突然彼がポアロに来なくなった。店員さんは笑顔が可愛い女の人とマスターだけ。最近よく来ていたメガネの少年も最近は全く見かけなくなった。彼がいない日は2日、3日と過ぎてどうしたのかなと思い始めてから5日目。久しぶりにポアロにやって来た彼は頬に大きな絆創膏を貼っていて、歩き方も少しぎこちなかった。「大丈夫ですか!?」と驚いた声を上げる女の店員さんに彼は「ご迷惑おかけしてすいませんでした。かすり傷なので大丈夫ですよ」と笑っていた。

どう見てもかすり傷じゃないだろ、とツッコミを入れそうになったが、ぐっと飲み込んでチラリと彼を見る。頬をかきながら笑う彼の動きがいつもよりも鈍い気がして、眉間にシワがよる。服に隠れているだけで、見た目よりもずっとひどい怪我なんだと思う。それを笑顔で隠す彼に私の心が痛む。でも、私が彼にそんなことを言う権利はない。彼と私の関係はあくまで客と店員。知り合いでもなければ友人でもない。そんな私にできることは一刻も早く彼の怪我が良くなりますようにと願うことくらいだ。

「ありがとうございました。またお願いします」
「あ、の。怪我、お大事にしてください。ごちそうさまでした」
「!…ありがとうございます」

帰り際、会計をしてくれた彼に話しかければ驚いたように目を丸くした後ふわりと微笑んだ。まさか私から話しかけられるとは思ってなかったのだろう。いつもなら「ありがとうございました」という彼に「ごちそうさまでした」と返すだけだった私がそれ以外の言葉を話すなんて、とでも思っているのだろうか。平静を装って彼と話をし、店を出て歩き、曲がり角を曲がってすぐしゃがみ込む。自分が思っていたよりも心臓はバクバクしていて情けない声が口から出た。

「緊張、したぁ…」



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