二回目の高校生はつまらなかった。クラスメイト達は遠巻きに私を眺めるだけで近づこうとしない。教師も私に何だか余所余所しい。はっきりとした理由は分からないけど段々それが分かってきた。どうやら私の両親は私を捨ててどこかに行ったという話が出ているらしい。生徒達がその話のせいで私を腫れ物に触るかのような扱いをしていると考えれば納得できるし、教師達の余所余所しい態度からそれが事実だからと考えられる。

「帰りたい、な」

涙は枯れてしまったのだろうか。どれだけ寂しい、悲しいと思っても涙は全く出てこない。あてもなくフラフラと歩いて辿り着いたのは居酒屋が沢山並ぶ、所謂飲み屋街。空はもう暗くなり始めていて、金曜日ということもあり酔っ払ったおじさん達が物珍しそうな目でこちらを見る。チクチク刺さる視線に、自分が今制服姿だということを思い出す。酔っ払った変な人に絡まれる前に退散しようと足を動かした瞬間、掴まれる腕とかけられる声。

「ねー、おじょーちゃん」
「…何ですか」
「そんなカッコでどうしたの?迷子?オニーサンが家まで送ってあげようか」
「結構です」
「またまた。そんなカッコでここに来るってことは、そういう事なんだろ?」
「違います。帰るんで離してもらえますか」
「ちょっとくらいいいじゃん。お金も出すし、ね?」
「っ…!ちょっと!離して!」

ニヤニヤと笑って肩に腕を回してくる男の人は何度言っても離してくれないどころか無理やり何処かに連れていこうと私の体を引っ張る。どれだけ抵抗しても男女の差は歴然で。ズルズルと引き摺られる状況に声を荒らげる。

「うるせえな。黙ってついてくればいいんだよッ!」
「い、った…ぁ…」
「ったく、初めからそうやって大人しくしてろっつーの」

私が声を荒らげるとさっきまでの優しげな表情が一変する。振り上げられた男の右手が私の頬を打つ。バチン、と大きな音がしてじわじわと頬が熱を持ち始める。痛みに眉を顰める私を見て舌打ちをした男がまた、私の腕を掴む手に力を込める。また、引き摺られる体。もう、散々だ。いっそ、殺してくれればいいのに。そう思った時だった。

「はい、オニーサンそこまで」
「あ?…なんだよ、てめえら」
「今のお前にとって最悪の相手だ」
「チッ…!」
「わ、ぁっ…!」

軽い声が私達を引き止める。イラついた男の手にぐっと力が入る。私の腕もそれに比例するように締め付けられる。サングラスの男の言葉に顔色を変えた男は舌打ちをした後、私を突き飛ばして走り去って行った。突き飛ばされた私を受け止めてくれたのはサングラスの人で、「大丈夫か?」とかけられた声は優しかった。

「あー…大丈夫です。すみません、助かりました」
「困ってる子を助けるのはおまわりさんの仕事だからね。それより…君、高校生だよね?」
「こんな時間にこんな場所歩いてて、ナンパしてくださいって言ってるようなもんだろ」
「松田くんや、もう少し言い方ってもんがあるでしょ。ごめんね、こいつ口悪くてさ」
「いえ、その通りなので」

私を助けてくれた二人は警察官だったようで。補導されるな、とぼんやり思いながら当たり障りのない返事をする。ピリピリと痛む頬を隠すように俯く私の顔を覗き込むような素振りを見せる長めの髪の人から逃げるように下を向く。だって、こんな顔見せたら余計にまずい。補導されて両親がいませんだとか分かりませんだとか言ったら大問題になる。

「おい。お前、名前は」
「へ?」
「ちょ、ほっぺ大丈夫!?」
「え、あ…」
「ちょっと待っててね。松田、この子よろしく」
「おー」

唐突に名前を聞かれ、驚いて顔を上げたてしまった。私の頬を見たサングラスの人は眉間にシワを寄せていて、長めの髪の人は目を見開いた後眉を下げた。その瞬間やべえと思った。引き攣った笑顔になっているであろう私の頭をポンと撫でて長めの髪の人はどこかへ駆けて行った。

今のうちに帰ってしまおうかと足を一歩後ろに引いた瞬間、サングラスの人に腕を取られる。大人しくしてろ、と言われ近くにあったベンチに座るように促される。大人しく座れば褒めるかのように頭をポンと軽く撫でられる。何となくむず痒くてどうしようかと、頭を悩ませているとペットボトルを持って長めの髪の人が戻ってくる。その人はポケットからハンカチを出してペットボトルに巻き、私の頬にそれを当てる。

「つめた…」
「それで少しでも腫れが引けばいいけど…痛かったでしょ?大丈夫?」
「あー…大丈夫、です。ありがとうございます」
「気にしない気にしない!ついでに家まで送るよ、親御さんも心配してるだろうしね。いいよな?松田」
「ま、どっちにしたって一人で帰す訳にはいかねえからな」
「いや、あの、一人で帰れますから。それに家には誰もいないし…」

さっきから何度も頭を撫でられるけれど、どうにも慣れなくて恥ずかしさで目線を下ろす。私を送ろうとする二人を断って立ち上がる。ポロッと出てしまった言葉に二人が驚いたような顔をした。その瞬間、再度やべえと思った。

言っちゃまずいことだった。親がいない子が夜に飲み屋街をふらつくなんて、警察じゃなくても普通の大人ならおかしいと思う。問い詰められたらもっとまずい。親がいないっていうのは死んだとかじゃなくて"存在しない"のだ。案の定、どういうことかと聞いてきた二人に盛大に溜息をつきたくなった。

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