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希望ヶ峰学園、寄宿舎内の“苗木誠”というネームプレートが付いた部屋の中に、部屋の主とひとりの少女がいた。

主である苗木はベットに横たわっており、彼の寝顔に苦悶の色がないことを少女は安堵しながら椅子に座っている。

苗木が大和田という男に吹っ飛ばされたのは、数時間前のことだ。

希望ヶ峰学園の入学式である今日、苗木と幼馴染の少女は、一緒に学園の門を踏み越えた途端意識を失い、気が付くと教室の中にいた。体育館に行くように指示されるアナウンスに訳がわからないまま従い、同じ新入生らしい“彼等”と対面した。

どの人達も超高校級とあって個性が強そうな面々だったが、少女は“彼女”を見た瞬間にピンときた。

−−舞園さやか。超高校級のアイドル。大きな瞳、通った鼻筋、愛らしい唇、小さな顔、ほっそりとした体に艶々とした長い髪がさらりと揺れる、まさにアイドルを体現したような姿だった。

隣の苗木を見ると、彼女を見た瞬間目を瞬かせ顔をほんのり赤くしている。お前はどこのヒロインだ。可愛い。しかしこれで確信した−−舞園は、敵だ。

絶対に取られてなるものか。

目の前のベットに横たわる苗木の手を握り締め、少女は固く誓う。
すると、握り締めた手が強かったのか、苗木が僅かに呻き声をあげながらうっすらと目を開けた。

「なまえ…?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや…あれ、ボクなんで…」
「体育館で喧嘩止めようとして吹っ飛ばされちゃったの。具合どう?痛くない?」
「ああ…そういえば」

苗木はゆっくりと起き上がり頭を押さえる。「コブが出来てるから大丈夫」と苦笑しながら言うと、なまえと呼ばれた少女も一緒に苦笑した。

「じゃあ、“入学式”とか、“ずっとここで暮らすかどうするか”っていうのも…夢じゃないんだね」

噛みしめるように小さく呟いた苗木の言葉に、黙って頷く。「そんなの無理だよ」と、少女も小さく呟き、言葉を続けた。

「だから今、どこか脱出できる所がないか皆調べてるんだ。調べ終わったら食堂に集合することになってるから、誠も行こう?」
「ずっと看病しててくれたんだね、ありがとう」
「ううん」
「というか、この部屋は?」
「ああ、ここは誠の部屋だよ。各自部屋が割り振られてるみたい。私は誠の隣の部屋」

二人で苗木の部屋から出ようと、苗木が部屋のドアを開けた途端

「きゃっ」

“彼女”の声がした。

「あっ、舞園さん?!ごめん、大丈夫?」

苗木の焦った声も気にくわない。その後の彼女の声も全く気にくわないし、2人の楽しそうなやり取りも気にくわなさに拍車をかけた。

「苗木君の方こそ大丈夫ですか?大和田君にやられた傷は…」

だから、舞園の言葉に、苗木より先に答えて邪魔をする。

「大丈夫みたい。これから食堂に行くところ」

苗木の脇からひょっこり顔を出すと、苗木は「なんでそこから顔を出すんだよっ」と、慌てたように彼女の頭を押さえた。

「みょうじさんもいたのでしたね。実は私も時間なので呼びに来たんです、行きましょう」

三人で食堂に向かうも、まだ人は来ていないようだった。何となく席にはつかず、そのまま皆を待つことにする。

「ところで苗木君」

舞園が苗木に声をかける。

「苗木君って、ひょっとすると六中じゃないですか?根黒六中の…二組の…」
「う、うん…そうだけど…」
「やっぱり!私も同じ根黒六中だったんです!四組にいたんですけど、知ってます?」
「知ってるも何も…」

なぜか困惑する苗木の様子がおかしく、みょうじはその理由を察すると同時に大きな危機感を抱いた。

「二人とも知り合い?」

このままではマズいと慌てて会話にみょうじが入ると、苗木はハッとしたように彼女を見やる。

「ちゃんと話したことはなかったけど、同じ中学だったんだ。さっきも挨拶したけどなまえ、彼女は舞園さやかさん。舞園さん、彼女は幼馴染のみょうじなまえ」

お互いに改めて挨拶をすると、その間に少し緊張がほぐれたのか、苗木が少々照れ臭そうにしながらも口を開いた。

「それにしてもちょっと驚いたよ。舞園さんが、ボクを覚えてるとは思わなくて」
「覚えてるに決まってるじゃないですか!だって、同じ中学校だったんですよ?」

………マズい。

「同じ中学校って…でも、同級生ならたくさんいたし…それに、ボクなんか、どこにでもいる目立たないヤツで」
「もーうっ、何言ってんですか?苗木君って変わってますね」
「か、変わってるなんて、そんなっ!」

マズい。

「アハハ…でも、ホントに良かったです!知ってる人がいてくれて。それに、苗木君と話していたら、なんだか元気が出てきたかも!苗木君って、すごいですね!」
「いや、ボクなんて“超高校級”なんて言われる他のみんなに比べたら、全然、大した事ない人間だし」
「でも、私を勇気付けられたのは苗木君だけですよ。他の“超高校級”の人達には出来なかったことです」

これは、非常にマズい。

「よーし、勇気付けられたお礼に、私は“超高校級の助手”になっちゃお!」
「お断りします!」

苗木が何か言う前に、みょうじがキッパリと拒否をした。

「え?」
「え?あ、いや舞園さん気にしないで。こら!何でお前が言うんだよ、ていうか断るな!」
「フラグは早々に折らねばなりません!」
「また訳わかんないこと言って失礼だろ!ほら謝れって、」
「お断りします!」
「お断りするな!ごめんね舞園さん、この子たまに変なんだ、気にしないで」
「ふふ、お二人とも仲良しなんですね、羨ましいです。私とも仲良くして欲しいな」
「もちろんだよ!」
「お断りします!」
「こら!」

****

食堂に戻ってきた面々がほぼ揃ったところで、調査結果報告会が行われた。

しかし、「脱出の目処がない」という報告に全員落胆の色が隠せない。かくいうみょうじも、学園に閉じ込められる訳にはいかない理由があるだけに、失望の念は隠せなかった。

「そこで一丁前にガッカリしてるアンタさー」

突然、江ノ島が機嫌悪そうにみょうじを指差す。

「アンタも調査してなかったよね?何もしてないくせに御立派にガッカリだけしないでくれる?こっちがよっぽどガッカリしたいっつーの!」

皆の前で指摘されたことは内心ムッとしたが、指摘内容はごもっともだった。

「確かにそうでした、ごめんなさい。…お詫びじゃないけど、ここにいる間は私がご飯作るよ」
「あ、そっか!みょうじちゃんって“超高校級の料理人”だもんね!」

嬉しそうに手を叩く朝日奈の笑顔が眩しく感じ、ぎこちなく笑って頷く。

「食べたいものがあったら何でも言ってね。材料があれば作るから。食料も補給されるんだし、ここにいる間は、せめてご飯食べる時くらいは皆がストレスないように努めるよ」

みょうじの言葉に、それまで張り詰めていた場の空気が一瞬柔らかくなった気がしたが、

「余裕があるの?それとも現実を受け入れてないだけ?」

霧切が食堂に入ってきた途端、一気に空気が冷えた気がした。

****

夜時間出歩き禁止ルールがメンバー内で確立したため、今日の夜ご飯は手早く作れるものにしようと厨房の中に入った。

「わあ、設備が充実してるなー」
「オメー何でも作れんの?」
「うわっ」

突然背後から誰かに話しかけられ、体が飛び上がる。慌てて振り返ると、チャラい風貌の桑田が立っていた。

「…基本的には何でも作るよ。食べたいのある?もう時間もないから、簡単なもの作るつもりでいたんだけど」
「何作るつもりだったん?」
「オムライス」

おお、と桑田は嬉しそうな声をあげる。桑田も好きなのだろうか、オムライス。今回は特にリクエストの声もなかったため、苗木が好きだと言ってくれたオムライスにしようと思っただけだった。

「そりゃイイな、一流の料理楽しみにしてる。で、それとは別でよ」
「え?」
「オメー苗木のこと好きだろ?」
「…」

料理をしながら、黙って桑田の足を踏んづけた。桑田は声にならない声をあげて悶絶している。

「余計なことしないで、言わないで。何かあったらあなたのこと一生恨むから」
「ちっげーよ!オレは協力しようぜって言おうとしたんだよ!」
「はい?誰が?」
「オレと!オメーが!オレは舞園ちゃんが欲しい、みょうじは苗木が欲しい!利害一致してんじゃねーか」
「一致してねーです、欲望の塊のあなたと一緒にしないでください」

ちゃっちゃとサラダを作ると次に具入りケチャップライスを作り、お皿によそう。そうだ、合間にスープを作ろう、とみょうじは鍋に切った具材を放り込んでいく。

「そんなこと言ったって、放っておいたら苗木取られるぞ?それでいいのかよ」
「初対面のあなたにずけずけ言われる筋合いないんですけど」
「苗木のこと好きじゃねーの?」
「それをあなたに言う理由もねーです」
「おま…顔はいいのに中身は全然可愛くねーのな…」
「あなたに褒められても嬉しくねーですからむしろありがとう」

スープを煮込む間にソースとふわとろ卵を作る。桑田のくだらない話の相手をしながらも、着々と料理は出来上がっていく。桑田も、みょうじのトゲトゲしい−−自分のせいとはこれっぽっちも思ってないらしい−−態度に呆れつつも、その手際に見惚れていた。

「ねぇ、くだらない話してないで、ここにいるなら手伝ってよ。スープよそって向こうに運んで」
「早っ。もうできたのかよ!」
「ここは設備が充実してて、時短アイテムも勢揃いみたい。こんなとこ充実させて、犯人は私達を本当に学園の外に出すつもりないのかもね」

呆れながらケチャップライスの上に次々とふわとろ卵を乗せていく。

「これ、真ん中切ってトローっとさせるやつ?」
「させるやつ」
「すげー!」

テーブルに料理を並べ、全員で食べ始めると朝日奈や葉隠達も揃って目を輝かせて料理を絶賛していた。そこまで大した料理ではないのだが、

「なまえの料理、いつも美味しい!」

そう笑ってくれる苗木の笑顔が眩しすぎて直視できないレベルで、「また作るね…」と鼻血が出ないように顔を押さえて言うのが精一杯だった。

「ふん、このオレが庶民の料理を食す日が来るとはな…」

十神はウンザリしたような声で何か言っていたが、言いながらも食べているので聞こえないことにする。しかし、ちらりと様子を見ると彼は庶民の食べ物すら品良く食べているように見えてさすが御曹司だなと感心した。

気を取り直して自分も食べようと、もくもくとオムライスを頬張る。正面に座る桑田が何やら話しかけてきているが、そこは話の内容もきかずにスルーした。
うん、まぁ普通に美味しい。というか、あまり失敗がない料理だ。

そう思いながら食べていると、「なまえ、」と隣から声を掛けられて振り向く。
苗木がみょうじに片手を伸ばして頬を包み、指先で何かを摘むと自分の口に持って行った。苗木の口元に運ばれるお米を見て、自分の頬にご飯粒がついていて、苗木が取って食べてくれたということに気付き、「ありがと」と言って再びオムライスを食べ始める。苗木も「うん」と言いながらスープを飲んでいた。

「「「………」」」

何でもない態度で行われた“ソレ”に、目の前にいた桑田を始め、目撃した全員が絶句したが、二人があまりにも自然だったため改めて追求するのも憚られる雰囲気だった。

「ふ、不潔だわっ…!」

腐川の呟きは、誰にも聞かれないまま空気に溶けていった。

****

夜時間。みょうじは苗木の部屋の前で暫く立ち竦んでいたが、チャイムを押す前に苗木の部屋のドアが開き、驚いて手を引っ込めた。

「あ、今行こうと思ってたんだ」

苗木は彼女を見ても特に驚かず、「どっちの部屋にする?」と聞いてくる。「こっちの部屋でもいい?」と聞くと、あっさりと承諾され部屋に招き入れられた。

二人とも当たり前のようにひとつのベットに入る。持ち込んだ枕を苗木の枕に並べ、お互い何となく向かい合って横になった。

暫く口を開かなかったが、

「お母さんのこと、心配だね」

苗木がポツリと声を零す。彼女も小さく口を開いた。

「誠も家族とか、心配でしょ。皆仲よかったもんね」
「うん…すぐに外に出なきゃ。皆で」

皆で、と力強く言ってくれた苗木がとても頼もしく思えて、つい甘えたことを言ってしまった。

「殺し合いとか…しないよね?」
「そんなことしたくない、出来るわけないよ」
「私も絶対にしない、出来るわけない」

苗木の言葉に、少なくとも自分達は大丈夫だと確信する。今日一日、自分で自分のことが不安だったが、ようやくここで安心できた気がした。

「誠がいてくれてよかった。誠がいるから、私頑張れる。私は大丈夫だよ」

笑って言うと、苗木も安心したように笑った。

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