けたたましいブレーキ音が耳を劈く。ヘッドライトが目の前を真っ白に染める。体に走った衝撃と、激痛。周りの人達の慌てた声、悲鳴。温かい液体の中に沈んでいく感覚と、徐々に冷めていく体。瞼が重くなって視界が暗くなる。とぷり。意識が底に落ちる。沈んで、沈んで、沈んで。ぴたり。止まった体にゆっくり目を開ける。その瞬間、目を開けられないほどの光に包まれて、目が覚めたら見慣れない天井が視界に映る。

「あ、うー」
「んー?どうしたの?」

ここはどこ、と言おうとした私の口から出たのは言葉にならない音。声に反応したのか、女の人が私の顔を覗き込む。その後ろから男の人もにこやかな顔で私を見つめている。女の人に向かって手を伸ばすと、必然的に私の視界に手が映る。その手を見て驚いた。小さな、小さな紅葉の手。ぷくぷくと小さな子特有の手に驚いて言葉も出ない。いや、言葉が出たとしても喋れないから大して変わらないのだが。

「ほんっと美人さんね、なまえは」
「ママに似て、美人に育つね」
「あら、パパに似てかっこよくなるかもよ?」
「おいおい、勘弁してくれよ」

私を抱き上げた女の人と男の人の口ぶりからして、私はこの二人の子供なのだろう。ついさっき死んだ私がここにいるって事は、考えにくいけれど前世の記憶を保持したまま新しい命として生まれた、ということだと思う。

「まー、あー」
「今…ママって言った!?」
「ま、あー」
「ほら!パパ!聞いた!?この子今ママって!」
「ずるいぞ、ママだけ。ほら、なまえ。パパって言ってごらん!」
「ぱーあー!」
「ちょっとパパ!うちの子天才かもしれない!どうしよう!」
「さすが俺達の子だな!」

試しに目の前の両親を呼んでみれば、拙いながらもなんとか言葉に近いものが口から出る。そんな私を抱きしめてはしゃぐ母の姿と、嬉しそうに笑う父の顔は今でもはっきり覚えてる。初めて立った時、歩いた時、会話ができるようになった時。どんな時でも笑顔だった父と母が大好きだった。

そんな父と母が死んだのは私が5歳の時。幼稚園に私を預けて行ってきます、今日は早くお迎えに来るから待っててね、そう言って仕事に出かけた父と母は私の迎えには来なかった。周りの人達は5歳の私が状況を理解出来ていないだけだと思っていたけどそうじゃなかった。

現実を受け入れたくなかっただけだった。前世で死んで、今までの自分の家族がいない世界に飛ばされた私だったけど、今の、この世界で、彼らに目一杯の愛情をもらって。前世の家族を忘れることなんて出来なかったけれど、幸せで、この生活は、この生活だけは、ずっと、ずっと続けばいいと思っていた。だから、父と母が死んだなんて嘘だって。そんなはずない、迎えに行くからねってそう言ってくれた。だから。

でも、嘘じゃなかった。葬式も何もかも全部終わって、会ったこともない親戚に引き取られた。今までの笑顔も声も会話も。全部、全部なくなって。親戚の人達の嘘の笑顔と、嘘の声に囲まれて気づいた。本当にあの生活は帰ってこないんだって。でも、涙は出なかった。泣きたくて、何度も泣いてやろうと思ったけれど涙なんてちっとも出てくれない。

「笑いもしなければ泣きもしない。ほんと、気味が悪いわ」

「親戚って言ったって会ったこともない子を引き取るの?私は嫌よ」

「しょうがないだろ。二週間後にはお義兄さんの所が引き取ってくれるって」

「施設にでも入れればいいじゃねえか。面倒臭い」

私が良く思われていないことはずっと前から、初めから気づいていた。だから、ニコニコ笑っていい子の仮面を被っていた。けど、それも、どうでもよくなった。どこに行ったって、どこの世界に生まれたって、私は絶対一人ぼっちになるんだ、そういう運命なんだって諦めかけた8歳の時。私を引き取ってくれたのが今の父と母だった。私の母の妹である有希子さんと、その旦那さんの優作さん。

「あだなちゃん!すごいじゃない!」

「偉いぞ、なまえ。さすが私の子だ」

「こら!なまえ!それはやっちゃダメって言ったでしょ!」

「なまえ、有希子の言う通りだ。次はもうしないと、約束できるね?」

良い子でいることが染み付いた私にもう一度素顔を思い出させてくれた。まるごと私を受け入れて愛してくれた二人。まるで、本当の両親のように愛してくれた二人。可愛い弟も出来て、こんなに幸せで良いのかと思うくらいには幸せで。性格も前みたいに明るくなって、やりたいこと、見たいもの、聞きたいもの。ワガママだって言えるようになった私は父と母のおかげで今、ここにいる。

「パパ、ママ。私ね、今、幸せだよ」

自分の部屋の写真立てに飾っている、最初で最後の家族写真を指で撫でる。下の階から私を呼ぶ声がして慌てて返事をして、階段を駆け下りた。

「おはよ!パパ、ママ、新一!」

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