「いやー、今回もなまえのお陰で助かったよ」
「毎回毎回裏ルートで調べるの大変なんですよ。普通に規定違反だし」
「でもやってくれるんだもんなあ…なまえは」
「ま、もしバレてもそっちで揉み消してくれるんでしょう?」

米花町にあるとある喫茶店。大通りから少し外れた場所にあって知る人ぞ知る店だ。宛先不明、件名にSとだけ記されたメールに書いてあった日付と時間、そしてここの住所。この人からのメッセージで私に何か用があることはすぐに分かった。

「それは勿論。アレを潰す為に協力してくれてる訳だからね」
「なら別にいいです。というか、死んだことになってる筈の貴方がこんな所で私とお茶してていいんですか?」
「変装してるし、バレなきゃセーフ」
「…ほんっと適当ですね。ほんとにエリート何ですか」
「うわ、すごいバカにされてる!」
「バカにしてるというより疑ってます」
「もっと酷いね?」

彼が何者か、と言うと公安から組織に潜入していた人だ。なぜ過去形なのか。それは彼が世間一般的には死んだことになっているから。まあ、その情報を流したのは私なんだけど。名前は油井光。組織潜入時の名前はスコッチ。

「私のこと便利屋か何かと勘違いしてません?」
「まさか。心強い味方だと思ってるよ」
「…はあ。わざわざ私に頼むほどのデータじゃないでしょうに」
「ま、俺がなまえに会いたかったってのも理由の一つだけどね」
「またすぐそうやって…」

彼と出会ったのは廃ビルの屋上。場所も時間も原作には記されていなかったからスコッチだけは助けられない確率の方が遥かに高いと思っていた。けれど、仕事終わりに通りかかった廃ビルから何となく嫌な気配を感じて登ってみればまさかのビンゴ。油井さんと赤井さんが話をしている真っ最中だった。

「何てったって俺の命の恩人だからね」
「偶然だって何回も言ってるのに…」
「あの時間にあんな場所で会うなんて偶然じゃなくて運命だろ?」
「口説くなら他を当たってもらえますか」
「あ、バレた?」

へらりと笑って恥ずかしいセリフを口にする油井さんから目を逸らしてコーヒーを啜る。私が照れていることに気づいた油井さんはニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。こっち見るな、ニヤニヤするな。

初めて出会った時はもっとギラギラした目をしていた。突然現れた私に向かって拳銃を向けたのは油井さんだった。

『公安が一般市民に手を出していいの?』

そう言った私に目を見開いて引き金に手をかけた油井さんを止めたのは隣にいた赤井さん。何故私が知っているか、と問う二人に私の職業を伝えれば本当に存在したのか…と言葉を失っていた。私の職業は世間一般的には存在しないものとされている為知らなくても無理はない。

私の登場に冷静になった油井さんと赤井さんが改めて会話を始める。少しして階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。途端に空気が緊張したものに変わり、二人の目も鋭くなる。

『大丈夫ですよ』

そう言った私に何度目かの驚いた顔をする二人に笑みを零した瞬間、屋上の扉が大きな音を立てて開く。そこに立っていたのは予想通り降谷さん。降谷さんも私を見て驚いた顔をしていたけれど優先順位は私より油井さん達の方が高かったようで三人で会話をしていた。

『お話、終わりました?』

私に逃げる気がないことを分かっていた三人は改めて私に向き直って当然とも言える質問をぶつけてきた。君は何者なんだ、ってね。勿論、その問いに対する答えは一つ。ふわりと笑って人差し指を立てて口元に持ってくる。

『A secret makes a woman woman…ってね』

そう言って持っていた手帳に私の電話番号とメールアドレスを書いて一人一人に渡す。後でゆっくり話しましょう、と言って屋上から立ち去る私を三人は追いかけてこなかった。その代わり、翌日にメールが届いていて例の喫茶店に足を運んだのだ。

『なるほど。盗聴機、ですか』

指定された喫茶店にいたのは降谷さんただ一人。他の二人は来ていなかった為、その場にいなくても話を聞くためには降谷さんが盗聴機を身につけている、と考えるのが妥当。私の言葉にお見通しですか、と肩を竦めて見せた降谷さんに勘が当たっただけですよ、と笑いかける。

『さて、と。答えられる範囲で質問に答えますよ。降谷さん』
『どこでその名前を?』
『あら、私の職業聞いてませんか?』
『職業?』
『あの二人には言ったので話が通ってるものだと思ってたんですけど…』

名前を呼ばれたことに心底驚いたような顔をした後、私に鋭い視線を向けてきた彼に今度はこちらが驚く番だった。二人して首を傾げている絵面はとても滑稽なものだっただろう。私の職業を伝えればなるほど、と彼は言葉を漏らす。

『ま、あの場に居合わせたのは本当に偶然です。でも、その偶然を利用しない手はありませんから』
『…まだ信用には欠けますが、そういうことにしておきましょうか』
『ふふ。理解の早い人は嫌いじゃないですよ』
『初めから答える気のない人がよく言うな』
『あら、人聞きが悪いわね。この間も言ったでしょ?女は秘密を着飾って美しくなるのよ』

コーヒー代として1000円札をテーブルに置いて席を立つ。

『貴方達にとって心強い味方になれることを期待してるわ』

そう言って店を出る。降谷さんはそんな私を追いかけては来なかったが、その代わり少しずつ彼らから情報提供を求める連絡が来るようになった。そして、今油井さんと会っているのも組織壊滅に繋がる可能性があるデータを渡す為だった。

「じゃ、そろそろ行くね」
「ああ。ありがとな」
「いーえ。お役に立てたようでよかったわ」
「全部終わったらゆっくりお礼をさせてもらうよ」
「楽しみにしてるわ」

あの人同じように1000円札をテーブルに置いて席を立つ。片手を挙げてお礼を言う油井さんにヒラリと手を振って店を出る。髪を結って鞄に入れていた帽子を被り路地から大通りに出る。適当な店のトイレに入って帽子を外し、結っていた髪をほどく。軽く化粧を直し、帽子を再度鞄に入れて何食わぬ顔で店を出た。

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