私がポアロに行くと高確率でいる人達が何人かいる。そして、その人達と彼はよく話をしている。お陰で私は幸せな時間を過ごせているのだ。今日はメガネの小学生がカウンター席に座っていて彼と話をしている。課題のプリントにペンを走らせながらチラリと見れば楽しそうに笑っている彼が目に入る。いつもの彼の笑顔も好きだけど、今の彼の笑顔はいつも以上に好きだと思ってしまった。

「好き、か」

プリントの隅に小さく書いて、口にしてみる。こんなに短くて簡単に口に出せる言葉なのにその種類はいくつもあって、相手によって伝わり方も意味も変わるのだから、日本語ってすごい。友人に「その店員さんのこと好きなんでしょ」と言われたのはついさっき。そう言われると意識してしまうのが人間という生き物で、さっきの彼の笑顔を思い出してぶわりと顔が熱くなる。何というか、私が彼に感じていたのはアイドルや俳優を好きになる時と同じものだと思っていた。

けれど、今彼の自然な笑顔を目の当たりにして「もっと」と感じた自分がいたことにも気がついた。「恋をすると女の子は欲張りになるのよ」なんて笑ってた友人の言葉が胸にじわりと広がって、それに比例するようにぶわりと顔が熱くなる。彼の声は耳に入ってくるけれど、そっちに目線を向けることができず、必死にペンを動かす。こうでもしないと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。そんなことを考えて周りが見えなくなっていた数秒前の私を本気で殴りたい。

「お店の中、暑いですか?」
「へ…えっ、あ、いや!だ、大丈夫です!」

すぐ近くまで来ていた彼に全く気づかないなんて。突然降ってきた声に驚いて顔を上げれば近くにある整った彼の顔。困ったように眉を下げる彼の言葉を理解するまでに数秒の時間を要した。思わず声が大きくなってしまい、メガネの少年が不思議そうな顔でこちらを見ている。不幸中の幸いは少年以外のお客さんが私だけだったことだ。というより、いつの間に他の客は帰ったんだ。


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