全ての始まりは一哉が持ってきた一冊の本だった。

「ねえねえ、これ見てよ!」
「あ?…んだ、これ」
「中身白紙なんだよね〜そのくせ表紙だけは完璧でさ!気になんない?」
「まあ気にはなるけどどっから持ってきたんだよ」
「え?落ちてたから拾った」
「んな怪しいもん拾ってくんじゃねえよアホか」

一哉がカバンから出してきたのは分厚い本。真っ黒な表紙に見たこともない文字が掘ってある中身が白紙の本。怪しすぎて何で拾って来たのか甚だ疑問である。パラパラと捲ってみても真っ白なページが続くだけで字もなければ絵もない。

「ほんっとあのハゲ話長いんだけど。お前の家族の話とか知らねえよっつーの」
「だからって何で俺の背中殴ってんだよ、普通に痛えよ」
「ザキはラフプレーでストレス発散できるかもしれないけど私はそうじゃないの。わかる?」
「分かんねえよ」
「私の八つ当たり相手になってって事だよ」
「ふざけんな嫌だわ」

相も変わらず馬鹿みたいな会話をしながら入ってきたのはヤマと葉月。その後ろから健太郎と康次郎も入ってくる。当然のごとく、ヤマは一哉の持っていた謎の本に興味を示していて、二人で覗き込んでいた。その他三人は一切興味がないようで各々、部活の準備をしていた。が、それは一哉の声で一時停止せざるを得なくなった。

「うわ!何これ!?」
「文字、か?つーか、これさっきまで白紙だったよな!?」
「いやそれな!?えっ!すげえ!何これー!」
「うるさいなあ、さっさと部活の準備しなよ」
「いやまじ葉月も見てみなって!」
「はあ?何?ただの本でしょ」
「いやそれが違うんだって!」

本を受け取り、中を見た葉月の目が大きく見開かれる。「は…なにこれ…?」と小さな声で葉月が呟いて、「ね?ね?すごくない!?」と一哉が葉月の肩に手を回して楽しげな声をあげる。近くにいた康次郎も同じように本を受け取り、中を見て驚いた顔をする。葉月が腑に落ちないような顔で健太郎にも本を渡す。受け取った健太郎のリアクションは言わずもがな、だ。

「花宮、見てみなよ」
「あ?ったく、面倒臭ぇな...は?」
「これ、私達の名前だよね。今花宮の名前も書かれたでしょ」
「隣に書いてるのRPGゲームとかに出てくる職業じゃん。俺、盗賊(シーフ)だって」
「原が盗賊とか似合いすぎだろ」
「ザキの狩人(ハンター)も似合いすぎて笑えるけど」
「花宮が黒魔導士(ウィザード)ってのもすげえな」
「ピッタリとか言う話じゃないよね。まじ笑える」

今まで白紙だった本に突然文字が浮かび上がってきたこともそうだが、俺達の名前が書かれていることが何よりもの疑問点だ。恐らく、本に触れたことがきっかけなんだろうが本に触れただけで触れた人間の名前が浮かび上がる、という現象の意味がわからない。名前の隣に記される職業の意図も分からない。呑気に本を覗いて話をする一哉とヤマから本を奪い取ってもう一度見る。

「本に触ったのがダメだったの?これ」
「ダメ、というか触ったことが理由で名前が記されているんだろう」
「じゃあ隣の職業は?」
「俺が知るわけないだろう」
「威張って言うことじゃないよ」
「で、どうすんの?花宮」
「現段階で変化が起きてない以上どうにも出来ねえだろ」
「ま、そうだよね。じゃあ普通通り練習するの?」
「あぁ、コレの話はその後だ。行くぞ」

葉月と康次郎が本に目線を向けながら会話をする。本に触れる、という行動が何かの鍵になっていることは気づいているようだがそれ以外は全く予想がつかないようで首を傾げている。俺にも全く分からないし、検討すらつかない。そもそもこんな非現実的な状況が起きること自体が予想外だ。欠伸をしながら今後の指示を仰ぐ健太郎に返事を返して、ぺちゃくちゃ喋る残りの四人にも声を掛ける。いつもの様に返ってくる軽い返事を聞きながら扉を開けた俺の視界は真っ白な光に包まれた。

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