「夏服、いいねえ〜」
「…おっさんっぽいよ」
「まだ20なったばっかなんだけど」
「夏服でテンション上がるとか男子高校生か」
「じゃあまだ若いってことじゃん」
「考え方は男子高校生だけど発言はおじさん」
「おじさんって止めて…地味に傷つく…」
「ごめんて。そんな凹まないでよ」

こっちの世界に来てから3ヶ月経った。季節は4月から7月に変わり制服も夏服に変わった。まだそこまで暑くないけどこれからどんどん暑くなるんだろう。考えるだけでもうんざりする。車に乗り込んだ夏服の私を見て、萩原さんがうんうんと頷く。クラスの男子が夏服だと下着がどうとか、露出がどうとかって話してたけど萩原さんも同じようなことを考えてたようだ。

「夏休みいつから?」
「再来週くらいだった気がする」
「その前にテストあるんでしょ?」
「余裕」
「さすが俺の妹」
「お兄ちゃんが優秀だからね」
「もう1回言って」
「やだ」

萩原さんとの会話はポンポンとテンポ良く続くから楽しい。話題を振ってくれるのは基本萩原さんで、私はそれに答えるだけ。萩原さんは他人の感情の変化に敏感で、気を遣うのが上手い。相手に不快感を与えない距離のとり方も上手いけれど、それは自分を守るため何じゃないかって最近は思うようになってきた。

言い換えれば他人と一線を引くのが上手いのだ。私が見た感じだと松田さんはその一線を超えている人だ。二人の間には壁がないけれど、私と彼の間にはまだ少し壁があって。今まで他人に対してこんな事を思ったことがなかったから私自身も戸惑ってるけど、彼との間にある壁はどうやったら取れるのかと考えるようになった。

「ねえ、萩原さん」
「ん?」
「あの、さ。私、嫌な事は嫌って言うし、好きでもない人とこうやって一緒にいないから、さ。その…気にしすぎないで、っていうか、あの…」

口を開いたはいいものの、言葉がまとまらない。人と距離を縮めるのってこんなに大変だったのか。直球ストレートで言ってもいいけれど、それは恥ずかしい。貴方ともっと仲良くなりたいので私と貴方の間にある壁を取り払いませんか、なんて。今でもらしくないこと言ってるからかなり恥ずかしいのに、これ以上恥ずかしいセリフ言ったら溶ける気がする。

「ぶはっ…!なまえちゃん顔真っ赤だよ」
「…知ってる。話逸らさないで」
「あー…やっぱりなまえちゃんも気づいてたんだ」
「も、ってことは松田さんもでしょ?」
「そ。二人揃って見破っちゃうんだもんなあ」

タイミング良く、信号に引っかかって車が止まる。私の顔を見た萩原さんがケラケラ笑って、どこか遠くを見つめるような顔をする。今まで見たことのない表情をする萩原さんをじっと見つめる。信号が青になって車が走り出す。少しして、また信号に引っかかって車が止まる。

「適わないなあ…」
「なに?」
「…ありがと。なまえちゃん」
「私何もしてないよ。萩原さんを困らせただけ」
「ううん。俺もさ、実はちょっと気にしてたんだよね。折角こんなに仲良くなったんだから、お互いもう少し歩み寄ってもいいかなって」
「うん」
「だからさ…良い?」
「不安そうだね。私がNoって言うわけないじゃん」

二人で顔を見合わせてクスクス笑う。話し方も、話す内容も何も変わらないのに、距離が一気に近づいたことがよく分かる。いつものファミレスで合流した松田さんに「随分仲良くなったな」なんて言われて、また萩原さんと二人で顔を見合わせて笑った。

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