目が覚めたら、真っ白な部屋に立っていた。あるのは一つの扉だけ。隣には綴さんが立っていて、私と同じように状況が飲み込めていない様子だった。ふと、扉に何か文字が記されているのが目に入ってゆっくりと近づく。

「な、にこれ…」

扉に記された文字を見て思わず言葉を失った。『キスしなきゃ出られない部屋』と、そう記されていたから。ついこの間三好さんが騒いでいたのを「そんな非現実的なことある訳ないじゃないですか」と一蹴したのは果たして誰だったか。三好さん、ほんとに実在しました。助けてください。

後ろから私を追いかけてきた綴さんも扉に記された文字を見て「マジかよ…」と声を漏らしていた。確かに、綴さんに好意を抱いている私からすればキスをしてもらえるのはかなり嬉しいことだ。けれど、綴さんはそうじゃない。前に三好さんに好きな人がいるって言っていたから。嬉しく思う反面申し訳なさがあって、素直に喜べない。

「キス、って…別に口じゃなくてもいいんだよ、な…?」
「っ、!あ、えっと…そう、ですね…」
「好きな人いるのにごめん」
「えっ、!?あ、いや、えっと…だ、大丈夫だよ…!」

頬を赤くしながら恐る恐る、と言った様子で口を開く綴さんの顔をまっすぐ見ることが出来ずに視線を落とす。不意に謝られて顔をあげれば眉を下げて申し訳なさそうな顔をする綴さんと目が合う。

まさか、その好きな人は貴方なので大丈夫です。だなんて言えるはずもなく、壊れたラジオのように大丈夫の言葉を繰り返す。焦ってテンパる私の手に綴さんの手が伸びて、優しく手をとられる。

「すぐ、済ますから」
「う、ん…」

綴さんの手が、指が、私の手に触れてゆっくりと唇が近づく。ドキドキして、心臓がはち切れそうで、恥ずかしいのに、何故か目を離すことが出来なくて。綴さんの少しだけ伏せられた目と私の目がぱちりと合う。

唇が落とされたのは、私の手首。態とらしく、私に見せつけるようにキスをする綴さんにぶわりと顔に熱が集まる。一瞬しか触れていないはずなのに、触れた部分が、熱い。くらくらする。

「…部屋、出るか」
「そ、だね…」

真っ赤な顔で立ち尽くす私を見て、つられたのか綴さんの顔も徐々に赤くなっていく。手の甲で口元を隠す綴さんも少なからず照れているのだろう。少し声が上擦っている。もちろん、私が言えた話ではないけれど。

「あ、のさ」
「な、なに?」
「手首へのキスの意味、知ってる?」
「知らない、けど…」
「そっか…。良かったら、でいいから後で調べてみて」
「わ、かった」

扉に手をかけるが、一向に扉を開けようとしない綴さんを不思議に思っていると、不意に声をかけられる。キスの意味なんて知るはずもない。というか、場所によって意味が違うことすら初めて知った。キョトンとする私に少しホッとした様な声を漏らす綴さんにさらに首を傾げる。

「俺の、なまえへの気持ち、だから」
「へ…?」

扉を開ける直前、聞こえた声に思わず立ち止まる。そんな私に優しく微笑んだ綴さんのその表情は、三好さんに好きな人の話をしている時と同じ表情で。落ち着いてきた顔の赤みが増した気がした。


期待しても、いいですか?


手首へのキス→欲望


ALICE+