突な冷気を感じる。

「あっ?!すみません…!」
「ちょ、何やってるんですか安室さん!お客様、大丈夫ですか?!」

安室サンが私の背後で躓き、手にしていたお冷のピッチャーは私の背中にダイブした。
いや本当に何やってんだオマエ。やばい、今ので一瞬身震いしてしまった。

「いや、大丈「本当にすみません!震えてらっしゃいますよね?!梓さん実はこの方、僕の元依頼人で自宅もわかりますしこのまま送っていって構いませんか?」
「そう言えばもう上がりの時間ですね…大丈夫です!後は任せてください!早くそのお姉さん送ってあげてください!」
「え、いや「ありがとうございます!では!」

いつの間にか帰り支度をした安室サンにあっという間に連れ出され助手席へ押し込まれる。

「…誰が元依頼人だ?」
「すみません」
「まぁいい。データも受け取ったし、このまま自宅まで、頼む」
「はい。あ、その前にちょっとコンビニれ寄ってもいいですか?買いたい物があるので」
「まぁ、構わないが」
「ありがとうございます」

「着きました、なまえさん?」
「…ごめん、ウトウトしてた。ありがとう降谷」
「…なまえさん風邪引いてるでしょう、水を浴びせたのは申し訳ないですが悪化させると寝覚めが悪いので眠るまで見届けます」
「は…?」

早口で捲し立てられあれよあれよと言う間に着替えを促されその間に何故かお粥とスープが用意されていた。

「市販薬ですがないよりマシでしょう。その前に少しでもまともに食べてください。どうせ栄養補助食とさっきの紅茶くらいしか口にしていないでしょう?」

降谷の言う通り徹夜続きでロクな食事は口にしていないがそんなのは慣れっこだ。今は多少体調を崩しているので一晩寝てから食事を摂ろうと考えていたが、まさか喫茶店で顔を合わせただけのコイツに体調不良を見抜かれるとは。流石優秀な捜査官といったところか。

「ごめん降谷、でもアンタにそこまでしてもらう義理は…」
「…いくら上司だからというだけでここまでしません」
「は…?」
「…鼻が詰まって頭まで詰まってますか?」
「あ?」
「僕は、上司部下関係なく、あなたが心配だから、ここまでするんです」
「え、」
「…とは言え、弱ってる人間に手を出す程節操無しではないつもりなので。それ食べて薬飲んだら寝て下さい」
「え…?」
「もしかして食べられないんですか?…はい、あーん?」

安室サンでも降谷でも見た事ない様な甘ったるいドロドロの底に固まったココアの様な笑顔でお粥が乗ったスプーンを突き出す降谷を睨みながら手元のそれを奪い何とか自分の力で完食して薬を飲む。
錠剤、苦手なんだよなぁ喉痛いし…なんて思いながら掌の薬を眺めていると、口移しで飲ませましょうか?なんてまたドロドロの笑顔で言い放つ鬼が見えたので速攻で飲んだ。

「ごめんね降谷も忙しいのに」
「いえ、僕がやりたくてやっただけですから」
「…一晩寝ればマシになるだろうし明日も予定通り登庁する。降谷も休める時には休んで」
「ではお言葉に甘えて」

ご飯も食べ薬も飲みベッドにも入ったから降谷はこれで帰ると思ったので上司らしく労いの言葉を掛けた。ら、何故かベッドに潜り込んできた。正気かコイツ?

「は?何で?」
「休める時に休めと今言われたので」
「いやだからってここで寝るのは違くない?」
「…心細くなっているなまえさんを1人で寝かせては僕が休めないので」
「…いや、それでも同じベッドは違うでしょ。大体移ったら、」
「なまえさん家、ソファーも客用の布団もありませんよね?ならもうここで寝るしかないでしょう?あぁ、僕は風邪予防万端なのでご心配なさらずに。では、おやすみなさい」
「は、何を、」

抗議の声は届かず隣にはすうすうと寝息を立てる降谷。寝るの早くない?猫型ロボットの飼い主もびっくりの寝付きだよ。本当に寝てるのかコイツ?と思いながら頬を突いても無反応、瞼を持ち上げてみても白目。顔面おにぎりをしてみてもウーンと身を捩るだけで本当に寝ている様だ。寝付き良いなコイツ。羨ましい。
確かに降谷の言う通りこの家にはソファーも布団もなく寝る場所と言えばこのベッドだけ。これまた悔しいが降谷の言う通り鼻水からの頭痛で深く考えられないでいた頭はそのまま意識を夢の中へ落とす。



翌朝。覚醒し切らない頭のまま隣のただならぬ気配に思わず蹴りを喰らわすも、床に転がっていたのはやけにニマニマとした降谷でもっと強く蹴飛ばしとけば良かった、と思う。

end.



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